新・内海新聞 74号

断捨離を考える

先週の週末は、書斎の大掃除をしました。
もう何年もしていなかったので、それはもう倉庫です。
40リッターのゴミ袋が10袋。
20センチくらいの高さに積んで、紐でしばった本が10個くらいできました。
あと燃えないゴミが4袋です。
前の家からの引き継ぎもあり、こんなにたくさんの廃棄物ができてしまった。
一つ一つ見始めると絶対に2日では終わらないので、目を閉じて「エイヤァ!」とゴミ袋へ!
それでも懐かしい手紙や写真や年賀状が出てくると眺めたり読んでしまう。
「いかんいかん」気を取り直してまたゴミ袋へ。
結局丸二日もかかってしまった。よく今まで床が抜けなかったなぁと思うくらいのゴミの量です。
今、流行りの言葉で「断捨離」というのがあります。
Wikiで調べてみると・・・
基本的にはヨガの行法、「断行(だんぎょう)」、「捨行(しゃぎょう)」、「離行(りぎょう)」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考え方、生き方、処世術である。
単なる「片づけ」や「整理整頓」とは一線を引くという。
断=入ってくる要らない物を断つ、捨=家にずっとある要らない物を捨てる、離=物への執着から離れる。
やましたひでこの著書が発表されて話題になり、この考え方が人々に広く知られるようになった。
やましたひでこの著書群の説明によると、おおむね次のようなものである。
日本では伝統的に「もったいない」という観念・考え方があるが、(これはこれでひとつの考え方・価値観ではあるが)この考え方が行きすぎると、物を捨てることができなくなり、やがて、すでに使わなくなったモノ、将来も使うはずがないモノなどが、家・部屋の中に次第に増えてゆき、やがては自分が快適に居るための空間までが圧迫され、狭くなり、また人は膨大なモノを扱うのに日々膨大な時間や気力を奪われるようになってしまい、知らず知らずのうちに大きな重荷となっていて、心身の健康を害するほどになってしまう。
断捨離は、こうした「もったいない」の観念(思い込み)にとりつかれて凝り固まってしまった心を、ヨガの行法を応用して解きほぐし、知らずに自分自身で作り出してしまっている重荷からの開放を図り、快適な生活・人生をとりもどすための方法である。

さて、理屈はわかるのだが、「いるもの」と「いらないもの」はどうやって仕分けるのだろうか?これができないから、いつか役に立つだろうと勝手な理屈でため込んでしまうのです。
いるものか、いらないものなのか?
この判断をする法則があります。
それは一つのキーワードで片づけることができます。
そのキーワードとは、「Now」です。
つまり、「今」です。
それは今必要なものなのか、そうではないものなのか?ということです。その目の前のものに、今度使うときの日付を付けられるのか?ということに繋がります。
今すぐ使う、というとそれは本当に必要なものだと思います。
もしも、いつか使うだろう・・・というような曖昧な判断のものは、おそらくもう一生使わないと考えられます。
もしも必要なことが起こるとしても、それは極めてレアケース。たいがい、もうどこにしまったかわからなくなる代物です。
だから「今」なのです。
たとえば、今でなく、もっと先だけれど、きっと必要になるだろうと思うものは、その使うときの日付を入れてください。
日付が入るということは「今」と同じ意味になります。
その時(今)が来れば必ず使うのですから必要なものです。
それ以外の日付の入らないものは、将来においてもきっと使わないものです。だから廃棄してしまった方が良いということになります。

これは掃除だけに限りません。
仕事に於いてもそうです。自分のスケジュール帳が判りやすいです。スケジュール帳の日付と時間が入れられるものは、きっと重要な予定です。
しかし、日付も時間も入らない予定は、予定ではなく「未定」です。
数日も経つときっと忘却のかなたです。
日付は大切です。
しなければいけないと思っている行事を一度ノートに全部書き出してください。
次にそれらを「重要」と思われるもの、「やや重要」のもの、「そうでないもの」の3つに仕分けてみます。
次にそれぞれ行事の横に実行予定の日付と時間を書き込んでいきます。
「何月何日の何時から何時まで」と書き込みます。
結果、その日付の入ったものは確実な予定で、「重要」のカテゴリーに入っていたものはもっとも重要な課題ということになります。
「重要」のカテゴリーに入っているにも関わらず、日付も時間も入らないものがあります。
それは、さほど重要でもなく、自分が重要だと思いこんでいるだけなのかも知れません。
今一度、自分自身のスケジュール帳を整理してみる必要があります。

皆さんのカバンの中身を見てください。
そのカバン、大きく太っていませんか?色々なものが入っています。はたしてそのカバンに入っているものは本当に必要なものばかりなのでしょうか?
きっと、今度いつか役に立つから・・・とか、なんとなく仕舞い込んだものが、いまだにカバンに入り続けているとかではないでしょうか?
一度、そのカバンの中身を机の上に全部出してみて下さい。
そして日付で分類してみましょう。
まず、「今日必ず使うもののグループ」
次に「明日必ず使うもののグループ」
さらに「明後日以降に使うであろうと思われるグループ」
結構、明日以降のものが多いと感じませんか?
明日以降必要なものは、カバンから出して片づけましょう。明日いるものは明日カバンに入れればよいだけの話です。明後日以降のものも同様です。
今日いるものだけをカバンに入れてみて下さい。驚くほど少しになったはずです。
いつもどうでもいいものを持って外出していたことに気づくはずです。
結局一番大切なものは「時間」「日付」ということになります。
結局、人はどうでも良いものをドンドンため込む性格のようです。

「容積満杯の法則」というのがあります。
人はスペースに合わせてドンドン荷物をため込んでいき、一杯になるまで止めないという法則です。
四畳半一間に住んでいた学生の部屋は、荷物が一杯で足の踏み場もない。もう限界だ!ということで六畳の部屋に引っ越しました。
すると、広いし、引越しの時に少し荷物を処分したので、部屋は広々ですかすかです。
しかし、喜んでいたのも束の間、一年位経つと、その部屋はまた前と同じように足の踏み場もありません。
まさに容積に合わせて部屋が一杯になるまで荷物を買い集める、容積満杯の法則です。
容積を小さくすればその買い集めは少し緩和されます。
レストランのバイキングでも、食べ放題と聞くと大きな皿をとって、山盛り取ってきて、結局いつもより、食べ過ぎたー」と後悔します。
そんな時は、思い切って一番小さな皿を持つことです。これが容積満杯の法則です。
話が横道にそれてしまいました。

断捨離のコツは、まず
① 必要になると思われる日付を付けてみてください。
② 日付の付くものと付かないもので仕分けをしてみること。
この方法で断捨離もスムーズにできると思います。

 

 

新・内海新聞 73号

COINSTAR と nanaco

2002年の内海新聞25号に書いた「コインスター」という自動両替機の話です。

アメリカにコインスターという両替機があるそうです。
私はまだ実際には見たことがありません。アメリカに行ったときに現地で聞きました。
スーパーマーケットなどの入り口に置いてある機械です。
私もアメリカにいってよく思うのですが、コインなどの小銭がどんどん溜まってゆきます。
その場で使うのは、せいぜいクォーターのコインくらいまでで、それ以下は財布に残っていきます。
それを大きなビンの中に入れて貯めている家庭が結構多いのに気づきます。

今回のこのコインスターというのはその家庭に溜まっているコインを一枚残らず全部回収しようという機械です。
スーパーなどの入り口に置い
てあるのですが、その機械は銀行にあるATMのような形です。
同じよう
に、小銭の投入口があり、そこにコインをジャラジャラと全部入れます。
ボタンを押すと蓋がしまり、数を数え始めます。
数え終わると、ご利用
明細のようなジャーナルという紙が印刷されて出てきます。
そこには金
種ごとの数と金額、そして合計金額が印刷されていますが、さっき投入されたお金は、もう戻ってきません。
お金が、このご利用明細というジャーナルに両替されたのです。
さて、これで終わってしまえば大損害なのですが、このジャーナルは、ここのスーパーで使える金券になるのです。
しかも、投入金額にいくらかのボーナスポイントがついて、お得な金券、つまり
割引が効くことになります。

この話を聞いて驚きました。
自宅にある使わない小銭を1セントも残さずかき集めるすばらしい仕掛けです。
しかも、何も難しいことがありません。
皆、家にある小銭で一杯の大きなガラス瓶を抱えてくるのだろうと想像すると笑ってしまいました。
このように、あまり難しく考えるのではなく、簡単に誰でもできるようにしてしまうことこそ、本当のシステム化というのかもしれません。
確かにアメリカは多民族国家ですから、言葉も宗教も人種も違うわけで、それらの人々が何も考えずに使えるようにしてあげることは大切ですし、このような背景でアメリカ文化が発展してきたと思えば納得できます。
聞くところによると、コンピューターのキーボードもそのような背景から生まれてきたと聞きました。
この話を書いてから、既に10年以上経っていますが、いまだに日本にコインスターはありません。
小銭を持ち歩かず、釣銭計算も得意な日本人にとって不要なのかもしれません。

しかし、待てよ!本当にそうなのでしょうか?ここで一件提案があります。
たとえばセブンイレブン。
セブンイレブンには独自のプリペイドカードがあります。
「nanaco」です。セブンイレブンの店舗に行くとnanacoを作れと勧誘してきます。
しかし、いちいちチャージして、またそのレジで使うなんて非効率で面倒です。
しかも1000円単位でのチャージしかできません。
そこで提案なのですが、このnanacoのチャージを1円単位でできるようにしてほしいのです。
セブンイレブンのレジにいって、財布の小銭を全部じゃらじゃらと預けると1円単位でチャージができて、且ついくらかのポインが付く。
財布の中身もすっきりするし、チャージしようというメリットも出てきます。
おそらく使わない1円玉5円玉、10円玉、50円玉が100円や200円分ならいつも入っていると思います。
それを全部チャージしてもらえるようにするだけで、nanacoには1億購買の機会も増えるはずです。

そういえばポイントで思い出したことがあります。
10年ほど前に新ポイントシステムを考案したことがあります。
それはこんな仕掛けです。
スーパーなどに行くとクーポン券がもらえます。
50円とか安くなるもので、小さな紙に印刷されています。
これは販促の意味もあるのですが、多くはメーカーの流通量を測定するために使われます。
メーカーとしては工場から出荷されても本当に売れているのかどうかが判りません。
倉庫に置いてあるだけかもしれません。
実際、消費者にどれくらいわたっているのかを測定するためにクーポンを配り、それを回収して分布を調べています。
主婦の方々は新聞の折り込みなどに入っていたクーポン券を持って買い物に行きますが、その金額は数十円がほとんどで、凄いお得感というほどでもありません。
確かにチリも積もればなのですが、それほどやる気が出てくるというものでも有りません。

そこで、このクーポンを携帯電話を利用したものに変えてみました。
商品にラベルシールをはりつけます。
そのシールをめくるとユニーク番号が印刷されています。
この番号を携帯電話を使って入力するのです。
このサービスは会員制であらかじめ会員登録しておく必要があります。
商品を購入し、貼ってあるシールをめくり、その番号を携帯電話を使って送信します。
毎回この都度のクーポン金額が蓄積されていきます。
このクーポン金額は、次回の買い物の時に使えるわけではありません。
毎月精算され、蓄積金額が当月の携帯電話料金から割り引かれます。
昔、テレカ全盛のとき、長距離電話をかけた際、公衆電話で500円のテレカがものすごい勢いで減っていくのを体験されたと思います。
でも500円のテレカをもらってもそんなにうれしいとは思いません。
これは同じ500円でも電話代で考えた時、とても価値があると感じるのだと思います。
今回も金額的にはそれほど高額にはなりませんが、携帯電話代として割り引かれると値打ち感が出てきます。
この企画をKDDIに提案して、検討されたのですが、電話代の割引という請求処理がシステム上できないということなのか、うまくいかなかったのです。
マイナス請求すればよいとは思うのですが、当時はそれができませんでした。
今ではなんでも携帯電話決裁になりつつあります。
先日映画を観ようとしてTOHOシネマのVitというネット予約をしたときのことです。
いつもならクレジットカード決済なのですが、最近は携帯電話決裁ができるようになっていました。
携帯電話番号を入力し、パスワードを入力すると、翌月の携帯電話料金と一緒に引き落としてくれるサービスです。
これなら、クレジットカード番号を入力するのが嫌な方には嬉しいサービスです。
またわざわざ財布からクレジットカードを取り出して、16ケタの番号を入力するのも面倒なので、とても便利です。
ますます携帯と財布が近づいています。
もう小銭も持ち歩く必要も財布を持ち歩くこともなくなってきました。

新・内海新聞 72号

同窓会に思うこと

最近、同窓会の案内が頻繁に来る。
しかも参加率はすこぶる良いようだ。

以前は仕事の調整が最優先で欠席することも多かったのですが、最近はなんとか無理にでも日程調整して行きたくなっている。
小学校の時の印象しかないのに、会ってみてびっくりということも多い。
そういう自分自身も友人たちを驚かせているとは思います。
来年の還暦に向けて現在密に連絡を取り合いながら、各地でミニ同窓会が実施されている。日頃のこういう地道な活動は重要です。

しかし、なぜこの歳になって同窓会なのか?
私の友人が、早稲田大学のOB会の幹事長をしていて、同期会なるものを実施されています。
そうすると30代の同期会の集まりは非常に悪く、40代になると少し参加率が良くなり、50代を超えると急に参加率が上昇。
募集から一週間以内で定員に達するそうです。
60代になると定員オーバーで更に会場を広めのところに変更する事態になっているそうです。人生の終盤に入って懐古趣味に走っているのかな?と思っていました。

これが、自分の番になって初めて判りました。
40年以上会っていない連中です。
今、どんな仕事をしているの?とか、どんな生活を送っていたのかとか、これからどうするのか?とか・・・そんな人生のスケジュールなんて全く興味がない。
会ってもそんな話は一切出ません。
出てくる話題といえば小学校5年生の遠足はどこに行ったか?とか、校庭にあった松の木はまだあるのか?とか、修学旅行で撮った記念写真はどうだったか?とか、当時のことばかり。
顔は既に歳相応なのに、頭の中だけ絵はまだ11歳とか12歳です。

みんなで集まると、一番盛り上がるのは当時の記念写真を持ってきて、名前当てクイズです。これはいったい誰だ?から始まり、何子ちゃんはどこにいる?とかクラス全員判明すると、次は、当時のクラスの様子を覚えている人が、当時を再現して発表します。

私の時は、小学校5年生6年生と2年間同じ担任の先生で皆同じクラスメイトでしたので、とても仲の良いクラスでした。
当時は給食が開始された頃で、給食当番が準備をしている間、教室の外の廊下で担任の先生がアコーディオンを弾いて皆で歌を歌いました。
当時はそのほとんどがロシア民謡で、「赤いサラファン」などは今でもメロディが聞こえると口ずさみます。
また当時はロシア語で覚えていたので、ロシア語で歌えるものもいました。
その時の影響でその後、プロのアコーディオン奏者になった友人がいます。
彼の演奏会に同期の仲間が集まった時も、コンサートが終わった後、みんなで集まって当時のように、赤いサラファンを歌ったりしてしまいます。
本当に不思議なトワイライトゾーンです。

来年の還暦大同窓会に向けて着々とその準備は整っています。
当時、担任だった先生は新人の24歳くらいの若い溌剌とした青年でした。
勉強にも熱心で、年間24回以上の全国模擬試験の受験や、当時の中学で使う教科書を使っての授業であったり、日本でも有数の進学小学校でした。

最近、わかるのですが人生の中で一番大切な時期は小学校ではないかと思います。
特に5年生6年生です。

昔、スタンドバイミーという映画がありました。
ここに登場する子供たちは、小学校5年生6年生位です。
街で噂になった死体を皆で線路を歩いて捜しに行くという冒険ドラマですがここに登場する子供たちは男性でもなく女性でもない、人生の中で唯一の時期です。

男子とか女子とか呼び合い、男子に関してはまだ初恋未体験、しかし母親からの干渉から解放されて、自由になる時期。
つまり、女性に支配されない唯一の時間。
女子に関しては、異性としての関心はまだなく、ほとんど中性の時期。
この時期は、本当に人間らしい、性別を超えた生物としての本能の中で生きられる唯一の時期です。
スタンドバイミーはそんな映画です。

小学校の同窓会に集まった時、当時の自分たちも中性で、対等に相手を見て競争していた時期です。
だからこそある意味、戦友のような一体感があるのかも知れません。

エチ先生追悼

橋本武先生が亡くなりました。
享年101歳。

橋本武先生は伝説の国語教師とよばれ、そのニックネームは「エチ先生」。
東京師範学校(現筑波大学)を卒業後、神戸にある当時は二流だった私立灘中学に赴任します。

この話は2012年の6月号内海新聞に一度書いていますが、追悼の意味で再掲載します。

その当時からユニークな授業を展開しました。
中学生の3年間は、一切教科書を使わず、作家中勘助の「銀の匙(さじ)」という短編小説をじっくりじっくり読んでいく授業です。
今の時代は、速読が流行りですが、エチ先生はスローリーディングです。
文庫本の1ページから2ページを1時間掛けて読んでいきます。
それは様々な話題に寄り道していきます。
少年がおばさんの背中におんぶされて駄菓子に行くシーンでは、小説の中に実際に登場する飴を先生は生徒の数だけ持ってきて、一個ずつ配り、みんなで食べながらそのシーンに浸り感想を言い合うというものです。
また魚の漢字が登場すると、ノートに魚へんの漢字を678個探してプリントに書いていく。
中国の漢詩が出てくる場面では、実際にピンインで中国語の発音で読んでみる。
その時の生徒は、生まれて初めて中国語に触れて感動し、独学で中国語を勉強し、その後の東京大学の受験の外国語を中国語で受験しています。

凧あげのシーンでは、実際に教室で竹ひごと和紙で凧を作り、思い思いの絵を描いて運動場でみんなで凧あげをしたり、万事この調子です。

これをエチ先生は追体験といわれています。

人それぞれ皆違う個性を持っている。
個性とは持続する関心のこと。
持続して考え続けることからその人の個性や方向が生まれる。
すぐに役立つことは、すぐに役に立たなくなる。
遠回りかも知れないけれど長い人生の中で、どこかで20年30年先で生きてくるかもしれないものを大事にしなければいけない。

このような銀の匙の場面の追体験をしていくユニークな授業を何十年と続けられました。
その結果、二流校だった灘中学が昭和43年には東京大学合格者数132名(内、現役112名)で遂に日本一となります。
その卒業生には、現神奈川県知事の黒岩祐治さん、日本弁護士連合第36代事務総長の海渡雄一さん、東京大学第29代総長の濱田純一さん、最高裁判所第23代事務総長の山崎敏充さんといった卒業生が誕生します。

今回、101歳ということで天寿全うではありますが、本物の教師を失った思いでいっぱいです。

 

 

新・内海新聞 71号

顧客のどちら側に立つのか?

営業の立ち位置というのはとても大切です。
その前にもっと大切なことは、誰が顧客なのかを明確にすることから始まります。
これがなかなかできていないことが多いのです。

かなり昔の話になります。
かつて大学生の新卒採用の支援事業をしていたころの話です。

大学3年生たちにプロモーションをして採用活動の案内をする仕事です。
企業の人事部から予算をもらいます。
企業説明会・企業見学会・OBOG訪問アレンジ・面接の案内。
会場の設営・案内状の印刷送付・電話による案内・・・・
などなどその内容は多肢に渡ります。

この構造をみた時に3人の登場人物がいます。
まず、大学生。就職活動の主役です。
次に、企業人事部。採用する側で予算を持っています。
そして我々、採用支援業者です。
この中で重要な人は学生たちです。
いかに質の良い学生を採用するかにかかっています。

ここでわれわれ採用支援業者は誰を見て、背中をどこに向けているのか?
おそらくお金をもらえる企業をバックにつけて、目線は学生に向いています。
つまり背中は企業に向いている構造です。
なぜなら、企業人事部が行うべき業務を採用支援業者である我々が代行しているからです。

しかし、この時当事者である学生からは我々はどう見えるのでしょうか?
おそらく企業人事部の手下であり、代行業者。
人事部の前に立ちはだかる邪魔な存在。このような状況では我々の情報は信用してもらえないし、しっかりと伝わらない。

ただ、企業人事部に従順でないとお金はもらえないジレンマがあります。
もしも、このとき企業人事部を背中にするのではなくて、学生を背中の位置に置き、企業人事部に向き合う構造を作ったらどうでしょう?
今まではお金がもらえる企業人事部を顧客と思っていたのですが、実は学生が最も重要な顧客であると置き換えるのです。
そうしたらまた違うものが見えてくるはずです。
学生の心理を読み、学生の声を集めること。
その情報が正しく適切であれば、黙っていても企業は付いてきます。

平成4年の頃のことです。
銀座にN社という自動車メーカーがありました。
私はある企画書を一冊もって飛び込み訪問をしました。
白い制服を着た受付の女性に話しかけたのです。

「実はこういう会社のものです。一件の企画を持ってきました。」
そういって受付の女性に企画書を開いて説明を始めました。
「この企画を聞いてもらえる部署を探してもらいたいのです。」
一緒に考えてくれました。
「営業推進部という部署があるので聞いてみます。」
と言ってくれました。
「H川課長が参りますので、椅子にお掛けになってお待ちください。」
「やった!」
心の中でそう叫びました。

H川課長が出てこられました。
部屋に通してもらえるのかと思ったら、時間がないのでここで・・・と立ち話です。
「私は就職支援の会社をしていまして、就職活動の終わったその学生に自動車を販促する企画を持ってきました。」
そうすると、
「ああ、そういう企画ね!もうすでにやってるよ。内定の出た大学4年生に自動車の販促をする企画で、広告代理店のHH堂と組んですすめているから問題ないです。」
そう自信たっぷりに言われました。

しかし、私はその企画は駄目だと直感しました。
「おそらくその企画は大失敗すると思います。そんな時期に自動車は一台も売れませんよ。」
H川課長は少しむっとした顔で言われました。
「だって君が提案しているものも同じじゃないか!」
「いえ、全然違います。私の企画は当ります。私の企画は確かに学生に自動車を販促する企画ですが、その学生が違います。今計画されているのは大学生に車を売ろうとされていますね。
私は違います。
私のいう学生とは、まだ運転免許を持っていない女子高生に車を売る企画です。」
しばらく沈黙がありました。

「私の会社には全国の高校3年生の名簿が約100万件ほどあります。
この名簿の中で、ある条件で検索を
かけます。
それは次のような条件です。

①     女子高校生
②     就職率が高い、あるいは大学がつながっているエスカレーター式の私立高校
③     地方の高校

就職が決まっている、或いは進学が決まっている高校3年生は自動車教習所に通っている可能性が高い。
それは車に乗りたくて仕方がない時期でもある。
また女子の場合は親の就職祝いで自動車を購入してもらう機会が多い。
地方はJRかバスしか交通手段がなく、自家用車は必需品。
この人たちに直接プロモーションします。
かならず反応が有ると思います。」

結局、この日会議室に通され、具体的に企画書を見せて流れを説明しました。
その後、何度かのやり取りの後、この企画が採用され、N社でのビッグプロジェクトとなりました。
全国の全ディーラーを巻き込んでの大企画でした。
HH堂との共同企画となり、抽出された35万件に対してダイレクトメールが送付され、テレビ雑誌でも同時に新型車のPRが始まりました。
資料請求はがきが同封されており、これが返送されてきました。
約3千枚以上の資料請求はがきが返却され、それに対してお礼の電話コールからディーラーの紹介。
営業マンのアポ取りと流れていきました。
私の予想どおり、女子高生たちは積極的な反応を見せました。
あまりの反応の大きさにN社も驚きました。
これには我々の立ち位置に違いがありました。

N社の代理として、対応するのではなく、女子高校生を背中にしてN社に対して交渉したことにあります。
車に対する興味を示す時期は瞬間です。
自動車教習所に通い、免許証取得直後の時期です。
この時期に合わせて新型車の誰も知らない情報を直接お届けするようにしました。
もちろんスポンサーはご両親や祖父母です。
卒業祝い・就職祝いという大義名分で車を獲得する可能性が極めて高いのです。
この時に、メーカーの言うように車の性能を前面に押し出しても仕方ありません。
彼女たちがかわいいと感じる乗り方を提案していきました。
この新型車で、どう室内
空間を飾るのか、この車でどこにだれと行くのか、どういう服を着て運転するのか、どんな化粧品を使うのか・・・などなど。
彼女たちの代弁者としてメーカーに対峙する姿勢。
ここがとても重要でした。

この流れは現在も変わらないと思います。
顧客志向といえば簡単ですが、自分たちも生活者の一人として利用者側の目線でその商品やサービスを見たとき、メーカーの視点とは違うことに気づくことが有ります。
ちなみにこの時にモデルチェンジしたN社の新型車は、いまだにベストセラーカーとして20年以上経っても生産が続いています。

このパターンの応用として別企画を作りました。
旅行情報の提供サービスで「丸の内OL俱楽部」といいます。
この丸の内OL倶楽部は女子高校生ではなく、短大生が対象でした。
就職したOLであればこそ休みの日に海外旅行に行く機会も多いです。
また就職した短大生は一般職採用がほとんどで、人事総務営業のアシスタントが多いのです。
社員旅行の企画や家族旅行、友人との旅行、新婚旅行など旅行の企画に接する機会が多いのも確かです。
就職が決まったころの短大生の自宅あてに丸の内OL俱楽部の入会案内を郵送します。
入会してもらうと、会員証が送られます。
もし身近で旅行の企画があれば、この会員証に記載されたコールセンターに電話すると、その旅行の素敵なプランを提案してもらえます。
そしてその旅行が成約すると、情報をくれた会員にポイントが付与されます。
一年に一回はサイパンに無料招待されるポイントが付与されます。
これも厳しい就職活動に耐えて、みごと内定をもらって安心した時期に、これからは自分の稼ぎで堂々と大好きな旅行にいけるという、企画を提案しています。
しかも会員になればお得で割安な旅行企画が得られ、社内や友人に喜んでもらえるような貢献企画でもあります。
新人OLを背中にした立ち位置で、旅行会社に対して提案する形をとっています。

企画とは目線の位置と立ち位置によって大きく変わるという事例です。

 

新・内海新聞 70号

ハンカチ屋のおじいさんの新規事業

今から25年ほど以前の話です。
私が単身上京してジンテックという会社を設立した直後の話です。

神田にある有名な会計事務所から、新規事業の案件会議をするから参加しないかとお誘いがありました。
このころから新規案件というといつもお声がかかるようになっていました。
毎月一回開催する定例の勉強会でした。

そこには10人くらいの方が呼ばれていましたが、全員お会いするのは初めてです。
その中に名古屋から来られたという一人の老人がいらっしゃいました。
その老人は名古屋でハンカチを売っているといいます。
ハンカチを製造して色々な所に卸す仕事らしいです。
「ほう、ハンカチ屋さんですか?でもハンカチ屋さんがなぜこの会計事務所の会議に?」
とうっかり質問してしまいました。
何か場違いなような気がしたからです。
しかし、後ほどその印象は大きな見込み違いであることを思い知ることになります。

私の隣に座られたハンカチ屋の老人とは、いろいろ話が弾みました。
「ところで社長の会社ではハンカチをどれくらい売られているのですか?」
と質問しました。
「そうですねー。まぁざっと年間200億円くらいですかね・・・。」
「にっ、二百億!!?」
思わず聞き返しました。
「それは一枚何万円もするような高級なハンカチを扱われているのですか?」
と聞き直すと
「いえいえ、ごく普通の一枚100円の白いハンカチです。」

私の頭は混乱しました。
冗談を言っているに違いない。
「すごいですね。」
と答えるしかなかったのです。
しかし、よくよく聞くと、この100円のハンカチは葬儀会社や冠婚葬祭の互助会に販売をしていたのです。
葬儀に来られた参列者にお帰りの際にお渡しする「返礼品」でした。
確かに返礼品であれば参列者の数だけ必要ですし、大量に仕入れるはずです。
そのためのハンカチでした。
全国の葬儀会社や互助会と契約していました。
そして、このおじいさんは素晴らしいアイデアマンでした。

葬儀に参列された方には必ず参列者名簿にお名前を書いていただくのですが、ノートのようなものに筆ペンで書いてもらうことが多いと思います。
しかし、この方法だと後の管理集計が大変です。
また葬儀の後の忙しさで遺族にとっては大変な作業です。
そこで、入力カードを開発しました。
はがきの半分くらいの大きさの短冊のようなカードです。
葬儀会場にこのカードを用意しておき、指定通りお名前、ご住所等を記入いただくのです。
このカードをおじいさんの会社で一旦回収します。
そして入力集計して、一覧表からラベル出力までしてくれます。
当時はパソコンなどない時代ですので印刷して返却してもらえます。
これであれば管理するのが大変楽になります。

また、こんなことも言われていました。

「まさか死にそうな人を探して営業するわけにもいかない。
葬儀は営業が大変なのです。
でも葬式に参列されている方が、次のお客様となる可能性が極めて高い。
亡くなられた方の同級生や先輩や親兄弟などです。
ここに営業して見込み客を集めるのですよ。」
そんなことを言われました。
「それはどうするのですか?」
「参列者の名簿がありますでしょう?
ここに参列いただいたお礼状の発送を代行するのですよ。
そのお礼状の中にメモリアルノートというものを同封してプレゼントしています。
生まれてから今までの人生を、年齢時代ごとに振り返って回顧録を作れるようなキットになっています。
手書きで書き込んでいただき、送り返していただくのです。
私どもでそれを綺麗に製本にして再びご返送します。
みなさん涙を流されて喜ばれています。
自分自身の生きてきた証ですね。
この様にして葬儀の事なら、当社にご相談くださいと記憶してもらうのですよ。」
なるほど、このおじいさんはただものではない、そう思いました。

「ところで社長、なぜこの会計事務所の勉強会に参加されているのですか?」
不思議に思って質問しました。
そのおじいさんが話し始めた内容に私は驚愕しました。
「葬儀のお世話をしている中で、遺族の方々からいつも相談を受けることがあるのですよ。
それは、遺産相続と相続税の事なのです。
ご存知のように相続税はなくなった翌日から10カ月以内に申告納付しなくてはなりません。
ところが最近の遺産のほとんどが土地なのです。
土地を相続しても税金が払えない。
結局売ることになります。
でもあわてて売ることになるので、しっかり準備できず損してしまうこともあるのです。
そこで、そんなご遺族のために不動産の査定見積もりを代行することにしました。
さらにご希望であれば不動産の買い取りまで行います。
そのための不動産会社を作ったのです。
どんな土地でも買い取ります、というキャッチフレーズです。
それで会計事務所にいろいろ相談しているのです。」

私は目から何枚ものうろこが落ちる思いでした。

この翌年から世の中は不動産バブルに入っていきました。
その後このおじいさんがどうされたのかは分かりませんが、大きなビジネスを展開されたことは確かでしょう。
本当に目の付けどころの違いで、数多くのビジネスチャンスが生まれるのだということを思い知らされた瞬間でした。

その会計事務所にはYさんという技術者がいました。
そのYさんとはその後とても親しくお付き合いさせていただくことになるのですが、このYさんが作ったシステムがあります。
「相続税自動計算マシン」です。

この会計事務所のロビーに置いてあるのですが、ちょうどゲームセンターの機械のような大きさです。
前面にパソコンのモニター画面が付いています。
そのマシンの前に座って操作します。
自宅の不動産の住所や面積、預金や株券などそれぞれ入力していくと、税金が自動計算されて結果がプリントされます。
その操作は横からも見られないように目隠しされています。
誰にも見られずに密かに確認できるのですが、入力したデータはこのマシンの中に残っていて、会計事務所にはすべてが分かってしまう仕掛けです。
今だったら大問題になる仕掛けでしょうが、当時はおおらかで個人情報とかあまりとやかく言われない時代であったので、できたのかも知れません。

また、その会計事務所は新規事業の別会社を持っていました。
そこにはパートタイマーの主婦の方々が沢山登録されていて契約先の会社に出向きます。
そして会社の領収証の束を糊で紙に張り付けて項目別に整理していきます。
これだけの仕事です。
会社といっても経理がしっかりできていない零細企業が相手です。
社長に領収書だけはきっちり貰うようにお願いをして、それを箱の中に投げ込んでもらい保存してもらいます。
毎月一回パートタイマーが訪問して、それを整理する人材会社でした。
最終的には税務処理まで引き受けることになるのですが、最初のフックはこのような仕事を集めていました。

いまでこそあり得るのですが、当時としては画期的なサービスでした。
いまやその会計事務所は日本でも有数の大きな事務所となっています。