新・内海新聞 55号

日本が世界に誇れるものは沢山有りますが、粒子線治療もそのひとつです。粒子線とは炭素線と陽子線という二つあり、原子の電子や中性子を取り去ったものを超高速で加速し癌細胞に照射するとその癌細胞のヌクレオチドと呼ばれるらせん状組織のDNAがこっぱみじんんに分解されて再生できなくなる治療法です。この装置は巨大かつ高額で世界に5台しかなく、そのうちの3台が日本にあります。

もう少し小型のもので陽子線治療装置がありますが、これも7台が日本にあります。現在究極の癌治療法といわれています。治療は毎回1分程度の粒子線照射を1週間から1ヶ月続けます。非常に高額で280万円.350万円かかりますが、生命保険の先進医療特約に入っていればその大半が保険から支払われます。今後が期待される治療法といえます。

不思議なことがあるものだ

随分と昔の話で、私が中学1年生の頃の話です。当時私は地元の公立中学校に通っていました。その中学校は結構喧嘩っ早い生徒が多い中学校で、私は格好のいじめの対象になっていました。ですから学校では大人しく目立たないようにして過ごしていました。 そんなある日、下校途中のあるお家の玄関に掲げてある看板が目に留まりました。その看板にはこう書かれてありました。

「金剛禅総本山少林寺有段者会」

なにやら漢字ばっかりでその意味も全く解りませんでした。その日は土曜日だったので、早く帰って2時からの吉本新喜劇を見なければなりません。家に着いてすぐにテレビをつけてみると、何か見たようなものが映っていましたその画面には大きな看板が映っていて「金剛禅総本山少林寺」とさっき見たものと同じものが映っています。それはNHKの番組で「明日は君たちのもの」という全国の中学生の活躍ぶりを報道する番組の再放送でした。皆、柔道着のような白い服を着て、掛け声をかけながら走っている場面でした。その中に一人黒帯の中学生が今回の主人公でした。

香川県仲多度郡多度津町のある中学校の生徒で少林寺拳法という武道を習っている生徒の取材でした。大きな朱色の門を入ると大きな道場があり、大勢の大人たちに混じって中学生の彼が練習しているシーンが映し出されました。「自分と同じ中学生でも黒帯になれるんだ!」驚きました。 あんな小さな体で、大きな大人を投げ飛ばし、腕一本で身動きが取れないように押さえ込んだりしています。

自分も喧嘩に強くなりたい、少林寺拳法を習いたい、そう思ったのです。翌日の日曜日、下校途中に見た同じ看板のお家を訪ねました。

「少林寺拳法を習いたいのですが・・・」

その家の方は、少林寺拳法の有段者ですが、まだ弟子をとる資格が無いとのことで、隣の駅にある道場を紹介してもらったのです。練習日が毎週月水金の7時からということだったので、月曜日の6時頃にその教えてもらった道場に言ってみました。既に数名の黒帯をつけた大きな男性が、剣道の防具をつけて蹴りこんでいました。公民館の道場にその大きな音が鳴り響いていました。その中の一人の人が置くからパイプ椅子を持ってきてくださり「ここに座って見学していなさい。」と親切に声をかけてくれました。

その時、別の人の蹴りで剣道の竹製の胴が真っ二つに割れたのです。私は恐ろしくて来たことを後悔しました。もうひとり坊主頭の高校生風の男性が一人で勢い良く道場の床を雑巾がけしていました。同じ有段者の黒帯でしたが「やはり黒帯でも高校生では雑巾がけなんだ・・」そう思って見ていました。やがて沢山の胴着を着た人たちが集まり、大きな太鼓の音が響きました。全員が舞台のほうを向いて直立しています。そして、うしろからさっきまで雑巾がけをしていた高校生が舞台に駆け上がりました。「礼!」の号令で全員がその坊主頭の高校生に合唱礼をしています。この高校生風の男性が実はこの道場の先生だったのです。

その練習風景は今まで見たこともないようなものでした。見えないくらいの速さで技をかけていきます。かけられたほうはそのまま飛ばされて床に落とされる。しかし、かけられる方も、受身なのか音も無く着地する。驚きました。9時に練習が終わり、先生が走ってやってきました。彼は椅子に座った私の目線を合わせるようにひざまずき、私の目をじっと見つめ、「お前は強くなる!一緒にやるか?」「はい!」とても短い会話でしたが人生の邂逅でもありました。当時21歳で五段、非常に若い師範でした。

私はそれから45年も続けることになります。まさに人の出会いとは不思議なものだと思います。あの時、なぜかこの人について行こうと感じたのです。その後、この先生から数多くのことを学びました。少林寺の技よりも人との接し方や指導の仕方、人生についてを教わったように思います。今考えれば21歳の若者ではあるのですが、当時の私の目に尊敬すべき大人として映りました。

株式会社リョーマ25周年

2012年6月1日に、株式会社リョーマの創業25周年記念パーティーがあります。もう25年になるんだ。非常に感慨深いものがあります。私が飲食店の商売を辞め、人材派遣会社に勤めだしたのが昭和60年。ちょうどその頃、その人材派遣会社は学生のアイデアを事業化するプロジェクトを進めていて、たまたま私がその大阪の事務局をすることになりました。関西の野心的な大学生を沢山集めて様々なイベントや企画会議を開催していました。

その中にひときわ輝く大学生たちがいました。 当時、彼らは大学生向けの合宿自動車免許の取次店をしていました。合宿の自動車免許は、教習以外何もすることが無いので退屈で良い想い出が無いという現状を知って、様々なイベントや自動車教習以外の時間帯に楽しめるメニューを作って参加者を増やしていきました。そんなニッチな事業でしたが、学生の共感を呼び成長していきました。その頃はまだ会社ではなくサークルの延長のような感じでしたが、売上も上がりスタッフも増えてきたことから株式会社化することが計画され、そして出来た会社が株式会社リョーマです。これは坂本龍馬にちなんで付けられた社名です。この社名からも、「何かでっかいことしてやるぞ!」という意気込みが感じられます。

その後、合宿自動車免許事業から出版事業に領域を広げマーケティング会社としての実績も積んできました。このマーケティング会社である株式会社リョーマが設立されて25年になります。この会社は既に倒産して存在しませんが、未だに周年記念行事を続けています。なぜなら、会社はなくなったのですが、この株式会社リョーマは数多くの優秀な人材を生み出し、現在でもその卒業生たちは世界の産業界で活躍をしているからです。彼ら自身も自分たちのルーツはリョーマにあると自覚しているからだと思います。

社員数20名くらいの会社でしたが、現在はその10名以上が上場企業の社長か取締役をしています。またその卒業生たちは今でも次々と株式上場を果たしています。あの時代、あの場所に集中的に若い起業家が生まれ、お互いに影響し合えたのは奇跡に近いことかも知れません。かつて、1600年代以降にバッハをはじめ数多くの天才クラシック音楽家が誕生した時代がありました。なぜあの時代にヨーロッパに集中的に誕生したのか?おそらく推測するに、彼らがお互いに影響し合い、啓蒙し合ったからではないでしょうか?機関車役のバイタリティー溢れる若者が一人誕生するだけで、その考え方や姿勢は伝播し、同様の人種を誕生させていくという、人には不思議な感染力があるようにも思います。一言でいうと「フェロモン」かも知れません。

起業家フェロモン。

彼の元になぜいつも優秀な人材が結集するのだろうか?全く理屈に合わないことでも、それはその人物が持つ起業家フェロモンだとしたら、なんとなく納得できるような気もします。 そんな株式会社リョーマが創業25周年を向かえます。

 

 

ダヴィンチ語録

以前、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)「美の理想」展に行ってきました。「ほつれ髪の女」が日本初公開でした。ダヴィンチの描く女性像は何故あれほど魅力的なのだろう。「岩窟の聖母」は弟子との対策ですが、依頼主が引取りを拒否し、その後20年間も法廷闘争になったといういわれのある作品も展示されていました。多くの作品が展示されていましたが、一つ共通点がありました。これは私が見つけたのではなくダヴィンチ自身が言っています。それは、女性の描き方のことです。

「つつましやかな女性を描くときは、首はうつむき加減で、斜めに傾げるのが良い」と。

たしかにこういう角度にすると非常に美しく見えます。ひょっとして写真を撮るときもこの様に少し斜め下を眺めるように、首はうつむき加減で、斜めに傾げるようにすると、良い写真が撮れるかも知れません。会場で興味を引いたのが、ダヴィンチ語録というものです。ダヴィンチは様々なことに興味を持ち、その事について語っています。

○ 目は魂の窓である。
○ 顔に人間の性格、人間の癖や性質を部分的に示す特徴が見られるというのは真実である。
○ 人間の様々な美のうち、道行く人を引き止めるのは、沢山の装飾品ではなく、美しい容貌だということを君は知らないのであろうか。
○ 絵画は哲学であり科学である。
○ 貧乏とは多くのことを望む人のことを言うのだ。

遠近法の技術や、完璧主義者であったレオナルド自身が考案した技法の『スフマート(ぼかし技法)』などこれまでにないアイデアや発明を投入し、世界を驚かせたダヴィンチ。アレッサンドロ・ヴェッツォージ レオナルド・ダ・ヴィンチ理想博物館館長の言葉を借りると「レオナルドは絵画を知的なもの、哲学と科学の総合とも見なしていました。自然や自然に備わる形態、その数学的永遠の規則などの観察から出発し、世界を自らの芸術と美や創意によって修正していこうとする傾向がありました。彼が研究し表現したのは、人間の顔、魂の動き、比例、象徴、そして大地や機械の構造・理想都市の建築と人体のアナロジー(類比)でした。」見る価値ありです。