新・内海新聞 88号

負の先払い

先日、長野県の松本に行った時、三城(さんじろ)という蕎麦屋に立ち寄った。三城の話は、ここで何度も登場しているのでご存知かも知れません。ここの女将とは十数年のお付き合いになります。いつも通り、美味しい日本酒が最初に一合出てきます。ゆっくりその日本酒を猪口に入れて味わいます。いつも通りうまい。女将に「ここのお酒は特に味わいがあるね。」と言うと女将が「蔵に頼んで特別に作ってもらっているの。」と言いました。
「特注ですか?!」
「そうなの、でもね、あまり美味しく作らないように頼んであるのよ」
「えええ」私は不思議に思いました。あまり美味しくしないというとは、どういうことなのだろう?
「だってこのお店はお蕎麦が主役でよう?だからお酒がお蕎麦に勝っては駄目なの。完熟の一歩手前位でとどめておくのが丁度良いのよ。」「お酒だけではない。なんでも最高潮のものを揃えたり、求めたりしてはいけないのよ。」「その一つ手前の完熟前が丁度良いのよ。これって、とても重要なことなのよ。」また三城の女将に含蓄のある言葉を頂いた。
なんでも最高潮のものを求めたり、揃えたりしないことが、長持ちの秘訣になる。最高のひとつ手前が丁度良いと・・。
「最高を求めると、後は下に落ちるだけ。皆、その落ち方を知らないので、大けがをしてしまうのよ。」
「まだ上り坂が続いていて、その頂上の手前で止まると、こけたとしても後ろに転ぶだけ。さほど大怪我はしないもの。」「そして、今ここの主役は誰かをよく考える事ね。その主役を脇役が超えてしまったら、全て台無しになる。
脇役はそこそこ控え目が丁度良いのです。」
私など、揃え始めるとどんどんエスカレートしてしまい、何が本業なのか判らなくなることも多く、大いに反省です。
この三城の女将の話を聞いていてある事を思い出した、俳優の三輪明宏さんの言葉です。
三輪さんは「負の先払い」という言葉を使われる。
この三輪さんのこの話を哲学者の松岡正剛さんはうまく解説されています。松岡先生の千夜千冊の「ああ正負の法則」より引用させていただく。

三輪明宏さんによると、「たとえ合格や儲けや結婚が正に見えたところで、その価値はいつまでも同じように続くわけではなく、たとえ病気や借金や裏切りにあろうとも、それだけで負の不幸だとはいいきれない。「はか」とは日本中世の人生の単位であるけれど、だから「はかがいく」「はかばかしい」とは、いろいろなことがうまく進捗することではあるけれど、その「はか」がたとえうまくいかずとも、それを「はかなし」と見て、無常や儚さという美を立ち上げていったのが、かつての日本人だった。
いま、その「はかなさ」を知ることをみんなが恐れるようになっている。これはいけませんというのが美輪さんの出発点なのだ。
正があれば、必ず負がやってくる。負を避けつづけようとすればするほど、正は歪んでいく。ここは、おおきく見方を変えるべきなのである。まずは負を先払いする気持ちが必要なのである。
世の中、光があるから影がある。夜があるから昼がある。歴史があって現在がある。資金が流れるところがあるから、溜まるところもある。それで溜めておけば勝ちなのかといえば、まとめて投資した土地が一気に下落してパーになることもある。

いつまでも正が正であるとはかぎらない。すべてがダメということもありえない。絶対の孤独もないし、長期にわたる至福というものもない。孤独なときはそれなりに誇らしく孤独であればよく、そんなときにつまらぬ相手と連(つる)むことはない。万事は相対的なのである。
惚れすぎれば憎さも募るし、子供のころは憎かった親が、いつしかありがたくなるときもある。巨乳に憧れたところで、やがて歳をとれば巨乳はかえって垂れ萎んで、自分でもぞっとするほど醜悪になる。最初から小さなおっぱいならそういうことはない。正負の見方を変えるべきなのだ。では、どのように?どこで正負の見方を変えるのか。
そこで美輪さんは、「前もって負をもちなさい」という画期的な方法を提示する。「そこそこの負を先回りして自分で意識してつくるといいでしょう」というふうに言う。もともと美輪さんが生まれ育った長崎の家は、まわりが女郎屋や遊郭で囲まれていた。貧富の差も激しかった。そこでは「美人(トテシャン)薄命、美人(トテシャン)薄幸、醜女(しこめ)に病いなし」という囃し言葉がはやっていた。花街では美人は最初は売れっ子になるものの、たいていはしだいに落ちぶれる。病気にもすぐかかる。それにくらべて貧しい女たちはよく働き、体も丈夫で、そこそこの暮らしで満足できている。美輪さんはいやというほど、そういう例を見て育ったようだ。それだけでなく、美輪さん自身の人生がめちゃくちゃに苦労を負いつづける日々だった。女の子っぽいというだけで化け物扱いをされ、つねに揶(から)かわれ、徹底的にいじめられてきた。やっとデビューしても、行き倒れになったこともあれば、シスターボーイと日陰者扱いもされた。そうしたなかで美輪さんは、クラシックの音楽修行からシャンソンに転出し、さらに自分で歌をつくるところまでこぎつける。その変わり者ぶりが江戸川乱歩・川端康成・三島由紀夫の目にとまることになったわけではあるが、それは世間が正の美輪明宏を認めたわけではなく、負をおもしろがったともいえた。それから時は流れて数十年。美輪さんは自身の来し方をよく見据えて、世の中を見る。天界から人界の評価観と価値観を見る。美輪さんを称賛した人々にも毀誉褒貶があることを見る。美輪さんを遠ざけた者たちのその後の生き方を見る。そして、誰もが見過ごしてきた重大な見方に気がついていく。なぜ、そういうことが美輪さんに集中して深化したかということは、いまさらぼくが説明するまでもないだろうが、たとえば、いちはやく美輪さんを評価した川端・三島の二人が、二人ともに自害したなんて、いったい他の誰に降りかぶさるだろうかということを思い合わせただけでも、美輪明宏にして語りうる人生哲学があってよろしいということになるはずなのだ。こうしたすべてを観察し体験してきた美輪さんは、あるときハタと悟ったのである。なんだ世の中、正だけでは動かない。負だけがダメだということじゃない。そこには正負のめまぐるしい変転があり、正負の端倪すべからざる取引がある。しかし、世の中はいまや正常値ばかりが社会の全面で登録されるようになった。法律的に正しいものだけが罷り通っている。健康という正の基準が決まり、二酸化炭素やPCBの安全比率が決まり、食品の賞味期限が決まっていった。精神さえ正常が尊ばれ、異常は犯罪者としてすら負とみなされる。なんでもが正、大事なことはみんな正。そうでないものは、すべてが負に貶められるばかりなのである。これでは当然ながら、みんなが挙って正を求めることになる。みんなが中流の正の席に着きたいと争い、みんなが正の生活を貪ることになる。ところが、そんなことはとうてい不可能なことなのだから、そのうちの多くの者が突然の負に出会って傷ついていく。その傷ついた親のもとに育った子にはトラウマが残っていく。それでいいのか。そんなニッポンでよろしいのか。誰もが幸福になる日本構想なんて実現できるのか。みんながみんな正になれるのか。誰もが同じ正を求めて、エルメスを買い、グッチに群がり、かっこいいベッドを買って、おいしいランチの自慢をしあう。女の子は美白じゃなければダメ、子供はいじめるのもダメだが、いじめられるのもダメ、英語が喋れなければダメ、だから第二公用語にしてでも英語を喋れるようになるのが正、オリコンチャートの上位に上がった歌だけがヒット曲で正・・・などなど。これでは、オリンピックで負けた者はうなだれ、リスラ社員は戸惑い、いい小学校に上がれなかった親は他人の子を殺したくなり、マスコミはヒーロー・ヒロインを探すか、そうでなければアンチヒーローばかりをくりかえし映像にする。これでいいはずはないのだが、ではどうすればいいかということは誰もがはっきり提示していなかった。負を買いなさい。先に負をもてばいいじゃないですか。誰にだって負はあるんです。それをちゃんと自分で意識しようじゃないですか。そう美輪さんが言い出したのだ。これが正負の法則であり、ぼくがやたらに気にいっている「負の先払い」というものだった。
以上、松岡先生の千夜千冊の「ああ正負の法則」より引用。負の先払い・・・なかなか良い言葉だ。