新・内海新聞 47号

「バイネームサービス」というものがあります。お客様の名前を覚えるということです。人にとって最も心地よい言葉は自分自身の名前です。自分の名前で呼ばれた時、警戒感が薄れ親しみを持つ。これと同じことを、かつて経験したことがあります。飲食店をしていた頃クレームが出るとお客様に「お詫び券」という無料飲食券を渡していました。そして控えに、そのお客様のお名前とクレームの内容をメモしていました。やがて、再来店された時、そのお客様のお名前でお呼びすると、ほとんどの方がクレームのこと許してくれたものでした。

名前を覚えておくというのは大切なことです。東京の表参道の「カシータ」というイタリアンのお店があります。お客様のお名前を決して忘れないという徹底した「バイネームサービス」を提供してくれます。ご興味のある方は、一度体験されてみてはいかがでしょう。久しぶりに訪れても、ちゃんと名前を覚えていてくれる。どのようにして名前を覚えているのかは、企業秘密だそうです。一度、試されてみてはいかがでしょうか?

友近忠至のシステム思考(2)

ある出版社で世界文学全集が発行されることになりました。毎月一巻ずつ発売されて、すべて購入すると立派な世界文学全集になります。今日も明屋書店に本を買いに来た友近さんに安藤明さんは声をかけました。

「あんた毎日一冊本を購入して、たいそうな読書家ですな。実は今度こんな世界文学全集というのが発売されます。毎月一巻づつ発売されるのですよ。どうです。これも購入いただければありがたいのですが・・・。」

そういってパンフレットを手渡しました。友近さんはこのパンフレットをみてあることを思いつきました。
「すみません。このパンフレットをもう4~50枚いただけませんか?私の会社の同僚にも聞いてみます。」

「それはありがたい!どんどん持っていって下さい。」

友近さんは銀行に帰ると、頭取をはじめ読書倶楽部の行員の机の上に、このパンフレットを置いていきました。本来、読書好きが集まった読書倶楽部の面々は、すぐにこの世界文学全集に興味を持ちました。そして20数件の定期申し込みがあったのです。この申し込み用紙をもって、友近さんは明屋書店に向かいました。

安藤明さんに
「社内で案内をしたら、こんなに申し込みがありました。」
安藤さんは、書店で売ってもそれほど売れないのに、こんな沢山の申し込みを取ってきてくれたことに驚きました。その時、友近さんはポケットに隠していた銀行のバッチを襟につけました。

「安藤さん。実は私は○○銀行のものです。」さらに安藤さんは目を丸くしました。

「実はお願いがあります。文学全集の発売日は毎月22日です。行員の給料日は毎月25日です。できれば支払いを25日にずらして欲しいのです。本のお届けは25日以降で結構です。毎月の代金の集金は私がやります。しかし、回収した代金を私が明屋書店に持ってくるのは大変無用心。そこで、明屋書店さんの口座を当行内に作っていただけないでしょうか?そうしていただけると、25日に回収した代金をそのまま、口座のほうに振り込ませていただきます。これでいかがでしょうか?」

安藤明さんにとっても悪くない条件。この条件をのみました。これで、誰も攻略できなかった明屋書店の新規口座獲得に成功したのです。やがて、友近さんは、金融公庫の融資担当に異動します。融資担当というのは銀行内でもエリートコース。大出世です。様々な融資案件が営業部から回ってきます。これを一件一件審査して、上席たちの決裁を仰ぎ、融資の決裁をします。一件の融資案件が決まるまでにいくつもの印鑑が押されていきます。10個以上の印鑑です。その都度、その書類を担当上席に回します。従って大変な時間が掛かります。非効率なこの時間を何とかならないものか?友近さんは、あることを考えました。

融資の審査をするとき、決まったチェックポイントがあります。必要書類はそろっているか?それぞれ基準をクリアしているか?当行での融資実績はあるかなどなど、いくつものチェックポイントです。そのチェックごとに上席が決まっていて印鑑をもらわなくてはなりません。もしも、各段階の書類がそろっていて内容が正確であれば、融資部の担当の印鑑で通用するようにできればもっと早く審査ができる。友近さんはチェックすべき項目をすべて書き出しました。そのチェック項目を確認する作業表を作ったのです。この作業表をもって頭取に交渉しました。この作業表どおりに審査を進めれば、通常の場合今よりももっと早く審査が完了します。今までのように、一個一個印鑑をもらわなくても、担当者だけの印鑑で作業が完了するはずです。この考えが採用され、審査の工数が大幅に短縮されました。この時に友近さんは感じたそうです。権限委譲という言葉があるが、これは何でも人に任せてしまうことではない。誰がやっても同じような結果を導ける仕掛けがあるということなんだ。権限委譲とは誰でもできる仕掛けができてこそ完成するものなんだ。後に、この仕掛けは、マニュアル化、システム化という言葉になっていきます。

行員生活も10年を越え、ベテランの領域になってきたとき、明屋書店の安藤明さんから相談があると呼び出されました。何事かと言ってみると安藤明さんはこう切り出しました。

「私と一緒にこの明屋書店をやっていかんか?この明屋書店を日本一の本屋にするんや!」

しかし、自分は銀行員で本屋の経営など全く経験がありません。大変悩まれたそうですが、安藤明社長の熱心な勧誘にその申し出を引き受け、長く勤めた銀行を退職し、街の小さな書店の番頭として転職をします。

友近忠至のシステム思考(3)

そうして明屋書店の番頭として転職した友近さんは元銀行員らしく財務のチェックから始めました。ある日、帳簿を見ていて気付いたことがあります。火災保険のところです。書店の本の在庫に比べて、余りにも火災保険が小さいのです。このままでは、もしも火災でもおきたら大変なことになります。友近さんは、安藤明社長に相談しました。

火災保険をもっと大きな額のものに変更したい。しかし、安藤明社長はOKは出しません。いつあるか判らない火事のために、こんな大きな保険の掛金は払えないというのです。しかし、熱心に説得した結果、ようやく了解がでました。それから数ヶ月してからのことです。銀天街で火災が発生したのです。友近さんがあわてて、出先から急いで戻ってみると、明屋書店が火元で燃えています。大火事です。何台もの消防車が放水しましたが明屋書店は全焼、近所も類焼してしまいました。

数日して焼けた後の始末をしていると、パトカーがやってきました。愛媛県警です。聞きたいことがあるので警察署まで同行してほしいということです。警察署に行ってみると、

「放火をしたのはお前だな!」といいます。
「つい最近、火災保険を大型に切り替えたろう。その直後に火が出るというのは、あまりにも偶然過ぎると思わないか?」
結局、その夜は、警察署に拘置されることになります。

翌日、その疑いは晴れることになります。数日前から明屋書店はじめアーケードの照明が消えたり灯いたりするので、四国電力に何度も検査に来てもらっていたのです。現場検証の結果、明屋書店の屋根裏の漏電であることがわかり、晴れて釈放されたそうです。しかし、これからが大変です。書店の本というのは委託販売なので、一定期間に返品できなければその費用の請求がきます。本が焼けてしまったということを証明しなければなりません。友近さんは、近所から何十枚もの雨戸を借りてきて立てかけました。そして従業員と手分けして、焼けた本の残った表紙の部分をその雨戸に貼り付けていったのです。確かに本は焼けたことを証明するためです。やがて、本の販売会社や出版社から担当者が明屋書店に確認にやってきました。焼け野原の中で、雨戸に焼け残った表紙を貼っている姿をみて、すべて焼却されたということで認めてもらうことができ、支払いが免除されました。しかも、多額の保険金が支払われ、明屋書店は大きな鉄筋のビルとなって立て直されたそうです。なぜ保険を最初に確認したかは、自分でもわからない。もしあの見直しが無ければ明屋書店はあのときになくなっていただろう。そう言われました。

不老不死の生物

人類の長年の夢、不老不死。本当にそのようなことがあるのだろうか?生物は必ず老齢化していき、いつかは滅びる。これがあるから、死があるから宗教が生まれ医学が発展した。人類にとって死から免れることはできない。しかし、地球上にはこれを克服し、不老不死の生物が存在する。それは、「ベニクラゲ」。学名をTurritopsis nutricula といい、このクラゲは死なない。

wikipediaによると、「ヒドロ虫綱に属する、いわゆるクラゲの一種である。性的に成熟した(有性生殖が可能な)個体がポリプ期へ退行可能という特徴的な生活環を持つことで知られる。世界中の温帯から熱帯にかけての海域に分布する。クラゲが再びポリプに戻ることが発見され、不老不死のクラゲとして知られるようになった。」簡単に言うと、普通のクラゲでは生殖活動の後死ぬが、このベニクラゲは、再び幼生の時代に退化してゆく。このような細胞の再分化を「分化転換」といいます。厳密に言うと不老ではなくて、生殖時期までは老化してゆくのだけれど、その後、若返りという逆回転を始める仕掛けを体内に持っていることになる。

現在、確認されただけでも9回の若返りが確認されていて、さらにその回数は更新中らしい。この様に不死のクラゲだと、その個体数が途方も無く増えて、海が埋め尽くされてしまいそうですが、食物連鎖があるので、多数が他の生物の餌となってしまい、均衡が保たれている。現在、この仕掛けを究明して、若返りの新薬を研究中らしいが、生殖後に赤ちゃん返りしてしまうような人類が誕生したらどうなるのでしょう。若返りした後の第二の人生は一体どうなんでしょう。また同じ人生を繰り返すのか?まるで仏教で言う「無間地獄」の世界のようです。これまで、営々と作られてきた社会の仕組みも変わってしまいます。法律はまず使えない。犯罪を犯した年齢よりさかのぼって子供に若返りした人を裁けるのか?婚姻はどうなるのか?ひょっとして、途中から子供のほうが親より大人みたいな珍現象が起こってしまう。若返りしたときに、これまでの記憶が消えるのか、あるいは残るのかによっても違いが出てくる。記憶が残れば、通算年齢で数えても良く、多くのノウハウは確実に蓄積されてゆく。兎に角、不老不死というのは、良いことばかりではなさそうな感じです。