新・内海新聞 70号

ハンカチ屋のおじいさんの新規事業

今から25年ほど以前の話です。
私が単身上京してジンテックという会社を設立した直後の話です。

神田にある有名な会計事務所から、新規事業の案件会議をするから参加しないかとお誘いがありました。
このころから新規案件というといつもお声がかかるようになっていました。
毎月一回開催する定例の勉強会でした。

そこには10人くらいの方が呼ばれていましたが、全員お会いするのは初めてです。
その中に名古屋から来られたという一人の老人がいらっしゃいました。
その老人は名古屋でハンカチを売っているといいます。
ハンカチを製造して色々な所に卸す仕事らしいです。
「ほう、ハンカチ屋さんですか?でもハンカチ屋さんがなぜこの会計事務所の会議に?」
とうっかり質問してしまいました。
何か場違いなような気がしたからです。
しかし、後ほどその印象は大きな見込み違いであることを思い知ることになります。

私の隣に座られたハンカチ屋の老人とは、いろいろ話が弾みました。
「ところで社長の会社ではハンカチをどれくらい売られているのですか?」
と質問しました。
「そうですねー。まぁざっと年間200億円くらいですかね・・・。」
「にっ、二百億!!?」
思わず聞き返しました。
「それは一枚何万円もするような高級なハンカチを扱われているのですか?」
と聞き直すと
「いえいえ、ごく普通の一枚100円の白いハンカチです。」

私の頭は混乱しました。
冗談を言っているに違いない。
「すごいですね。」
と答えるしかなかったのです。
しかし、よくよく聞くと、この100円のハンカチは葬儀会社や冠婚葬祭の互助会に販売をしていたのです。
葬儀に来られた参列者にお帰りの際にお渡しする「返礼品」でした。
確かに返礼品であれば参列者の数だけ必要ですし、大量に仕入れるはずです。
そのためのハンカチでした。
全国の葬儀会社や互助会と契約していました。
そして、このおじいさんは素晴らしいアイデアマンでした。

葬儀に参列された方には必ず参列者名簿にお名前を書いていただくのですが、ノートのようなものに筆ペンで書いてもらうことが多いと思います。
しかし、この方法だと後の管理集計が大変です。
また葬儀の後の忙しさで遺族にとっては大変な作業です。
そこで、入力カードを開発しました。
はがきの半分くらいの大きさの短冊のようなカードです。
葬儀会場にこのカードを用意しておき、指定通りお名前、ご住所等を記入いただくのです。
このカードをおじいさんの会社で一旦回収します。
そして入力集計して、一覧表からラベル出力までしてくれます。
当時はパソコンなどない時代ですので印刷して返却してもらえます。
これであれば管理するのが大変楽になります。

また、こんなことも言われていました。

「まさか死にそうな人を探して営業するわけにもいかない。
葬儀は営業が大変なのです。
でも葬式に参列されている方が、次のお客様となる可能性が極めて高い。
亡くなられた方の同級生や先輩や親兄弟などです。
ここに営業して見込み客を集めるのですよ。」
そんなことを言われました。
「それはどうするのですか?」
「参列者の名簿がありますでしょう?
ここに参列いただいたお礼状の発送を代行するのですよ。
そのお礼状の中にメモリアルノートというものを同封してプレゼントしています。
生まれてから今までの人生を、年齢時代ごとに振り返って回顧録を作れるようなキットになっています。
手書きで書き込んでいただき、送り返していただくのです。
私どもでそれを綺麗に製本にして再びご返送します。
みなさん涙を流されて喜ばれています。
自分自身の生きてきた証ですね。
この様にして葬儀の事なら、当社にご相談くださいと記憶してもらうのですよ。」
なるほど、このおじいさんはただものではない、そう思いました。

「ところで社長、なぜこの会計事務所の勉強会に参加されているのですか?」
不思議に思って質問しました。
そのおじいさんが話し始めた内容に私は驚愕しました。
「葬儀のお世話をしている中で、遺族の方々からいつも相談を受けることがあるのですよ。
それは、遺産相続と相続税の事なのです。
ご存知のように相続税はなくなった翌日から10カ月以内に申告納付しなくてはなりません。
ところが最近の遺産のほとんどが土地なのです。
土地を相続しても税金が払えない。
結局売ることになります。
でもあわてて売ることになるので、しっかり準備できず損してしまうこともあるのです。
そこで、そんなご遺族のために不動産の査定見積もりを代行することにしました。
さらにご希望であれば不動産の買い取りまで行います。
そのための不動産会社を作ったのです。
どんな土地でも買い取ります、というキャッチフレーズです。
それで会計事務所にいろいろ相談しているのです。」

私は目から何枚ものうろこが落ちる思いでした。

この翌年から世の中は不動産バブルに入っていきました。
その後このおじいさんがどうされたのかは分かりませんが、大きなビジネスを展開されたことは確かでしょう。
本当に目の付けどころの違いで、数多くのビジネスチャンスが生まれるのだということを思い知らされた瞬間でした。

その会計事務所にはYさんという技術者がいました。
そのYさんとはその後とても親しくお付き合いさせていただくことになるのですが、このYさんが作ったシステムがあります。
「相続税自動計算マシン」です。

この会計事務所のロビーに置いてあるのですが、ちょうどゲームセンターの機械のような大きさです。
前面にパソコンのモニター画面が付いています。
そのマシンの前に座って操作します。
自宅の不動産の住所や面積、預金や株券などそれぞれ入力していくと、税金が自動計算されて結果がプリントされます。
その操作は横からも見られないように目隠しされています。
誰にも見られずに密かに確認できるのですが、入力したデータはこのマシンの中に残っていて、会計事務所にはすべてが分かってしまう仕掛けです。
今だったら大問題になる仕掛けでしょうが、当時はおおらかで個人情報とかあまりとやかく言われない時代であったので、できたのかも知れません。

また、その会計事務所は新規事業の別会社を持っていました。
そこにはパートタイマーの主婦の方々が沢山登録されていて契約先の会社に出向きます。
そして会社の領収証の束を糊で紙に張り付けて項目別に整理していきます。
これだけの仕事です。
会社といっても経理がしっかりできていない零細企業が相手です。
社長に領収書だけはきっちり貰うようにお願いをして、それを箱の中に投げ込んでもらい保存してもらいます。
毎月一回パートタイマーが訪問して、それを整理する人材会社でした。
最終的には税務処理まで引き受けることになるのですが、最初のフックはこのような仕事を集めていました。

いまでこそあり得るのですが、当時としては画期的なサービスでした。
いまやその会計事務所は日本でも有数の大きな事務所となっています。