新・内海新聞 89号

ミッチャン

昔、神戸三宮に「ミッチャン」という輸入雑貨の店がありました。
いつも香水の匂いがプンプンして、毎日黒山の人だかり。
私は子供だったので、大人の人たちの脇の下や股の下をかいくぐり、
最前列まで行き、かぶりつきでガラスケースの中の不思議な世界を眺めていました。

ケースの中には、アメリカやヨーロッパから輸入されたチョコレートや万年筆、
ウィスキーやショールやネクタイなどなど、山のように積み上げて陳列してあります。

店の奥には愛想の悪いおばさんとおじさんがいて、
私が商品を触ろうとすると「触ったらあかんで!子供はあっち行きや。」と叱られます。
昭和30年40年代の話です。
その頃、輸入品は「はくらいもん」と言って、いわゆる舶来品で国産品とは別格です。
舶来というだけで、皆、羨望のまなざしです。
今は「クールジャパン」と言ったり、加工食品でも国産素材100%とか言うほど、
国産品のステータスは高いのですが、当時は国産品というのは今の中国製のような感じで、
国産と言えば「信用できない」とか「品質が悪い」とかのイメージが先行していました。
今では考えられない話です。

国産品の品質の進歩はこの50年という年月の中で目覚ましいものがあります。

さて、先程のミッチャン。いつ行っても黒山の人だかり。
当時の為替レートは1ドル360円。
しかも海外旅行は一人年間1回限りで、持ち出しは500ドルまでという制限がありました。
その条件の中で、海外に旅行に行ける日本人は限られていました。

そもそも海外旅行という奇妙な表現は日本だけで、
国土の周りが海で、海を渡らなければ国外に行けない日本特有の表現です。
さて、ほとんど海外に行けない日本人にとって、舶来品と言われる海外の商品に出会える場面はなく、
三宮のミッチャンは、海外と触れる唯一の場所と言うことになります。
スーパーのバーゲン会場の様な状況です。しかも、全て格安です。

私たち兄妹3人もミッチャンが大好きで、三宮に行くと言うと皆大喜び。
「そやけど、なんであんな安いんやろう。」兄妹でも謎でした。
そして、遂に「あれ、ひょっとしたら密輸品ちゃうか?!」と言うことになり。
「密輸のミッチャン」というあだ名をつける始末です。
もう何十年も昔の話で、しかも子供の言うことですからご容赦ください。

最前列に、万年筆が並べてあります。アメリカ製とドイツ製の万年筆です。
アメリカ製は「パーカー」、ドイツ製は「モンブラン」と「ペリカン」です。
それ以外に格安の中国製万年筆が売られています。

「中学になったら、ミッチャンでパーカーの万年筆買うてな!」
何度も何度も親に頼んだ事を思い出します。
その頃の事が原因なのでしょうか?
いまだに万年筆に対する思い入れがかなり強いです。

結局、中学生になって買ってもらった万年筆は中国製のものでした。
ミッチャンで、父が買っていたものはウィスキーです。
ジョニ黒とかジョニ赤と呼ばれるウィスキーです。
正確には「ジョニーウォーカー」というウィスキーでラベルの色の違いで赤黒に分かれ、
黒が高くて、赤が少しお安い価格です。

ジョニ黒と言えば、そこらへんのおじさんたちが「おーーーー。」と声を上げる位高級ウィスキーでした。
今は買おうと思えば、空港の免税店で買えますが、
当時はそれもできず、ジョニ黒を飲まずに自宅の本棚に飾っているお家も多かったのです。

当時、国産品という表現は「安物」「二流品」というイメージで、今では考えられないことです。
国産品で一流品はソニーのトランジスタラジオ位でした。

日本の文化は独自の進化の仕方をしてきたといつも思うのです。
地球は丸いのでどこが始まりでどこが終わりなのかわかりませんが、
日本は極東と言われるところから、日本が一番東の端と言うことだと思います。

かつて、文化は西から東に向かって伝わり発展してきました。
一番の象徴はシルクロードです。ローマから東にひたすら伸びています。
西のローマから文化がシルクロードに乗って東に伝わります。
そして、そこから、更に東へ伝わります。
まるでバケツリレーのように時間を掛けて西から東に貿易と言う形で、
西から東に文化が伝えられて行きました。

やがて、その文化は海を渡り、日本に伝わります。
日本人は、伝えられた文化を、更に西東に伝えて商売をしようとしますが、もうその先は太平洋。
伝えて貿易する先がありません。
元手を取り返すには、もう一度この日本国内で商売をして儲けなければなりません。
しかし、既に日本人は、一度、目の前を通過した文化なので、関心は薄れています。
同じ文化を、もう一度日本人に振り向いてもらって買ってもらうには、
日本人用にカスタマイズする必要があります。

ここに日本人の創意工夫の魂が生まれたのではないかと考えます。
たとえばひらがなやカタカナも平安時代に伝わった漢字がくずれて作られました。

食べ物ではカレーや肉じゃが、てんぷら、カステラ、鯵の南蛮漬けなど
全て日本に浸透していますが、もとは海外から伝えられた舶来品です。

もとは異質のものでも、日本人に適合するように改良し、カスタマイズしていった文化といえます。
日本人はこのカスタマイズ能力に長けているといえるかも知れません。

日本の文化は、日本国内だけで発達した海外では通用しない特殊な文化で、ガラパゴスである・・・と良く言われます。
携帯電話などは、国内仕様なのでガラパゴス携帯・・・ガラケーと揶揄されています。

かつて、輸入品を舶来品と言って羨望の的だった時代は、形だけコピーした瓜二つの二流品が市場に溢れていた時代。
その二流品はすべて国産品。今では考えられない時代です。

しかし、日本人はここで止めなかった。
模倣を研ぎ澄まし、市場の要求を汲み取り、本家の性能を超えるものに仕上げてしまった。

いまや国産品と言えば、品質が高く、製品の大きさも関係なく、自分本位の使い勝手の意変えてしまう。
この日本人のガラパゴス能力を、国境を越えて全世界に輸出するグローバルなガラパゴス、
つまり「グロパゴス」と推し進めるのも良い考えかも知れません。
(次回続く)