新・内海新聞 82号

絶体絶命の大事件勃発

平成14年8月、とんでもない事件が発生します。
そのころはTACS事業も軌道に乗り、順調に成長を続けている時期でもありました。
今思えば心のどこかに隙があったのかも知れません。

平成14年8月、兵庫県尼崎市でNTTの電話交換機が落ちました。
それは、どんどん連鎖して波及、大阪市北区や中央区の電話交換機が落ちて行きました。
8月と言えばお中元の時期で、大手百貨店の問い合わせの電話がすべて繋がりません。
銀行のATMもストップ。
証券会社の株価表示パネルもストップ。
もちろん110番や119番の緊急電話も繋がらない状況になりました。

このころは携帯電話がかなり普及し、この携帯電話に向けて「ワン切り」という手法を用いた風俗電話を仕掛ける業者が増えていました。
適当な携帯電話番号に電話をかけ、着信履歴をワザと残し、折り返し掛け直させ、そこには卑猥な録音音声が流れるように仕組んであります。
この音声は有料で、その料金を支払えと、着信履歴を手掛かりに恐喝まがいの電話をかけて振り込ませる手口です。
いわゆる「ワン切り事件」です。

平成14年8月の事件も、このワン切り事件なのですが、これまでと違う手法でした。
コンピューターに何本もの電話回線を接続し、自動的に作り出した携帯電話番号に一方的に連続して電話をかけていくシステムを導入したことでした。
その場所がNTT尼崎局の近辺だったのです。

まず、尼崎局の電話交換機がダウン。
続いて連鎖的に大阪市福島区、北区、中央区と連鎖してダウンしていきました。
NTTも何が起こったのか理解できず、パニック状態になっていました。
原因を突き止めたNTTはすぐに対策に走りました。

まず、接続約款を変えることでした。
それまでは、電話の契約をすると、電話契約者が申し出ない限り、電話の解約ができないようになっていました。
これを変更したのです。
通話を目的としない、機械的な連続発呼が規定量を超えた場合、NTTからその契約を解除することができるように変更したのです。
同時に国会でもこの問題が取り上げられ、有線電気通信法という法律の改正に向けて、準備委員会が動き始めました。
通話を目的としない発呼で、機械的に連続して大量に発呼する場合、懲役刑と罰金の両方が科せられるものです。
まさに絶体絶命でした。
そして、NTTはその様な電話の利用をする業者に対して、内容証明で警告文書を送付し始めました。

当社のTACSは、卑猥な音源を流すような番号に導くワン切りではありませんが、NTTから見れば、同じように見えてしまうのです。
発呼したその先で何をしているのかなどというのはNTTには判らないからです。
当然、当社のTACSもワン切りの一種であるとみなされました。

当時、TACSシステムはレンタル方式で、契約企業の社内に設置し、その企業の契約したNTTの電話回線を通じて発呼していました。
当然NTTは、異常な発呼を発見すると、その電話番号から電話回線の契約企業を識別します。
そして、その企業の総務部あてに内容証明の書類が郵送されました。

その内容証明には、反社会的な電話の使い方をしている。
これ以上続けるのであれば、契約を解除する。
そして解除された場合、再び契約することができない・・・という様な内容が書かれていました。
この様な内容証明が、当社のTACSを稼働させている企業に向けて郵送されていきました。

驚いたのは、内容証明を受け取った企業総務部です。
総務部は当社のTACSの事など知りませんので、この話は役員まで上がり、大事件になりました。

担当者から当社に電話が殺到しました。
「御社を信用して契約しているのだから、なんとか解決してほしい。」
という内容です。
しかし、それはなんともなりませんでした。
接続約款を変えられては、何もできません。
社内で連日対策会議を開きました。
発呼のスピードを落として、目立たないように続けよう・・・とか、別会社を作って、そちらにシステムを移して、本社を守ろうとか、徹底的にNTTと戦おうとか、様々な意見がでました。

しかし、その時に私が決断した方法は「TACS事業を休止する。」でした。
当社とNTTとでは、信用力も資金力も違います。
到底勝ち目はありません。
管理部に対して、今日でTACS事業を休止した場合、この会社はいつまで持つか?
資金ショートする日付を計算させました。

そのXデーは、平成14年12月10日。
私は、覚悟を決めました。
そして、重要な顧客に向けて、幹部が手分けして、事業を休止する事の説明に走りました。

私は、名古屋にある某自動車メーカーに向かいました。
ここは一番の大きな売上を上げていた最重要クライアントです。
名古屋に到着したのは、既に午後6時30分を過ぎていました。
事前に電話で訪問の予約を取っていたものの、こんなに急に、更に夜遅くに幹部がやってくるにはただ事ではないと感じられていたと思います。

名古屋の本社に到着すると、応接室に通され、いきなり単刀直入に本題に入りました。
「当社の事業を続けることが困難になりました。」
尼崎で発生したワン切り事件のこと、接続約款が変更されたこと。
内容証明等、契約先にご迷惑がかかること・・・などなどすべて正直に話しました。

「我々の事業を強引に続けることは、結果的に契約企業様にご迷惑をおかけしてしまいます。
これは当社の経営理念に反することです。
事業を休止する結論になりました。」
担当部長は、黙って聞いていました。そして
「30分ここで待っていてもらえますか。
今、社内に残っている役員を至急集めて対策会議を開きます。
そこで結論を出すのでしばらく待っていてください。」
私は、誰もいない会議室で待っていました。

30分を過ぎたころ、部長が降りてきました。
「我々はいつまで待てばよいですか?その白黒がつくのはいつごろですか?」
どうせ12月10日には会社は倒産してしまうのだから・・・そう思い、
「12月10日です。」
と答えました。
「判りました。その日まで当社は待ちましょう。
さらに予定通り、このプロジェクトの準備は続けます。
またこのプロジェクトのために全国のディーラーの社長を集めた会議を明日計画していますが、それも予定通り開催します。
是非、勝って下さい。
我々は応援していますし、お待ちしています。」
そう言って握手していただきました。

エレベーターホールまで送って頂き、その別れ際に
「いやぁ、驚きました。
自分の会社を犠牲にしてでも、クライアントを守ろうという姿勢。
役員たちもそこに感動していました。応援していますからね。」

帰り道、溢れる涙が止まりませんでした。
翌日、全国の重要クライアントへ同様に説明に行っていた幹部からの報告が上がってきました。
どれも私が受けた対応と同じでした。
ある電力会社は、
「なんなら当社がNTTを訴えてもいい。」
と言って下さいました。
これらのクライアントの契約内容やご意見を大きなファイルにまとめ、私はある場所に向かいました。

総務省電気通信局です。
課長に面談を申し入れました。
そして、当社のビジネスモデルや契約先企業の利用方法等を説明しました。
課長はその場で、NTT東日本に電話をしたのです。

「ジンテックという会社を知っているか?
聞くところによると反社会的な活動はしていないように思われる。
今回の約款改定や法改正で大きな影響を受けるようだが、そこも含めて検討されているのか?」
という様な内容でした。

翌日の夕方、NTTの法人営業部というところから部長以下6名の方々が当社を訪問しに来られました。
「過去の御社を調査させて頂きましたが、一度も事故を起こしていらっしゃらない。
そこで、今後の事ですが、双方で回線を監視し、安全利用に努める・・・という方向で協力してやっていきましょう。」
ということになりました。

その後、有線電気通信事業法が改正されました。
13条2項に予定通り、ワン切りに関する禁止条項が加えられました。

そして、その特記事項として「ただし、電話番号クリーニング事業はここより除外する。」と明記されました。
この年の12月決算は、事業を休止していた分売上減になる予定でしたが、お得意様企業が、ご祝儀だと通常の何倍もの発注をしていただき、最高の売上を記録することができました。