新・内海新聞 96号

友翁伝

「専務の背中」
そして運命の出会いが訪れます。
平凡社社長、下中邦彦氏との出会いです。
平凡社国民百科事典の販売実績日本一となった明屋書店に、
平凡社社長、下中邦彦氏が訪れます。
「貴方が友近さんですか?下中です。
今回は大変お世話になり心からお礼申し上げます。」
当然、下中社長は友近さんを引き抜きに来られたのです。

そして、友近さんは明屋書店のこと、安藤専務との約束のこと、自分には決められないことなど、下中社長にお話をしました。

下中社長は、「良くわかりました。安藤専務と一度お話をさせて下さい。」

友近さんは、安藤専務に下中社長を紹介し、二人は部屋に入って話し合うことになりました。
安藤専務にしたら、お世話になっている平凡社の社長です。
まさか友近さんの引き抜きに来られたとは夢にも思っていません。
かなり長い時間、二人は部屋で話し合われました。
夕方になって下中社長が出て来られました。
そして友近さんに「話はついた。後は安藤さんとよく話しなさい。」そう言って出て行かれました。

友近さんは安藤専務の部屋に行きました。
安藤専務は椅子に座って後ろの壁をみて、こちらには背中を向けています。
心なしか安藤専務の肩が震えています。

「専務……」友近さんは声を掛けました。
「友近さん、ウチの倅でも思い通りにならんのに、長い間、よう私について来てくれたなぁ。
いつの間にか、あんたが私の倅と錯覚するようになるくらいやった。
もし、自分の倅が東京に行きたいと言いだしたら、きっと行かすやろうと思う。
なのに、あんたは行かさんというのは筋が通らん。
友近さん、行け。」後ろの壁を見たまま振り向きもしません。

「有り難うございます。本当にお世話になりました。」
いよいよ友近さんは上京することになります。

平凡社において、明屋書店で展開した方法で東京を拠点として全国制覇に向けて動き出します。
そして、友近さんのコンピーターとの大格闘も始まるのです。

「スケジュール」
明屋書店時代、友近さんは社員達の意見を尊重しました。
様々なアイデアを採用していかれたのです。
特に伝票や帳票類のアイデアはどんどん採用されました。
例えば、ティクラカード。厚紙のハガキ大のカードです。
スケジュールで毎月決まった予定というものがあります。
15日は返品の締切日だったり、10日は発注の期日だったり、25日は新刊本が届く日だったりです。
このカードが入る箱を用意します。そして1日から31日までの仕切りを作ります。
同じものをもう一つ作ります。
最初のものを当月。もう一つを翌月と表に書きます。
当月の指定の日にちのところに、その日の行事のカードを入れます。

例えば、15日/返品締切と書いたカードは15日の溝に入れます。
10日/発注期日と書いたカードは10日の溝に入れます。
この様にあらかじめ決まった日にちのものは先に入れておきます。
次に、日々出てくる予定、例えば大掃除予定とか、A子さんのお誕生会とか、忘年会とか、会議予定とか、そのカードを作ってその日にちの溝に入れます。

毎日、皆がそのケースを見ます。
そしてその行事が完了すれば、ケースから抜いて控えの箱に移動して保管します。
あるいは、来月も繰り返されるものは、翌月の指定日に移動します。
こうすることによって、スケジュールは黙っていても皆で共有することが出来るし、予定は覚える必要はありません。
カードを箱に入れれば後は忘れても良いのです。
毎日、ティクラカードの箱を見れば今日以降のするべき仕事がわかるからです。
これも、社員達のアイデアから出てきました。
友近流システム思考。誰でも何も考えずに、同じ様に出来る仕組み、です。

「殺到」
上京した友近さんは、平凡社に出社します。
将来、この東京であのキティちゃんに関わって行くとは、この頃は夢にも思っていなかったのです。
いよいよ友近さんは活動を開始します。
平凡社の国民百科事典を月賦で販売してゆくという、松山で展開した方法を東京で始めます。
時代は昭和32年から昭和42年まで続く教育の時代。
そしてその後、52年まで続く経済台頭の時代が待っています。
日本人は、活字や教養を求めて、そこに消費してゆくことになります。
予想どおり、国民百科事典は猛烈に売れ始めました。
全7巻1万円を毎月千円+利息の10回払いです。
申込みがあると、月賦用伝票10枚綴りを契約時にお渡しします。
百科事典は、初回に全巻届けられます。
契約者は、毎月伝票を一枚ずつ使って、指定銀行口座に振り込むことになります。
振り込みがあると、本店に銀行から電話があります。
当時、まだ口座からの自動引き落としというものが無かった時代です。
友近さんの思惑通り、受注も順調。契約数も増えてきました。

数か月経った頃、管理部の課長が友近さんのところに駆け込んできました。
「友近さん、大問題発生です。受注が多すぎて処理できません。
新規の契約者情報をパンチ入力していますが追いつきません。
更に毎月の入金者情報の入力も追い付きません。
予想では来年には入力数が現在の2倍になります。
パンチ入力機を今の2倍に増設し、キーパンチャーの人員も2倍に増強しなければ間に合いません。
どうしましょう?!」

「そんなことしたら経費ばっかり増えて儲けがなくなるやないか。何か方法を考えろ!」
まずここで当時のコンピューターの構造を説明します。
まず平凡社ではコンピューターが導入されており、全国の購入申込者の情報をコンピューターにパンチ入力します。
現在の様なキーボードで直接文字や数字を入力するのではなく、パンチカードという専用の入力カードがあり、これに専用の機械で穴をあけていくのです。
この穴の開け方によってそれぞれ意味があるのです。
この穴の開けられたカードをコンピューターのスリットに通すことによって入力が完了します。
キーパンチャーと呼ばれるオペレーターは、せっせとこのカードに穴をあけてゆく作業をします。

平凡社では、百科事典の月賦の申し込みをした方の個人情報をキーパンチャーが入力をします。
これが契約者データ(A)です。
次に、毎月の締め日の、銀行から連絡のあった入金者の情報(B)をパンチ入力します。
そして契約者データから入金者データを引き算すると、これが未入金者データ(C)ということになります。

つまり、(A)マイナス(B)=(C)という計算式です。
この(C)に督促はがきを郵送することになります。
毎月の未入金者の平均が約2%なのです。
毎月毎月、契約者数とほぼ同数の契約者情報を入力していることになります。
そして、その契約者は毎月どんどん増えていきました。
受注が爆発的に伸び始め、友近さんは追い詰められていくことになります。