新・内海新聞 77号

人材不足の時代

遂この間まで就職氷河期とか言っていたのに、今は人手不足の状況。
いったいどうなっているのやら…

先日、テレビ東京の「ガイアの夜明け」という番組で、人材採用に苦戦する企業の特集をやっていました。
時にアルバイトが集まらない飲食業や運送引越し業やコンビニエンスストア等は悲惨な状況のようです。
時給もどんどん上がっていきますが、それでも求人の応募は月に1名以下の状況。
企業の人材に対するとらえ方は、だいたい二通りです。

一つはアルバイトの人数を減らしてでも運営できるようにシステムを変更する方法。
もう一方は、雇ったアルバイトが辞めないでなるべく長く勤めてもらえるような仕掛けをつくること。
この中で紹介された企業で注目したのは、APカンパニーという多店舗展開する飲食業の会社です。
別の意味でこのAPカンパニーは、注目していた企業でもあります。
塚田農場という宮崎県産の地鶏専門店です。
このお店には時々行くのですがいつも満席です。
店舗にはいろいろなアイデアが満載です。
アルバイトの学生が、社内のイントラネットを使って、自分の考えたアイデアメニューを投稿し、それが認められると店舗で提供できるメニューに昇格します。
このメニューというのは、お客様の飲食された金額の決まったパーセンテージの範囲内で自分の考えたメニューをお客様にプレゼントできる仕組みです。
たとえば食べ残した焼き鶏を回収して、ニンニクで再調理し、味付けを変えて再度、そのお客様にお持ちするという感じです。
また、そのお店に行くとお客様の名前で塚田農場の名刺をつくってくれます。
形を変えたポイントカードなのですが、ご利用回数ごとに裏面にスタンプが押され、その個数によって、課長、次長、部長、取締役と出世してゆきます。
これをもらって昇格していくところに、お客様のサラリーマンは大喜びです。
会社では上司の部長がこの塚田農場では係長で、会社では平社員なのにここでは取締役になっていたり…
とにかく客は大いに盛り上がっていきます。

そんなAPカンパニーですが、アルバイトの使い方でも工夫があります。
時給は千円で、他社に比べて高いということはありません。
むしろ安いくらいです。
しかし、ここに勤める学生アルバイトに聞いてみると、プラスアルファがあるので辞める気はないといいます。
はたしてそのプラスアルファというのは…APカンパニーの人事部が毎週一回、就活学生のための就職活動の支援講座を開催しています。
皆、リクルートスーツを着て大勢集まってきます。
全員がAPカンパニーのお店に勤めるアルバイトです。
就職に対する心得や、模擬面接、また人事部はどういうところを注目しているかなど、何度でも無料で受講できます。
また一方でAPカンパニーは、化粧品メーカーやITメーカーや様々な大手企業の人事部とコンタクトをとり、自社のアルバイト学生の就職の斡旋をしています。
突然、各社の人事部の担当者が覆面で店舗に訪れ、その目ぼしいアルバイト学生の働きぶりを観察しています。
もちろん、店舗のお客様として来ているので学生は何も気付いていません。
既に各社人事部とAPカンパニーは打ち合わせができていて、店舗の学生アルバイトがその企業の求人に応募した場合、書類審査や一次面接はパスして、いきなり二次面接に上がれるような特権を与えてもらっています。
塚田農場に勤める学生アルバイトは就活のためにアルバイトを辞めることなく、勤めながら就活が継続できる仕掛けをつくり、企業人事部にもアルバイト学生にも好評ということです。
この番組を見ていて私は懐かしく感じました。

株式会社ジンテックが誕生したのは昭和63年2月27日。
バブル突入の一年前です。
当時は円高不況といわれ、輸出産業は大打撃を受け、世の中は不況でした。
それが突然バブルに突入して人材不足に陥りました。
アルバイトどころか、新卒採用も中途採用も派遣スタッフもまったくもって足りません。
企業はあの手この手で採用をしますが求人が多すぎるためにほとんど効果がありません。
新卒採用に於いては、内定を受諾してくれれば、一戸建の家一軒プレゼントとか、トヨタの高級乗用車クラウンを一台プレゼントとかありました。
もちろん企業説明会や面接に行くのにも交通費や宿泊代、タクシー代まで全額企業が支払ってくれました。
これだけで結構な収入になった学生も多かったと聞きます。
慶応義塾大学の学生を一人採用するコストが約800万円といわれていた時代です。
株式会社ジンテックの当時の主力業務は、新卒学生の採用支援サービスといって、人事部からの委託を受けて、その企業の希望する学生を送り込む「学生送致サービス」です。
簡単にいえば企業説明会に参加する学生を動員するサービスです。
世の中は人手不足なので、営業は面白いように受注できました。
しかし、結果が出ない。
なかなか厳しい状況でもありました。
そんな状況の中で、いかに学生に興味を持ってもらって、学生を動員できるのか…
とにかく今までとは違う方法で集める以外ありませんでした。

ここに一つの考え方があります。
それは「壺の論理」というものです。
この考え方は、今は東証一部上場企業の株式会社KLabの真田哲弥さんの理論です。学生の心理というものは大学四年間の中で2回だけ皆が同じことを考える、ニーズの収縮時期というものがある、というものです。グラフにしてみれば良く判ります。
縦軸を学年、横軸を左右にニーズとウォンツという具合いに縦横に十文字のようなグラフをつくります。
縦軸が学年で、上から1年2年3年4年となります。
横軸は左右にニーズとウォンツとなります。
表記グラフのように1年生の時は真ん中に収縮し、2年3年になるにつれ徐々に膨れ、また4年生で収縮します。
これは、大学入学したての頃は、学園生活のことばかり考えていて、どんな授業を受けようかとか、どんなサークルに入ろうかとか、どんなアルバイトをしようかとか、そんな身の回りのことばかり考えています。
ところが2年生3年生になると、サークルをやっている学生はサークルの事ばかり考え、アルバイトの学生はアルバイトの事ばかり。
勉強熱心な学生は勉強のことばかり。
つまり関心が四方八方に拡散して膨れています。
つまりニーズやウォンツの拡散した学生を捕まえるには大変コストがかかります。
逆にニーズの収縮した学生を捕まえるにはコスト安く、効率的に見つけることができます。
さて4年生になって、再び拡散したニーズが収縮するのですが、これは「就職活動」というニーズに収縮していきます。
一斉に就職活動に関心が高まります。
この部分でビジネスを創業して成功した会社が株式会社リクルートです。

さて、この壺の論理にあてはめて、学生アルバイトの募集を考えてみた場合、通常は大学の授業が暇になってきた2年生3年生であればアルバイトに沢山応募してくれるであろうと考えてしまうのですが、逆にニーズが拡散しているために募集のコストがかかります。
また、様々なネットワークができあがっているのでアルバイト情報も豊富に入手でき、採用できても、良い条件のものが他にあればすぐに辞めてしまいます。
募集するのであれば、大学入学した直後からのニーズの収縮した時期の学生を募集し、1年2年と長く勤められる仕組みを考えるべきといえます。
さて、新卒学生の就職支援をしていた当時の私は、受注は取れても学生が集められず苦戦していました。
なんとか企業の希望する学生を集められないだろうか。
そして考えだされたのが就職セミナー動員コールというテレマーケティングでした。
学生リストに基づいて自宅に電話を掛け、希望する日時のセミナー案内をして予約を取り付けていくサービスです。
非常に好評だったのですが、人手不足がだんだん深刻化していくなかで、これでも集まりが悪くなってきました。
今考えると顔から火がでるほど恥ずかしいのですが、とんでもない動員方法を始めました。
まず、「就職家庭教師」という方法。
これは、当社にアルバイトに来ていた東京工業大学の高橋君という学生が、ある大手商社部長ご子息の、受験の家庭教師に通っていました。
そして部長とも親しくなり、そのままその大手商社の採用路線に乗り、内定をもらってしまったのです。
これは、いける!と、大手企業に営業に行き、社員の中で受験を控えたご子息がいるご家庭に当社に登録した有名大学の大学3年生を派遣しますという企画を考えました。
そのまま、その学生の就職の勧誘はOKという仕組みにしました。
家庭教師費用は会社が負担してもらうという構造だったので、一部社員にだけメリットのある事に、会社のお金は使えないということで企画倒れになりました。
しかし、応募は殺到し、一回の募集で200名以上の国立大学の応募がありました。
また、就職スキーツアーという企画も有りました。
1月頃にスキーツアーの企画をつくり、スキーバスを走らせました。
このバスには、右の2列には国立有名私立大学3年生の男子、左の2列には有名短大の女子大生が座ります。
2泊3日で5千円。
差額はスポンサー企業が全額負担します。
旅館に着いたら、それぞれスキーを楽しみ、夜はスポンサー企業主催の自己PRの講習があります。
これは、いわゆる面接と同じで、面接とは判らないように、企業は学生を見極めます。
これは大手鉄鋼会社が毎年数台のバスをチャーターし、大きな成果を上げました。
バスツアーといえば、また別に「就職企業クリニック」というのがありました。
就活中の学生が、バスに乗って団体で企業訪問し、企業内の見学やOBOGとの情報交換会などを行う企画でした。
とにかく、就職情報誌にいくら掲載してもまったく応募が無いという時代でしたので、現役大学生と企業の人事部と接点をつくるだけでもビジネスになっていた時代です。

はたして、またそんな時代がやってきそうな気配がするのですが…。