新・内海新聞 46号

相当昔の話なのですが、私が兵庫県の田舎町で飲食業をしていた時、全く売れないメニューがいくつかあったのです。昭和60年の8月にこの店を売却することになり、「もうどうせ終わるのだから。」と思い切ったトライアルを考えました。最後の3ヶ月の間にこの売れないメニューを売れるようにしてみよう。この中で最も人気の無かったのが「八宝菜」でした。一皿600円。まずこのメニューから始めよう。そう考えて一策を講じました。

それは(1)値段を大幅に上げること。(2)名前を変えること。(3)売れなかったメニューをはずすこと。(4)素材を二品だけ高級にすること。以上でした。

まず値段は3倍強の2千円に、名前は「上八宝菜」。素材の二品は、貝柱を大きいサイズで2個、海老も大型のブラックタイガー1匹にしました。すると売れ始めたのです。ランチにはほとんど出なかった八宝菜が5皿以上売れることもありました。数は少ないかもしれませんが利益が違います。これだけの大幅値上げだと、値上げしたという感覚より、違うメニューと受け取られ、客層が変わったのかもしれません。

タモリさんのプレーンカレー・改

タレントのタモリさんの料理には一目を置いています。どれも個性的で美味しい。今回は、その中でも特にお気に入りの「タモリカレー」をご紹介します。ある人に言わせると「地上最強のカレー」とも。お料理には好みがあるので、どれが一番と限定することはできないけれど、私が作った中でも、このカレーは上位にランキングされます。暑い日が続きます。暑い日にはカレーがいいです。ビールとの相性もぴったりです。兎に角、簡単!味も上質。このレシピは、インターネットで公開されていますが、この通り作るといろいろ失敗の可能性もあるので、新たに私がアレンジした「タモリカレー・改」のレシピを公開します。
まず、材料
①鶏のもも肉500グラム ②玉ねぎ中4個
③ニンニク2片  ④生姜1片
⑤赤ワイン75cc  ⑥ホールトマト缶(汁ごと)1缶
⑦マンゴーチャツネ大さじ1/2  ⑧カレー粉
⑨ターメリック(ウコン) ⑩クミン
⑪牛乳1/4カップ  ⑫プレーンヨーグルト
⑬とろけるチーズ ⑭焼肉のタレ
⑮塩 ⑯砂糖
⑰醤油 以上。
では、作り方
(1)鶏肉をゴルフボール大に切って大き目のボールにいれます。そこに、カレー粉大さじ1、ターメリック小さじ1、クミン小さじ1を入れて手で揉み込みます。
(2)フライパンに油を敷き、よく揉んだ鶏肉を敷き詰め、表面にやや焦げ目が付く位、ひっくり返しながら炒めます。油が飛ぶので気をつけて下さい。
(3)大きな深い鍋を用意します。この鍋に、水を1リットル入れます。ここに先ほどのスパイスを揉み込んだ鶏肉を入れます。さらに、マンゴーチャツネ大さじ1/2を、赤ワイン75cc、ホールトマト1缶を(汁ごと)入れて下さい。
(4)先ほど鶏肉を炒めたフライパンに、ニンニクと生姜のみじん切りを入れます。そこに、玉ねぎ4個をスライスしてこのフライパンできつね色になるまで炒めます。途中で、カレー粉大さじ1、ターメリック小さじ1、クミン小さじ1を入れて炒めます。玉ねぎがしんなりしてくると、すぐにきつね色になるので、火加減に注意して下さい。きつね色になったら、火を止めて、牛乳を1/4カップ、プレーンヨーグルトを大さじ1入れて混ぜ込みます。
(5)鍋に、この炒め玉ねぎをドンと入れてしまいます。続けて鍋に、醤油小さじ1、塩小さじ1、砂糖ひとつまみ、そしてここがポイント!焼肉のタレを大さじ1入れます。このまま弱火で約3時間煮込みます。時々かき混ぜて下さい。もしも、放置して鍋が焦げ付いてしまったら、決して混ぜないで、火を消して別の鍋に焦げていない部分だけ入れ替えて続けて下さい。
(6)水分が飛んで半分くらいになるまで、ゆっくり煮込んで下さい。
(7)途中で味見をしてみて、おそらく味が薄く感じるかも知れませんが、決して味を調節して濃くしないで下さい。煮込んでいくとちょうど良い味になります。
(8)とろみが出てくれば、一旦火を止めます。
(9)火を止めたら、とろけるチーズをいれて、良くかき混ぜて下さい。
これで出来上がりです。チーズは、先に入れると鍋底に溜まって焦げるので、最後に入れて下さい。カレーは、体を冷やすスパイスが沢山入っているので、暑い夏には最適です。材料の入れる順番を変えたり、省いたりしましたが、この中の焼肉のタレが重要です。よくインスタントコーヒーやソースを入れる場合がありますが、今回は焼肉のタレです。焼肉のタレは、名前通り、焼肉に使うのですが調味料としても大変優れものです。焼肉のタレの成分のところを見ると、各種アミノ酸や野菜や果物が入っています。そういう意味では様々なエキスの濃縮液が焼肉のタレといえます。実際に沢山の野菜や果物を買ってきて鍋に入れるよりも、はるかに安上がりで美味しいのです。ちなみに、焼肉のタレは、味噌汁に少し入れても味が引き立ちます。今回、実際に調理している時間は30分くらいで、あとは、弱火で3時間くらい煮込んでいるだけなので、大変簡単に作ることができます。休日などに一度お試しを!

友近忠至のシステム思考(1)

昭和二年生まれの今年84歳。今でもお元気に過ごされています。キティちゃんなどのキャラクタービジネスを定着させたサンリオの創業メンバーのお一人です。友近さんとの出会いは昭和54年頃になります。と言っても実際に会ったのではなく、ある本の中で知ったというのが実際です。それはPHP出版から出された「サンリオの奇跡」(上前潤一郎著)です。私の友人にもらった本がこのサンリオの奇跡でした。最初は興味も無く放置していました。当時、私は中華料理店のコックをしていましたが、あまり儲けも無くどうしたものかと思案していた時期でした。ビルの三階にあるキリン堂という本屋に行って、ビジネス書を立ち読みするのですが、どれにも具体的な儲け方を書いたものはありませんでした。そんな時、このサンリオの奇跡を本棚から取り出して、何気なく読み始めました。そうすると、このサンリオの奇跡の中にどうすれば儲かるのかということが具体的に書かれてあったのです。とても感動したことを覚えています。

そのサンリオの奇跡の中に登場する3人の人物が、辻信太郎社長、荻洲照之専務、友近忠至常務です。この友近忠至さんの部分のその儲け方のヒントが数多く書かれてありました。それから12年、何度も何度もこのサンリオの奇跡を読み返し、様々な方の縁を頼り、遂にお会いすることができました。それから、このサンリオの奇跡に書かれる以前のお話も聞くことができ、多くのことを学ばせていただきました。今回、数回に分けて、友近忠至さんの半生を数回にわたってまとめることで、「システムとは何か?」を考えてみたいと思います。今まで断片的にいくつかご紹介した話もありますがご容赦下さい。

友近忠至さんは、愛媛県松山市ご出身です。生まれたのは満州。お父様が満州鉄道の重役で、当時は裕福な生活だったようです。しかし、終戦後、着の身着のままで大陸から帰国、お父様も亡くなり母親との貧乏暮らしが始まります。成績は優秀で、地元の名門松山中学に進学しましたが、毎日アルバイトに明け暮れる毎日だったそうです。松山市内にある球場でアイスキャンディー売りのアルバイトをしていた時のことです。

遠くから女性が呼んでいます。「キャンディー屋さ~ん」友近少年は声のするほうに向かいました。

「あなた、松山中学の学生さんね。」女性は友近少年が松山中学の帽子をかぶっているのをみてそう言いました。

「あなたは、こんなアルバイトをしていてはだめです。私がもっと良いお仕事を考えてあげる。あとで私の事務所に来なさい。」そういって名刺を差し出しました。それは戦後初の女性議員の名前でした。

アルバイトが終わってから女性議員の事務所に出向きました。「待ってたわよ。いまから一緒に行きましょう。」

そういって連れて行かれたのが、市内にある医院でした。女性は院長にこういいました、
「この少年は、私の親しい友人のこどもですが、どうか先生の医院で働くことはできませんか?確か先生は、ご子息の家庭教師をお探しでしたね。彼は、松山中学に通っていて学力も優秀なはずです。」そんな強引なお願いで、この医院のご子息の家庭教師になります。

友近忠至さんの人生で、人との出会いに恵まれた方だということが良く判ります。その後、友近少年は新制大学を卒業し、地元の銀行に就職が決まります。銀行員となった友近さんの趣味は読書です。大の本好きで給料から毎月一冊本を買い、読み終わると支店の書棚に並べています。他の行員がまたその読み終わった本を読んでまわすという流れができ、それがいつの間にか読書倶楽部になりました。しかし、その本を買っているのは友近さん個人というのはおかしいという話になり、皆で毎月少しずつお金を出して、本の購入資金を作ることにしました。銀行もそれではということで、いくらかの図書購入費用を負担してもらえることとなり、全支店を巻き込んだ読書倶楽部になりました。

ある日、支店長からある課題を与えられます。
「友近君、実は市内に明屋書店(はるや)というのがあるのだけれど、なかなか口座開設の営業ができていない。他の銀行ががっちりガードしているんだ。確か君は本好きだったね。ここは君に明屋書店攻略を任せたいと思う。」

友近さんは、これは自分にふさわしい仕事だと大喜びで明屋書店に営業に行きました。そこは銀天街というアーケード街にあります。友近さんはさっそくレジに座っている店主らしい男性に名刺を差し出しました。その男性は安藤明さんという明屋書店創業者でした。

「初めまして。私は、○○銀行の友近と申します。本日は是非当行に口座開設をお願いしたく伺いました。」

安藤さんは、友近さんの顔も見ずに「帰った帰った。うちはもう別の銀行と取引してるので必要ない!」

そういうと奥に引っ込んでしまいました。あっけに取られてしまった友近さんはこのまま帰るのは悔しいので、書店の中を観察して回りました。そうしたらある一冊の本が目に飛び込んできたのです。

「セールスは断られたときから始まる」という本でした。書いたのはアメリカ人。アメリカでヒットした本の翻訳本のようです。「今まさに自分はこの本のタイトルと同じだ。」そう思い、その本を買い求めて帰りました。帰社して、いろいろ思案しました。そうだ!とあることを思いつきました。読書倶楽部では毎月何冊かの本を買い求めますが、その図書購入は友近さんに任されていました。ある信念をもとに、次の日再び明屋書店に向かいました。そして1冊の本を購入しました。レジには安藤明さんが座っています。でも、顔も見ていないので昨日きた銀行員だとは気付きません。翌日もその次の日も毎日1冊ずつ本を買いました。1ヶ月間毎日本を買いに来るのですから、さすがに安藤明さんも、覚えてしまいます。まさかあの銀行員とは夢にも思いません。そして遂に顔なじみになります。ある時、K出版社から世界文学全集が出版されることになりました。それは毎月1冊ずつ発行され、定期購読するものでした。この世界文学全集が運命を変えることになります。