新・内海新聞 94号

友翁伝

友近至忠さんは、サンリオの創業メンバーのおひとりです。
当社創業の時より、株主として取締役としてご指導いただきました。
友近さんのアイデアと助言がなければ当社はここまで発展することはなかったと思います。
その友近さんのこれまでの足取りを振り返ることで様々な気づきを感じていただければと思います。

(前号からの続き)
松山の明屋書店に転職後、さまざまな難問を解決してきた友近さんですが、
毎日夕方に自転車で漫画本を読みにやってくる中学生に教えられます。
店の前に停められたたくさんの自転車が横倒しになりご近所に迷惑をかけている問題を
道路に白線を引くことで見事に解決した時、ある大きな発見があったのです。

誰に教えられなくても、皆が同じようにできる仕掛けがあるということでした。
それはその後に「システム」と呼ばれるようになります。
友近さんは、その後コンピューターの世界に入って行かれますが、
生涯一度もコンピューター触れることもなく、キーボードを叩くこともありませんでした。
いかにコンピューターをうまく動かすかということだけを考え続けた人生でした。
友近さんは、コンピューターのことを「コンピューターというやつは、恐ろしく消化の早い機械らしい。
恐ろしいスピードで情報を消化してしまう。
しかし、それ以上に偏食が激しくコンピューターが食べやすいように調理してやらないと全く受け付けない。
この調理の仕方がミソなんだ。
この調理の仕方をシステム化することでコンピューターはどんどん消化してくれるはずだ。」と。

書店の中は相変わらずお客でいっぱいです。
安藤さんが店内で天井を見上げて動きません。友近さんは気になって尋ねました。
「いったい何をご覧になっているのですか?」
「おお、友近さん。あの蛍光灯汚れてるんと違うか?ちょっと掃除した方がええなぁ。」
そして、その晩、安藤さんと友近さんの二人で100本以上ある蛍光灯の掃除をすることになります。
脚立を出し、安藤さんが上に上がり蛍光灯を外します。
下にいる友近さんが受け取り雑巾で拭いて、安藤さんに戻します。
延々この作業の繰り返しです。
結局、全部の蛍光灯を拭き終えたのが深夜2時過ぎ。
ふらふらになってバイクで自宅まで帰りました。
こんなことが頻繁にあったら体がいくらあっても足りない。何とかしなければ、そう思いました。
翌日は雨でした。
雨の日は店内に古新聞を敷き、雨水でお客様が滑って転げないようにしていました。
友近さんは、ノートに書きこまれたデータを見ています。

そして、安藤さんにある提案をしました。
「安藤さん、この数字を見て下さい。雨の日の客の来店の推移です。
雨の日は通常の半分くらいで、特に7時以降の来店の数は極端に低いです。
どうです、店を開けていると電気代や人件費がかさみますから、
ここは節約のために7時で閉店してはどうでしょうか?」
いつもなら、そんなことは許可しない安藤さんも、
友近さんの作ったしっかりしたデータがあったために渋々承諾することになります。

友近さんは、従業員に伝えました。
「今日は雨なのでお客様も来られないし、早く店じまいすることにします。
そのかわり、全員で店の大掃除をします。みんなで頑張ればすぐに済むでしょう。」
店員たちは大喜びです。新聞を片付ける者、雑巾で床を拭く者、手分けしてあっという間に終わりました。
その後、蛍光灯の拭き掃除も加え、雨の日は早くお店を閉めて大掃除の日となりました。
そして、あの厄介な蛍光灯掃除も同時に解決したのでした。

そんなある日、友近さんは安藤さんに呼ばれました。
「友近さん、今度、平凡社という出版社から国民百科事典というものが発売されるらしい。
たいそう高い本らしいが、うちで扱ってみようと思う。友近さん、やってもらえんか?」
友近さんは引き受けたものの困りました。
松山市内でも国民百科事典を購入した人は、弁護士、医師、会社の重役くらいで、
一般の人が変えるような価格ではありませんでした。
しかし、戦争が終わって20年近く経ち、
人々はきっとこのような百科事典を買い求めるような時代がやってくる。そう確信していました。
そして、友近さんはある行動に出ます。この百科事典は全7巻セットで1万円という高額商品です。
どうすれば、一般家庭でも買ってもらえるだろうか・・・毎日考え続けました。
そして、思いついたのが百科事典の月賦販売です。
本の月賦販売など前代未聞です。
しかし、この方法が大当たりでした。百科事典は全7巻契約時に届きます。
支払いは毎月千円ずつ支払います。当時は自動引き落としなどなく、毎月指定口座に振込むことになります。
振込があると銀行から電話で連絡があります。
振込みがなければ、督促のはがきを送るという仕掛けです。
しかし、注文が多すぎて配達が間に合いません。
そこで友近さんは配達のために護送船団方式という方法を思いつきます。
まず、注文の百科事典をトラックに積み込みます。そして注文のエリアに移動して停まります。
そこからは自転車に乗せ換えて、ご家庭まで運びます。
これで何とか追いつきました。
買いたいけれど、百科事典を置く場所がないというご家庭には、木材と大工道具を持ち込み書棚まで作ってしまうという凄まじい営業でした。
その結果、愛媛県で2万5千セット販売するという快挙を達成します。
この結果、明屋書店は全国的に有名になります。
その後、各出版社は、その販売の陣頭指揮をとった友近さんの引き抜き合戦が始まります。