新・内海新聞 71号

顧客のどちら側に立つのか?

営業の立ち位置というのはとても大切です。
その前にもっと大切なことは、誰が顧客なのかを明確にすることから始まります。
これがなかなかできていないことが多いのです。

かなり昔の話になります。
かつて大学生の新卒採用の支援事業をしていたころの話です。

大学3年生たちにプロモーションをして採用活動の案内をする仕事です。
企業の人事部から予算をもらいます。
企業説明会・企業見学会・OBOG訪問アレンジ・面接の案内。
会場の設営・案内状の印刷送付・電話による案内・・・・
などなどその内容は多肢に渡ります。

この構造をみた時に3人の登場人物がいます。
まず、大学生。就職活動の主役です。
次に、企業人事部。採用する側で予算を持っています。
そして我々、採用支援業者です。
この中で重要な人は学生たちです。
いかに質の良い学生を採用するかにかかっています。

ここでわれわれ採用支援業者は誰を見て、背中をどこに向けているのか?
おそらくお金をもらえる企業をバックにつけて、目線は学生に向いています。
つまり背中は企業に向いている構造です。
なぜなら、企業人事部が行うべき業務を採用支援業者である我々が代行しているからです。

しかし、この時当事者である学生からは我々はどう見えるのでしょうか?
おそらく企業人事部の手下であり、代行業者。
人事部の前に立ちはだかる邪魔な存在。このような状況では我々の情報は信用してもらえないし、しっかりと伝わらない。

ただ、企業人事部に従順でないとお金はもらえないジレンマがあります。
もしも、このとき企業人事部を背中にするのではなくて、学生を背中の位置に置き、企業人事部に向き合う構造を作ったらどうでしょう?
今まではお金がもらえる企業人事部を顧客と思っていたのですが、実は学生が最も重要な顧客であると置き換えるのです。
そうしたらまた違うものが見えてくるはずです。
学生の心理を読み、学生の声を集めること。
その情報が正しく適切であれば、黙っていても企業は付いてきます。

平成4年の頃のことです。
銀座にN社という自動車メーカーがありました。
私はある企画書を一冊もって飛び込み訪問をしました。
白い制服を着た受付の女性に話しかけたのです。

「実はこういう会社のものです。一件の企画を持ってきました。」
そういって受付の女性に企画書を開いて説明を始めました。
「この企画を聞いてもらえる部署を探してもらいたいのです。」
一緒に考えてくれました。
「営業推進部という部署があるので聞いてみます。」
と言ってくれました。
「H川課長が参りますので、椅子にお掛けになってお待ちください。」
「やった!」
心の中でそう叫びました。

H川課長が出てこられました。
部屋に通してもらえるのかと思ったら、時間がないのでここで・・・と立ち話です。
「私は就職支援の会社をしていまして、就職活動の終わったその学生に自動車を販促する企画を持ってきました。」
そうすると、
「ああ、そういう企画ね!もうすでにやってるよ。内定の出た大学4年生に自動車の販促をする企画で、広告代理店のHH堂と組んですすめているから問題ないです。」
そう自信たっぷりに言われました。

しかし、私はその企画は駄目だと直感しました。
「おそらくその企画は大失敗すると思います。そんな時期に自動車は一台も売れませんよ。」
H川課長は少しむっとした顔で言われました。
「だって君が提案しているものも同じじゃないか!」
「いえ、全然違います。私の企画は当ります。私の企画は確かに学生に自動車を販促する企画ですが、その学生が違います。今計画されているのは大学生に車を売ろうとされていますね。
私は違います。
私のいう学生とは、まだ運転免許を持っていない女子高生に車を売る企画です。」
しばらく沈黙がありました。

「私の会社には全国の高校3年生の名簿が約100万件ほどあります。
この名簿の中で、ある条件で検索を
かけます。
それは次のような条件です。

①     女子高校生
②     就職率が高い、あるいは大学がつながっているエスカレーター式の私立高校
③     地方の高校

就職が決まっている、或いは進学が決まっている高校3年生は自動車教習所に通っている可能性が高い。
それは車に乗りたくて仕方がない時期でもある。
また女子の場合は親の就職祝いで自動車を購入してもらう機会が多い。
地方はJRかバスしか交通手段がなく、自家用車は必需品。
この人たちに直接プロモーションします。
かならず反応が有ると思います。」

結局、この日会議室に通され、具体的に企画書を見せて流れを説明しました。
その後、何度かのやり取りの後、この企画が採用され、N社でのビッグプロジェクトとなりました。
全国の全ディーラーを巻き込んでの大企画でした。
HH堂との共同企画となり、抽出された35万件に対してダイレクトメールが送付され、テレビ雑誌でも同時に新型車のPRが始まりました。
資料請求はがきが同封されており、これが返送されてきました。
約3千枚以上の資料請求はがきが返却され、それに対してお礼の電話コールからディーラーの紹介。
営業マンのアポ取りと流れていきました。
私の予想どおり、女子高生たちは積極的な反応を見せました。
あまりの反応の大きさにN社も驚きました。
これには我々の立ち位置に違いがありました。

N社の代理として、対応するのではなく、女子高校生を背中にしてN社に対して交渉したことにあります。
車に対する興味を示す時期は瞬間です。
自動車教習所に通い、免許証取得直後の時期です。
この時期に合わせて新型車の誰も知らない情報を直接お届けするようにしました。
もちろんスポンサーはご両親や祖父母です。
卒業祝い・就職祝いという大義名分で車を獲得する可能性が極めて高いのです。
この時に、メーカーの言うように車の性能を前面に押し出しても仕方ありません。
彼女たちがかわいいと感じる乗り方を提案していきました。
この新型車で、どう室内
空間を飾るのか、この車でどこにだれと行くのか、どういう服を着て運転するのか、どんな化粧品を使うのか・・・などなど。
彼女たちの代弁者としてメーカーに対峙する姿勢。
ここがとても重要でした。

この流れは現在も変わらないと思います。
顧客志向といえば簡単ですが、自分たちも生活者の一人として利用者側の目線でその商品やサービスを見たとき、メーカーの視点とは違うことに気づくことが有ります。
ちなみにこの時にモデルチェンジしたN社の新型車は、いまだにベストセラーカーとして20年以上経っても生産が続いています。

このパターンの応用として別企画を作りました。
旅行情報の提供サービスで「丸の内OL俱楽部」といいます。
この丸の内OL倶楽部は女子高校生ではなく、短大生が対象でした。
就職したOLであればこそ休みの日に海外旅行に行く機会も多いです。
また就職した短大生は一般職採用がほとんどで、人事総務営業のアシスタントが多いのです。
社員旅行の企画や家族旅行、友人との旅行、新婚旅行など旅行の企画に接する機会が多いのも確かです。
就職が決まったころの短大生の自宅あてに丸の内OL俱楽部の入会案内を郵送します。
入会してもらうと、会員証が送られます。
もし身近で旅行の企画があれば、この会員証に記載されたコールセンターに電話すると、その旅行の素敵なプランを提案してもらえます。
そしてその旅行が成約すると、情報をくれた会員にポイントが付与されます。
一年に一回はサイパンに無料招待されるポイントが付与されます。
これも厳しい就職活動に耐えて、みごと内定をもらって安心した時期に、これからは自分の稼ぎで堂々と大好きな旅行にいけるという、企画を提案しています。
しかも会員になればお得で割安な旅行企画が得られ、社内や友人に喜んでもらえるような貢献企画でもあります。
新人OLを背中にした立ち位置で、旅行会社に対して提案する形をとっています。

企画とは目線の位置と立ち位置によって大きく変わるという事例です。