新・内海新聞 92号

「友翁伝」

友近忠至氏のエピソードを連載しております。
これを「友翁伝」と言う名称で今後も連載してゆくことにします。
愛媛相互銀行で友近さんは融資担当となりました。
融資担当と言えば銀行内でも花形のポジションです。
特に国民金融公庫の担当です。
この融資が決裁されるためには、銀行内で12個の印鑑が押されないと成立しません。
友近さんは、その印鑑をもらうために12人の役員や部長、課長を追いかけないといけません。
中には出張や外出されていたり、会議中であったり、お休みであったり、なかなか12個揃いません。
その間に融資の決裁が遅れ、融資を申し込んだ商店主の資金繰りが悪化してピンチになりかねません。

こんな非合理的なことはなんとか改善できないものなのか・・・。

そしてその書類を見ていて、あることに気付きました。
12個の印鑑に、それぞれ意味があるということです。
たとえば課長印は、添付書類、たとえば源泉徴収証、住民票や印鑑証明などの必要な書類が揃っていることを確認できたら押印する、であったり、
部長印は資金繰り表や試算表が添付されていれば押印する等、
役員印はしっかり押印の内容を確認できていれば押印するとか、
それぞれに意味があることに気付きました。

であればと、友近さんは国民金融公庫融資審査要領なるものを作りました。
課長や部長や役員の手を煩わすことなく、各印鑑の押印条件をチェックシートに作り、
それが正しく揃っていれば、部長でなくても融資係の友近さんが押印して行けば、
もっと早く融資を決裁できるに違いない。

そして、この国民金融公庫融資要領を役員会に提案し、認められました。
これによって、一億円までの融資であれば融資係の友近さんの印鑑だけで決裁できるまでになりました。
これによって、融資までのスピードがアップし、銀行の顧客満足が向上したのは言うまでも有りません。

友近さんは言います。
「権限移譲というものは、なんでも信じて任すということではないんや。
マニュアル化して誰でも同じように正確に答えが導けるようにしてこそ権限移譲に繋がるんやで。」

愛媛県松山市の明屋書店(はるやしょてん)の安藤社長は、自らを専務と呼び、社長とは呼ばせませんでした。
社長は顧客にありの精神で経営をされていたためです。
安藤専務は、三省堂の文学全集の一件以来、すっかり友近さんのファンになってしまいました。
そして、安藤専務の強い勧誘で友近さんは銀行を退職し、明屋書店に転職することになります。
安藤専務から、「友近さん、ワシと二人で日本一の本屋を作ろう!」と誘われた事が心に響いたのです。
明屋書店に勤め始めて、最初にしたことが財務内容のチェックです。
もと銀行員ですので当然の視点です。
そして、一番気になったのが、火災保険でした。
在庫に比べてあまりにも補償額が小さく、その内容がそぐわないものでした。
もっと大きな保険に更新しなければ、万が一の事があった時に大変なことになる、そう感じました。

そして友近さんは安藤専務に、保険契約の見直しを提言したのです。
しかし、案の定、答えはNO!でした。
そんなものにお金はかけられない、最低限の保障で十分と言うのが安藤専務の返事でした。
しかし、友近さんは諦めませんでした。もと銀行員としての直感が友近さんを動かしました。

毎日毎日友近さんは安藤専務に対して説得しました。
さすがの安藤専務も根負けし、火災保険の見直しに了解しました。
友近さんは、まず書店内の棚卸をして在庫を調べ、どれくらいの補償内容でないといけないのかを試算し、
保険会社に契約内容の提案をさせました。
それは、前回の補償内容が小さすぎた事もあるのですが、結構大きな保険の契約内容となりました。
安藤専務は、何もこんな大きな保険にしなくとも・・・・と渋ってはいましたが、
自分で承諾した保険の見直しですので印鑑を押して無事契約は締結されました。

そして、平和な日々が続きました。
そして、1カ月程経ったある日、友近さんは用事で外出していました。
そして、明屋書店に戻っている最中、商店街の方でサイレンの音が聞こえます。
消防車のサイレンです。それも何台も何台も走っていきます。
こりゃ、大きな火事だな・・・そう思いながら歩いていると、明屋書店の辺りが人だかりで、何台もの消防車が止まっています。
近所が火事だな、これは大変だ、と走って駆け付けると、なんとその火事の火元は明屋書店だったのです。
大火事で、書店は全焼です。
お客さまも店員たち全員無事だったのが不幸中の幸いでした。
そして安藤専務は自分で顔に焼け跡の炭を塗って真っ黒にし、書店内の焼け残った本を運び出しています。
火事による近所への延焼などで、いろいろ言われることを予想して、
自分たちが一番の被害者で、こういう風に必死に対応しているんだ・・・
という事を見せるためのお芝居をしていました。
火は鎮火しましたが、店舗も本も焼けてしまって、何にもありません。

翌日の早朝、サイレンが鳴って何台ものパトカーがやってきました。
「ここに友近と言う者はおるか?」
「はい、私ですが・・・」
「一緒に署まで来てもらおうか。」
「え、なんでですか?」
「そうか、そうしたら話してやろう。
お前、二か月前に火災保険の契約を更新したな。
それも相当大きな保険に変えたと言うじゃないか。
そしてすぐに火事が起こって全焼。
これは話が出来過ぎてるな。お前が火をつけたんだな。」
「いえ、そんな事をするはずがありません。」
「言いたいことがあるなら、署でゆっくり聞かせてもらう。」
そういって、友近さんか、松山警察に連行されて行きました。

その日も翌日も釈放されず、取り調べが続きました。
実は、時系列で少し火事の前日までさかのぼります。
朝出社して二階の事務室に上がろうと、電気のスイッチを入れても灯りが点きません。
スイッチを何度かパチパチと入れたり切ったりして、ようやく灯りが点くというような事が何度かありました。
友近さんは、四国電力に電話して点検に来るように指示して、
その日の夕方検査が行われましたが、異常なしということでした。
おかしいなと思いながら、その日の夜に雨が降りました。
そしてその翌日の昼に出火です。
焼け跡に四国電力が検査にやってきました。
警察からの要請で、火事の原因究明が目的です。
そして、原因が判明しました。
書店の屋根裏の配線の漏電が原因でした。
前日の雨が引き金になりました。
友近さんは、ようやく釈放され戻ることができました。

しかし、こうしてはいられません。
書店の本は全て委託販売です。
一定の期間が経過するまでに返品しなければ、請求されるというシステムです。
返品する本が焼けてしまってありません。
このままでは、全て請求対象となり、大変な額の請求がきます。
友近さんは、店員たちに指示しました。
焼け残った雨戸を全部集めさせました。
そして、焼け残った一部でも良いので、その部分をそっと剥がし、雨戸の上に張り付けて行きました。
何枚もの雨戸が立て懸けられました。

やがて、東京や大阪の出版社から監査にやってきました。
本当に火事で本は焼失したのかどうかの確認です。
友近さんは、本の表紙を貼り付けた大量の雨戸を、出版社の方々に見せ、こう言いました。
「本は全て焼けてしまいました。
その証拠としてその本の焼け残った部分の表紙を貼り付けています。」
さすがの出版社の人も驚きました。そんな事をする人は過去にいなかったからです。
「良く判りました。全て本は火事で焼失したものとします。
これでは請求書を立てる事はできません。
もうそのような雨戸に表紙を貼るような事は結構です。」

こうして、2つの危機を乗り越えました。
そして、明屋書店には数億という火災保険の金額が入金されました。
近所の延焼したお店にお金を配り、明屋書店を鉄筋3階建てに新築することができ、
松山一立派は書店に生まれ変わったのです。

なんで、あの時、保険から手をつけたのかはわからん。
危ないとこやったなぁ。目を細めて語ってくれました。