新・内海新聞100号

友翁伝

当社の創業時の大恩人、友近忠至氏の足跡を連載しております。友近氏はキティちゃんで有名なサンリオの創業メンバーのおひとりです。そして当社の元役員であり株主でもありました。友近氏の人生をなぞることでそのマーケティングの秘話をご紹介したいと思います。
以下、前回からの続きです。

 

「倉庫」
ターンラウンドシステムによって当面の混乱は避けることができたものの、アイテムは増える一方、受注も拡大し続けていました。いずれ、このターンラウンドシステムも限界がやってくるのだろう、友近さんは予測していました。むしろ、それよりも問題はピッキングでした。受注に従って、発送用の箱に商品を詰めていく作業のことです。倉庫の中は、ベルトコンベヤーが走り、アルバイトがピッキングをしています。しかし、ここも渋滞が始まり、人員の増強が求められていました。現場からの要請の声は強くなってきました。
どれくらいの人数が必要なんだ?
◯◯◯人です。
しかし、友近さんはOKを出しませんでした。これを許したら各現場からも増員要請が出てきて、収拾つかなくなるのは目に見えていたからです。
「今の想定で増員したとして、結局、月いくらの人件費が増えるのや?」
「はい、約1000万円です。」
「……」
「そしたら、その1000万円を2.5%で割ってみ。」
「はい……4億です。」
そやろ、つまり4億の設備投資が出来るということや。
わからんか?この計算はな、毎月の人件費をリースに置き換えたらいくらの投資金額になるかの計算や。今回想定される人の採用をやめて、それをまかなえる完全自動化の設備投資をするとしたら、4億円まで使えるともいうことになる。そして、その構想は実行され、世界最高レベルの完全自動倉庫が完成します。
「平均寿命」
昭和50年の年、友近さんは48歳。友近さんは熱心な信仰心をお持ちで、若い時から本門佛立宗という宗派の門徒です。48歳の時、松山のご住職にこう言われました。
「友近さん、あと24足すと一体何歳になられますか?」
妙な事を言うなと思いながら、「72です。」と答えた時、ハッと気づきました。その年に厚生省が発表した、日本人の男性の平均寿命が72歳だったのです。ご住職は判って質問されていたのです。まだ24年もあるという事よりも、もう24年しか残っていない…という気持ちの方が強かったのです。その時に、「よし、60歳までに自分の人生における仕事は全てやり遂げよう。」そう決められたそうです。そして、その計画を見事に達成される事になります。引退後は、大脳生理学の権威である品川嘉也先生が主催される右脳俳句の会と、伊豆の伊東で人参ジュース断食を主宰される血液学の権威の石原結実先生を師事され、いつもハツラツとした脳の維持に努められました。

 
「近未来型倉庫」
ピッキングのコントロールで大変だった越中島の倉庫は、新規採用の人件費にかかるコストをリース代に換算し、最新鋭の倉庫に生まれ変わります。
「もうそりゃ、ジェットコースターやで。」と友近さんが言われるくらい、コンベヤーが上に行ったり下に行ったり、縦横無尽に倉庫内を走り回ります。各アイテム毎にスペースが振り分けられ、そこには各アルバイトが待機します。そのアルバイトはその場所の責任者です。
かつて、明屋書店で書籍のコーナー毎に女子社員を担当させ、その場所の責任者にし、在庫管理から発注までを任せた、あの頃とよく似ています。1才、2才、3才と大きさの違う梱包箱があるのですが、どの発注には何才のものを使うかは、コンピューターで制御されています。
アルバイトの前に、決められた梱包箱がコンベヤーに乗って流れてきます。
すると、積み込む荷物があればそこで一旦止まります。
棚に仕組まれたランプが点灯し、どの商品を何ケース積み込むか指示が出ています。3個積み込むなら3つのランプが点灯しています。
指示通り3個積み込むとランプが消え、箱は移動します。
その指示通りに作業をすれば、間違える事はありません。
つい最近、ヤマト運輸が羽田クロノゲートという最新鋭のロジスティックセンターを完成させましたが、すでに30年以上も前にこんな最新鋭の倉庫を完成させ稼働させていたのです。
棚札の考え方は、ここにも生きていて、在庫も適正の数しかストックされません。
在庫日数は3日間です。
コンピューターの管理下で完璧なシステムを稼働させたのですが、ミスというのは、それ以外のヒューマンエラーで発生するものです。
荷物の発送をある大手運送会社に委託していました。
料金は一方的に運送会社から請求されてくるのですが、友近さんは、本当にこの請求金額は正しいのか?と疑っていました。
そして、過去何年間の請求書と実際に依頼した荷物の送り状と明細を総務課に確認させたのです。
そうしたら、予想通り、年間に数百万円も多く請求されていたのです。
友近さんはその計算資料を持って運送会社の役員を訪問しました。
そして、送り状の控えと請求書の明細と、計算間違いの差額表を見せました。
「どのようなものでも、間違いというのはあるものです。請求も多かったり少なかったりするものですが、全て多く請求されているというのは不思議な事ですな。」
役員は、何も言えません。
大変申し訳ない、差額は過去に遡って返金させて頂きます、と平謝りです。
しかし、友近さんはもう済んでしまった事は、結構です。ご返金も結構です。
但し、今後に関してお願いがあります。
これまでは、箱の重量を量って金額を決めていましたが、それはやめて頂いて、1才の箱はいくら、2才の箱はいくら、3才の箱はいくらと、梱包の箱の大きさ毎に一定の価格を決めていただき、重量不問にして頂きたいのです。
大手運送会社は、特別にそれを受け入れました。
その後、サンリオの商品は、文房具やTシャツなどだけではなく、家電品や、食器などどんどんと重量の重い製品が増えていき、重量不問にしたおかげで莫大な経費の削減に成功したのです。

 
「見学」
サンリオの最新鋭倉庫は、業界以外でも噂になっていました。
ある時、当時急成長していたスーパーマーケットの一角であるダイエーから、倉庫を見学したいと連絡がありました。
友近さんがご案内することにしたのですが、おそらく担当部署の部長か役員が見学に来るのだろうと思っていました。
当日、お待ちしているとなんと中内功オーナー自らが見学に来られたのです。
本当に倉庫の奥まで足を踏み入れ隅々までご覧になりました。友近さんはずっと側について説明しました。
そして、中内さんから質問が出ました。
「今日注文があったら、いつ出荷されるのですか?。」
「明日です。今日発注のあったものは、明日出荷される仕組みです。」
「凄すぎる。」
「いえいえ、当社も最初は大変でした。苦労してここまで持ってきました。
「トゥディオーダー・トゥモロゥデリバリー……」
と中内さんが悔しそうに呟かれたのです。
そして、次に来られたのがイトーヨーカドーの伊藤社長でした。
同行したのが鈴木さんという取締役でした。
現在のセブン&アイ・ホールディングスの鈴木会長です。
「鈴木さんは兎に角、熱心やったな。質問攻めや。鈴木さんのその後の活躍を見ればわかる様に頭のいい人やった。少しはワシも役に立てたかな・・・。」
友近さんはニヤリとしました。