新・内海新聞 85号

離島の高校

【少子高齢化と過疎化】ネットでこんな記事を見つけました。
「島根県立隠岐島前(どうぜん)高校。松江市からフェリーで3時間かかる。
日本の大学に行くためには日本の高校がいいと考え、祖父から高校のことを教わった。
夏休みに帰国。いくつかの高校を見て回った。
生徒が目を合わせてあいさつしてくれたのが島前高校だった。
温かさを感じたのが決め手だった。」

「高層ビルが立ち並ぶドバイとは正反対の、隠岐の自然の豊かさに驚いた。
地域全体が学校。ドバイの学校よりはるかに小さい。」

隠岐島前高校は離島ながら、生徒数が2008年度の89人から今年度の156人へとV字回復し、注目されている。
高校はかつて統廃合の崖っぷちに立っていた。
97年に77人いた入学者は08年には28人に落ち込んだ。
高校が消えれば、15歳以下の若者がいなくなる。地域にとっては、死活問題だった。

「島の最高学府を守れ」。
島前の3町村長や住民らが08年に立ち上がり、高校の魅力化構想をつくった。
通いたい高校にすれば生徒は増えるはず。「ピンチはチャンスだ」と考えた。
いくつもの試みが「逆転の発想」から生まれた。

「小さいことはよいことだ」と10人前後の少人数習熟度別授業を始めた。
「田舎は都会にはない自然や人のつながりがある」と地域に根ざしたカリキュラムをつくった。
生徒は船のダイヤ改定案から、島の太陽光発電まで考える。
「仕事がないから島に帰れない」ではなく、「仕事をつくりに帰りたい」という人を育てようと、課題を解決する力をつける教育を目指した。

島にはコンビニもゲームセンターもない。
だからこそ「工夫する力や粘り強さが磨かれる。」と都会から生徒を受け入れる「島留学」を始めた。
この春入学の「留学生」は31人。
8月の島での見学会には全国から親子140人が参加した。

島根県立大学連携大学院の藤山浩(こう)教授(中山間地域研究)は話す。
日本の高校は『蜘蛛(くも)の糸』の主人公のように、成長神話の糸にすがり、人より先に上へ上へと上がっていけと教えてきた。
『東京すごろく』をよしとして生徒を都会に送り続けた。
島前高校は人とつながり地域で生きる別のモデルをつくっている。

高校がいま取り組むのはグローバルな視野を持ちながら、足元のローカルな地域社会をつくる「グローカル人材」の育成だ。
10月には2年生がシンガポールに5日間出かけ、シンガポール国立大生に島の課題を英語で発表する。
離島での資源リサイクルは、冬場に観光客に来てもらうには……。
都会の島のシンガポールで、田舎の島の高校生が挑む。
「おもしろいじゃないですか」と常松徹校長。
なぜ、この高校は人を引きつけるのか。
カギは、都会から移住した人々の知恵を借りたことにあった。

■「よそ者」が島の知恵袋
8月末の夜7時半。島根県立隠岐島前(どうぜん)高校近くの海士(あま)町の公民館に、生徒が30人ほど集まった。
公立塾「隠岐國(おきのくに)学習センター」のゼミに参加するためだ。

センターは、海士町など島前地域3町村が離島の生徒たちに学習の機会を広げようとつくった。
156人の島前高校生のうち、110人が通う。
この日のテーマは「自分が地域にできること」。
海士町を視察に来た熊本県山都(やまと)町の議員ら20人とグループに分かれ、話し合った。

司会役は、センター長の豊田庄吾さん(40)。
リクルートの関連企業を経て、企業や学校の研修を担う会社で講師をしていた。
2008年、中学と高校への出前授業で島に来て、町からスカウトされた。
一度は断ったが、「もう一度だけ」と言われ、翌年、島に来た。
移住を決めたのはその日の夜、繰り返し口説く島の人々の本気さにかけてみようという気になった。
出身の福岡県大牟田市の風景が、島前地域に重なった。
三井三池炭鉱の廃鉱前、商店街がシャッター街に。
同級生も次々転校していった。
「日本のふるさとを元気にしたい」。その思いに火がついた。
高校の危機を乗り越えようと3町村が知恵を求めたのは、島外の人々だった。

ソニーを辞めてきた岩本悠さん(34)もその一人。
中学校の出前授業で来島し、町から相談を受けた。
「ここは将来の日本の縮図。未来の教育モデルをつくりたい」と決心した。
町役場に席を置きつつ、高校の「魅力化コーディネーター」として動く。
地域の課題を考える科目では人脈を生かし、海外の大学や企業に協力を求める。

トヨタ自動車、IT企業のDeNA、教育産業のZ会、ベネッセ……。
人が人を呼び、若者が大企業から転身し、島に集まってくる。
田舎暮らしにあこがれてではなく、自分のしたいことに挑む人が多い。

ジョセフ・クアッシさん(29)はガーナ出身。
「都市への人口集中はガーナも同じ。島前地域から学びたい」とやってきた。
高校で国際交流を担当する。

「『よそ者』、『若者』、常識を覆す『ばか者』が島を変える」。
高校のある海士町の山内道雄町長(76)はそう語る。

人口減に悩む各地の自治体が雇用を優先するのに対し、海士町はさらに「人づくり」を重視。
島外から来る生徒の寮費を一部負担し、新しい寮も建設中だ。
地域の人材を育てる高校の狙いは実りつつある。

隣の島の出身で法政大3年の近藤弘志さん(20)は高校時代、島前地域への旅を企画する活動に参加して、地域の料理を出した。
「喜ばれ、自分の食べていた物に誇りを感じた」。
将来は地元の島にカフェを開き、島内外がつながる場を作りたいと言う。

高校2年の原恵利華さん(17)は「地域の課題を考える授業が、むちゃくちゃ面白い」。
地元の人と囲碁で交流する。街づくりの会社を起こすのが夢だ。
町が高校をもり立て、高校が町の未来をつくる。
60年減り続けた町の人口は増加に転じ、2年間で52人増、2339人になった。

山内町長の目標は「教育の島、子育て島」で未来を開くことだ。
高校の魅力化、社会人向けの学びの場などを盛り込んだ町の計画は、内閣官房の地域活性化モデルケースに選ばれた。
名付けて「世界一の『ド田舎』モデル」という。

■「高校が地域の生命線」
地域で活躍する人材を育てようという高校は、全国各地に登場しつつある。
特徴は
①地域資源を生かしたカリキュラム
②全国募集
③自治体による塾の設置 だ。
沖縄県立久米島高校は伝統芸能の「組踊(くみおどり)」に取り組み、地域の歴史を学ぶ。
町が公営塾や寮をつくる計画を練る。

兵庫県北部の豪雪地帯に位置する県立村岡高校(香美町)も、山の自然を生かし、マウンテンバイクやスキーなどを学ぶ「地域アウトドアスポーツ類型」を全国募集する。
青山学院大教育人間科学部の樋田大二郎教授(教育社会学)は、こうした動きの背景として、各地で高校が統廃合され「高校が地域の生命線」との意識が地元に広がったこと、正解のない問題を解く力の育成が求められるようになったことがあると見る。
「都会の担い手を育てる教育が人口減少社会を生んでいる。地域と結びつく高校の流れは広がり、太くなるだろう」と話す。(編集委員・氏岡真弓)

■「選ばれる田舎」、問われる努力
今、「人口減」がクローズアップされているのを見て、全国の意識が島根に追いついてきた、と感じている。
4月に県の人口が70万を割るなど、ここで教育や過疎対策を取材した8月末までの3年余りは、島根県が人口減対策の先進地になっていると実感する機会が少なくなかった。
その一例が、高校の魅力化プロジェクトだ。
型破りな発想で全国から人を集める隠岐島前高校に刺激を受け、県は2011年度から、中山間地の高校にも助成を始めた。
地元中学生が減るなか、県外募集に力を入れ、今年度は、夏休みに中山間地の高校を見学できるバスツアーも企画した。
中国山地の一角、人口3500の川本町にある島根中央高校。生徒数230人余りだが、今年度、県外生が28人に倍増した。
保育所などの就労体験先を町が調整したり、地元の意見を参考に学習サークルを立ち上げたり。地域とのつながりが深まったという。
「地域で支える」。「地域に根差す」。
この数年、地域と高校にそんな意識が高まっているのを感じる。

「これからは田舎が選ばれる時代」と取材で聞いたのが印象に残っている。
人口減を解決する対処法を見つけることは簡単ではないかもしれないが、「選ばれる田舎」になるためには、地域が持つ力を高める努力がこれまで以上に必要になってくると思う。
(2014年9月21日朝日新聞より)

 

この記事を読んで考えさせられるものがあった。
私の子供のころは日本中こんな感じだった。
その村の中に馴染んで学校があり、友人たちがいて、就職も進学もあった。
教育というテーマで雇用が生まれる事は素晴らしい。
「仕事がないから島に帰れない」ではなく、「仕事をつくりに帰りたい」という人を育てよう、素晴らしい発想です。