新・内海新聞 64号

ゴリアテの石

 

弱者が強者に挑んで行く事の比喩で「ゴリアテの石」という話が使われる事があります。
まさにベンチャー企業はゴリアテの石を探し求め、果敢に挑戦し続けます。

ゴリアテとは、旧約聖書の「サムエル記」に登場するペリシテ人の巨人兵士です。
身長が約3メートルもあったといいます。
古代イスラエル人はペリシテ人との戦闘に破れ、その支配下におかれてしまいます。
ペリシテ人は鉄の精製に長けて、強力な武器を製造することができました。
超重量の鎧兜や槍、大盾といった巨大な武装で、敵をなぎ倒します。

旧約聖書のサムエル上17章によると、ゴリアテは少年時代から戦士として訓練を受けました。
そして両肩に胴の投槍を装備したその鎧の重さは数十キロ、槍は鉄製で機織工の巻き棒のようです。
完全重装備の武芸の達人であるゴリアテはいとも簡単に敵を粉砕します。

イスラエル人を支配下に置いたペリシテ人は、イスラエル人が鍛冶屋になることを禁じました。

(サムエル上13章)武器の製造技術を独占するためです。
イスラエル人は鋤や鎌のような日常の道具ですら、ペリシテ人に頼んで砥いでもらわねばなりませんでした。
イスラエルが王政を組織し、ペリシテ人に抵抗するようになる頃、農民出身の少年ダビデは、羊飼いをしていました。
両陣営が対峙する中で、ゴリアテが進み出て、イスラエル軍に対し、自分と一対一で決闘するように挑発します。
イスラエル兵は皆恐れて、挑戦に答える者はいませんでした。そこに名乗りを挙げた者がいました。
羊飼いのダビデです。

ダビデはまだ少年でしたが、怒りに燃え、ゴリアテに自分が立ち向かうと言い出したのです。
そこで、イスラエル王サウルは、ダビデに鎧を渡し着させようとしますが、そのサイズが合わず結局脱ぎ捨ててしまいます。
ダビデはいつも通りの毛皮を体にまとい、長い木の杖を持ち、足下に落ちていた石を5個拾いました。
ゴリアテはダビデの前にそびえるように立っています。
それを見ていた群衆は皆、一瞬のうちにダビデはゴリアテに殺されてしまうだろうと思いました。
その時、ダビデは石投げ機に拾った石を置き、思いっきりその石をゴリアテにめがけて投げつけたのです。
その石は高々とゴリアテめがけて飛んで行きました。

そして、ゴリアテの額にその石が命中し、ゴリアテは即死しました。

信仰心の厚いダビデは、神に守られたのです。
そして神をも恐れぬ、人間の作り出した武器が万能だと考えたゴリアテは滅びました。
ものの勝敗はすべて神がお決めになる。信仰心の厚いダビデを神は支持されたのです。

このような話です。
ダビデが使った武器は、道ばたに落ちていたただの石です。
一方、ゴリアテは当時では最新鋭の精錬から作られた鋼鉄の鎧や盾や剣でした。
なにも最新鋭でなくとも、ありきたりのものでも、使い様によっては強力な武器になる。
自分たちに取って今できる最前の最強の武器は何なのか?

弱者が強者に勝つことの例えとしてゴリアテの石は使われます。

 

若者よ、日本のウミガメになれ!

 

私の古くからの友人に加藤順彦さんという方がいます。
出会ったのは彼がまだ大学一年生の18歳の頃ですからもう25年以上のお付き合いになります。
この加藤さんは現在シンガポールに拠点を置き、様々なベンチャー企業を支援する投資家をされています。
その加藤さんのライフワークが「ニッポンウミガメ論の普及」です。彼のブログから引用しながらこの理論をご紹介したいと思います。

(「加藤順彦ポール|Asian視座でいこう」より引用)
日本でベンチャーとして起業しても、既得権層の政官財からの複合的な要素で結果的に廃業に追いやられるのであれば、日本の外で成功して日本に戻って日本に貢献するというやり方のほうがいいのではないか、という仮説が降ってきました。
事実、韓国も中国も台湾もこのやり方で多くの起業家を生んでいました。
中国では、主に米国で頭角を現し成長・成功し、中国に凱旋・貢献した起業家のことを「ウミガメ=ハイグイ 海亀/海帰」と呼んでいます。
ウミガメのように大きく成長して、故郷に卵を産みに帰ってくる、という意味です。
百度のロビン・リーさんやアリババのジャック・マーさんは新世代の華人にとってはウミガメ族のシンボル的存在です。
立ち寄った上海ではジャック・マー社長ら新しい世代の起業家をヒーローとして尊敬し、評伝や自伝は本屋に山積みです。
「これは勝てるわけがない。このままだと日本は滅びる」そんな危機感に襲われました。

シンガポールは移民の国です。シンガポールでは遍く民族が一緒に生活しているのです。
シンガポールは最も外国人が成功する可能性が高い国であるともいわれています。
英語は第一共用語ですので、常識としてだれもが身につけています。
そんなシンガポールに足場をおいて世界にチャレンジしようという若者を支援したい。
それをこれからのライフワークにしたいと思うようになりました。
韓国や台湾と比較すると、そうした人たちの人数はまだまだ少ないでしょう。
ですが彼らは不退転の決意で世界に飛び出ています。
そういう人たちが次に続こうという日本人のロールモデルとなればと思っています。
私は成長の風を掴むということが、いかに大事であるか身を持って体験してきました。
ベンチャーと中小企業の違いは一つしかないと思います。成長を志すか、志さないかです。
もしもあなたが経営者で、若きベンチャーで、これから成長を志すのであるなら、成長する市場の追い風を受けるべきだと思います。
どこに風が吹いているのかを知り、風を掴むことが大事なんです。
極論、背中に追い風を受けていれば、止まっていても前に進むんです。
これからの日本はベンチャーには逆風が続くと思います。前進できなくもないとは思いますが、成長を志すのならば追い風の吹いているところに立つべきです。
そして大きく成長したあとに、日本に戻り日本の社会に貢献すればいいのだ、そうすることが日本に変革を起こす上で、もっと効率的だ、と強く感じています。
日本を飛び出てみましたが、アジアの果てまでいっても断崖絶壁はありませんでした。私たちは海を渡り、大きな世界を市場と見出せるのです。
「ウミガメ」が一つのロールモデルです。

私はシンガポールの地から、沸騰するアジアの各地から、まるで自らが外圧となったかの如く、日本の若きウミガメ候補に、ネットを経て外から揺さぶり、刺激を与えているつもりで日々生きています。
僕は、いまの日本を覆っている【漠とした閉塞感が最大の問題】だと思っています。
ウミガメ候補たちの背中を押し、鼓舞し、ともに悩み、成長を勝ち得ていくことに、私は残りの半生を賭けたいと思っているのです。