新・内海新聞 79号

グレーオーシャンという領域

かつてブルーオーシャンとかレッドオーシャンとかマーケティングの世界ではよく表現されました。
欧州経営大学院教授のW・チャン・キムとレネ・モボルニュが発表した経営戦略書が発端です。
ブルーオーシャンとは、競争のない未開拓市場のこと。
新しい商品やサービスを開発・投入することで創出される競合相手のいない市場で、レッドオーシャンとは、その反対の、競合が多く熾烈な戦いが繰り広げられる市場の事をさしています。
皆ブルーオーシャンを探している訳ですが、せっかく見つけたとしてもやがて競争が始まり、レッドオーシャンになっていってしまいます。
自分の人生を振り返った時、このブルーオーシャンとレッドオーシャンの狭間でいろいろ悩み、全く違う領域を見つけることになります。

そもそもその発端は、今から35年前にさかのぼります。
私はまだ20代半ばで、自営業の中華料理店のコックをしていました。
早朝から深夜まで休む間もなく働きづめの日々でした。
そんな時、須藤さんという地元の大地主で、不動産業をされている方がいつものように、お店に食事に来られたのです。
いつものカウンターの端の席に座り、いつも通り五目焼きそばを注文されました。
私は、料理を作ってカウンターまでお持ちしてご挨拶をしました。
「いつも有難うございます。」
「おお、マスター。いいもの見せてあげよう。」
そう言って須藤さんは自分のカバンから水筒を出してきました。
「マスター、コップ貸してくれるか?」
私がコップを差し出すと、その中に水筒の中身を注ぎ込みました。
それはどう見ても水です。
「これ、水ですよね?」
「そう、水です。でもただの水ではない。」
そしてこの水について話し始めました。
自分の地所を開発して、住宅を建てて販売する建売販売をされているのですが、自分の土地を開発中に地下水が湧いたらしいのです。
その水を飲んでみたらとても美味しい。
それで兵庫県の水質試験所で調査してもらったら、超軟水で酒造りに使う西宮の「宮水(みやみず)」に近い水質ということでした。
「この水、売れると思うんや。」
須藤さんは、近くの森永乳業の工場と交渉して紙パックに入れてもらいました。
そして商品名は「宮水ミネラル」に。
その宮水ミネラルを持ってお店に来られたのです。
その水を飲ませてもらいました。ほんのり甘くてとても美味しい。
当時の阪神地区の水というと、琵琶湖の水を上水道に利用していたのですが、たびたび赤潮が出て、大量の塩素を混入するので、臭くて水道水も飲めるような状態ではありませんでした。
「須藤さん、これ絶対売れますよ!水道水はご存知のようにあんな酷い状態ですから、皆美味しいお水を求めています。」
その結果、宮水ミネラルは商品化され、阪神地区の高級スーパーで販売を開始しました。
私はこの水を使って商品開発をすることにしました。
札幌には札幌ラーメン、博多には博多ラーメンなどなどご当地ラーメンがあるのに、神戸には有名な南京町という中華街があるのに、神戸ラーメンというものが無い。
神戸といえば灘五郷の灘の生一本。
その原料が宮水という地下水です。
この酒の原水を使ってラーメンを作ろうということになりました。
麺もスープも宮水で作り、真空パック詰めにしてサンプルが出来上がりました。
これを商売にするには、保険所の許可が必要です。

私は製造販売の許可をもらいに西宮の保険所に行きました。
職員が事務的に判を押していきます。
「ラーメンの製造ですか?」
「そうです。」
トントンと判が押されて行きました。
「ところで、面白い商品名ですね。きゅうすいらーめんっていうのですか?」
驚きました。
宮水が読めない。
そんな西宮人がいるのか。
「これはきゅうすいではなく、みやみずと読むんですよ。名水と言われた有名な地下水ですよ。」と説明をしました。
そうしたら、担当の判を押す手が止まりました。
「これは許可できませんねえ。」
「兵庫県の条例で、食品製造には水道水と同等の消毒を施さなくてはならないという決まりになっていまして、この場合も水道水と同じ塩素を混入いただく必要があります。」
そんなことになったら、せっかく宮水を使って作った意味がない。
近所の豆腐屋は井戸水を使って豆腐を作っている。
三宮駅前のコーヒーショップは菊正宗の水で日本酒を作っているが、どこも塩素など入れていない。
「どうしてもだめなら、地下水を食品製造に使っている他の店を営業停止にしてくれますか!」

それでも埒が明かず、県庁での判断になりました。
結局、条例遵守となり、地下水の食品製造への利用は認められませんでした。
残念でしたが法律であれば仕方ないと、私は諦めました。
それから数カ月して、ハウス食品の浦上社長が訪ねてこられました。
私と須藤さんは何事かとお会いしました。
「状況は調べさせてもらいました。
今度、うちでも水を売り出すことになったので、仁義を切りに来ました。」
と言われます。
「浦上さん、しかし条例があって地下水のビジネスは厳しいですよ。」
「あのな、条例というのは各都道府県で勝手に作ってる法律や。
その条例の緩い県で販売すればいい。
ただしコマーシャルは全国ネットでやる。
向かいのお店では売ってるのに、こっちの通りの店では売っていない、なんてことになる。
そしたら客が怒り出す。
条例というものは大衆が変えていくものや。」

やがてハウス食品から「六甲のおいしい水」が販売されることになり、やがてこれは空前の自然水ブームを起こすことになりました。
結局、その後神戸市は、条例を変え、株式会社神戸ウォーターという会社を作り、自然水販売を始めることになります。
私は、このとき悔しいという気持ちはありませんでした。
むしろ、自分はこういう新しい事を考え付く才能があるのかも知れないという気付きになりました。
そして、お役人が反対することというのは、前例がないということであり、まさしく日本初ということなんだと気付きました。

私は、その後飲食店を売却し、人材派遣会社に転職します。
そこでも私の仕事は新規事業でした。
医療系に人材の派遣事業を作ることでした。
看護師、臨床検査技師、レントゲン技師、歯科衛生士、保健婦などなど。
しかし、当時これらの人材の派遣は違法でした。
この分野を合法にし、黒字にすること。
これがミッションでした。
新聞の求人広告をつかって在宅の看護師や技師を登録していきました。
一方、その求人をしている病院施設に営業に行きました。
しかし、求人はほとんどが夜勤であり、登録の方々は夜勤ができないので勤務を辞め自宅にいる方々でした。
まったくニーズとシーズが合いません。
しかも、すべて違法です。
大阪の御堂筋の北から南まで全てのビルを飛び込み営業していきましたが、全くの反応無し。
ある日、営業成果も出せず、昼休みに公園のベンチに座り弁当を食べていました。
そして、朝日新聞の求人欄を見ていました。
その中の病医院の求人コーナーで一件だけ見慣れない広告がありました。
ほとんどが夜勤の求人なのですが、その一件だけ違いました。
「文部省管轄財団法人○○学術研究所」とあります。
午前中だけの簡単なお仕事です。
委細面談履歴書持参と書いてあります。
そしてその住所は今自分がいる公園の住所なのです。
まさに目の前のビルにある事務所でした。
勇気を出して訪問してみました。
そこは、結核予防法に基づいて、従業員の健康診断を代行する検診会社でした。
単純な仕事のために募集した看護師がすぐに辞めてしまう。
そして結果、高齢の看護師だけが残るという構造になっていました。
営業をして、一名だけ4時間の仕事を頂くことができました。
法律上業務請負の契約となります。
検診会社も大幅な経費削減ができるし、人材不足から解消されるということで非常に喜んでいただけました。
結果的に結核予防法に基づく健康管理の支援であり、これは厚生省の管轄となります。
当時、厚生省と労働省は分かれていて、老人介護や家政婦斡旋でかぶる事業が多く、仲はあまり良くありませんでした。
結核予防法に基づく健康診断事業の人材を含めた業務請負事業とすることによって、監督官庁が曖昧になり、前例のない状況となりました。
これにより、検診事業という大きなニーズを掘り起こすことに成功しました。

私は、その後、平成5年に人材派遣会社を離れ、自分の会社を創業します。
それは電気通信会社でした。
スタートは、あるコンピューターから指定した電話機に向かって、決まった信号を発すると、その途中にある電話交換機という大きな機械から、ある特定の信号が返ってくるという現象の発見でした。
これは住所の移転と電話番号の変更には相関関係があるという仮説に基づいていました。
電話番号の変更をリアルタイムにチェックしていれば住所の変更を予測できるかもしれない。
であれば、住所変更で届かないと思われる郵便物は事前に発送停止し、大幅なコスト削減につなげることができる・・・というものでした。
開発当初は大変初歩的なもので、相手方の電話のベルを鳴らしてしまうことも有りました。
この事に対してNTTは敏感に反応し、様々な場面で抗議がありました。
しかし、この部分の明確な基準がなく、完全なニッチの部分でした。
法律でも記載はありませんでした。
違法でも合法でも無く、その中間のグレーゾーンにあるものでした。

今、3つの例をご説明しましたが、いずれも「合法でも無く違法でもないグレーゾーン」にある領域で生き延びてきました。
ブルーオーシャンのような競争の無い領域で、独自の商品で勝ち進む事は理想ではありますが、この時代になかなかそんな機会に出会える事は稀といえます。
むしろ、ブルーでもレッドでもない、その間のグレーオーシャンを目指すことも一つの方策かも知れません。
グレーゾーンにはメリットとデメリットがあります。
メリットとしては、合法でも無く違法でもないというような中途半端な領域には進出してこない、ということです。
同様の規模の会社の競合がでてくる可能性はありますが、様々な戦い方で凌げると考えられます。
この領域が合法になった途端に、大企業が参入してくると考えてよいかもしれません。
従って、グレーの状態の時にいかにシェアを高めておくかがポイントです。
デメリットとしては、合法でもなく違法でもないということで、どうしても怪しい印象を与えてしまいます。
いずれ事業としては合法で王道を歩める道を選ぶ必要がありますが、ある地位を確保するまではグレーゾーンを利用しつくすことも常用名戦略かも知れません。