新・内海新聞 39号

我が家系は放浪癖が多い。私も高校時代から、ずっとヒッチハイクで全国を無銭旅行していましたし、お金がなくて行けなかったのですが台湾やインドでもヒッチハイクの旅を計画していました。私には2人の甥がいますがこの二人とも高校時代からカナダと米国に留学しており、大学に入ってからも海外にバックパックで旅に出ています。

この二人の話を聞いていると、やはり中近東が一番印象深いらしい。下の甥は、イスラエルとパレスチナ間を行ったり来たりして怪しまれたりしましたが、今は、エジプトの日本大使館に勤務しています。その上の甥も同じく中東が大好きです。この二人に一番好きな国は?と聞くと、二人とも「シリア」と言います。最も住みやすい国だそうで、この二人、将来シリアに移住してしまうかも知れません。

慣れている・・・ということ

日本語に「マーケティング」という英語の正確な翻訳が無い・・・と誰かに聞いたことがあります。確かに「マーケティング」の意味を言えと言われれば困ってしまいます。しかし、商売をする中で無意識の内にマーケティングを実践していることも事実です。非常に手前味噌な話ですが、私が数十年前に実家で飲食店の商売をしていた頃の話です。オープン当初は、なかなか軌道に乗らず苦労しました。忙しい日もあれば暇な日もある。その山谷が激しいのです。ですから、忙しい時にあわせて、材料や人を手配するために無駄な経費が沢山かかってしまいます。

さらに料理の技術が貧弱なために、お客様からの苦情も多かったのです。それは、料理の味だけではなく、サービスや従業員の接客態度、店の清潔感など多肢に渡ります。どのようにすれば良いのか、さっぱり判らず困っていました。お客様からのクレームの対応に悩んでいた時、ある思いつきで始めた企画がありました。それは「お詫び券」というものでした。お客様にご迷惑をかけて叱られた時にお渡しする券です。そのお詫び券の構造は以下のようになっています。はがき大の大きさで、真ん中に切り取り線があります。上半分にお詫びが書かれてあります。

「本日はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。今回のお詫びのしるしとして、次回この券をお持ちいただければ、何人で来られても、いくらお召し上がりになっても一切御代は頂きません。店主」と書きました。

そして下半分には、ご迷惑をおかけしたお客様のお名前とその日付、その内容が記入できるようになっていました。上半分の半券を切り取り、お客様にお渡ししました。お詫び券には通し番号が記入されており、半券の番号をみればすぐに誰かが判るようになっています。当時は、叱られることが多く、沢山のお詫び券をお配りしました。やがて、その客様のうち、何人かはまた来店いただきました。店内に入るなり、お詫び券をテーブルにポンと置きます。アルバイトはその券を私のいる裏の厨房まで持ってくるのです。私はすぐに控えの半券の番号を照合し、いつの苦情でどんなお客様なのかを検索しホールに出て行きます。

「○○様、先日は大変ご迷惑をおかけしました。本日は精一杯させていただきます。もちろんお約束どおり御代は頂きません。」

そういうと自分の名前を覚えていてくれたと感心してくれます。実は、控えの半券に書いてあったものをあらかじめ見ているのですが、そんなことには気づきません。その後のお客様の対応は様々ですが、おおむね共通していたのは、そのクレームのお客様が今度は別のお客様を連れて再来店いただけるようになったことです。これには大変驚きました。この訳を真剣に考えました。一体クレームって何なんだろう。叱られることは大変嫌なことです。それはお互いに嫌なはずなのに、その対応次第では、お客様が満足していただけることもある。このお客様は、こういうことを希望されている、また別のお客様は、いつもこういう注文をされる。お詫び券には嫌なことが書かれてあるのは事実ですが、「ここをこういう風に改善してもらえばもっと来るのに・・・・」という隠れた要望のようにも感じました。このお詫び券を分析すると、商品開発や営業方法やサービス向上のヒントがたくさん隠されていることにも気づいたのです。それから20年くらい経て、ある大学の先生に言われたことがあります。

「それこそがマーケティングです。今ではそれをワンツーワンマーケティングという言葉で表現される最先端の考え方ですよ。」

そういって褒められたことがありましたが、当時は、お客様からの苦情から逃れるために苦肉の策で考え出したものだったのです。しかし、このお客様の行動を分析するという考え方は、その後のライフワークになって行きます。私にマーケティングの考え方を叩き込んでいただいたのが、経営コンサルタントのSさんです。

会社創業当時、大変困っていた時に、いつもいろいろなお話を聞かせていただきました。そんな中で面白いお話があります。兵庫県のある町に、とっても美味しいと評判の手作りシュウマイのお店があります。いつも長蛇の列です。Sさんは試しに並んで買ってみることにしました。ようやく買うことができ、横のベンチで早速試食してみることにしました。しかし、それは予想に反して感動するような美味しさではありませんでした。しかし、横の家族は美味しい美味しいと言って食べています。そこで、その家族に近づいて質問したそうです。

「そのシュウマイは美味しいですか?」
「はい!美味しいですよ!」そう言うので続けて質問しました。
「なぜ、美味しいのですか?」この質問にその家族は困った顔をしたそうです。
「美味しいから美味しいといったのよ。」と言いたげです。
しばらく考えて次のように答えたそうです。
「昔から食べてるから・・・」Sさんは驚いたそうです。
「そうか昔から食べているというのは慣れているということで慣れた味というのは、美味しいという感覚にも繋がるのかもしれない。」

つまり、美味しいといってもらうには、そのお客様の舌に慣れさせることが重要!それはなるべく子供の頃から食べ慣れてもらうことが重要なんだ。そう気づいたそうです。(続く)

行動の分析

飲食店での経験は、人には同じ時期に同じ行動を取ることが多いな・・・という感覚的な気づきがありましたが具体的には判りません。人の心理や行動を分析して、マーケティングに活かすことができれば素晴らしいことではありますが、そう簡単にできることではないとも思います。人は無限の選択肢の中から選びますが、最終的に選ばれるのはたった一個だけ。それ以外のものは選ばれなかった敗者ということになります。その最後の一個を射止めるのは、飛んでくるピストルの弾をピストルで打ち落とすようなものです。それは奇跡に近いかも知れません。

こんな話しがあります。アメリカで大規模に顧客のデータベースマーケティングやCRM(カスタマーリレーションシップマーケティング)を展開していた大手ドラッグストアは、その分析にかかるコストが経常利益を越えてしまい、顧客データを集めることを止めてしまったと聞いたことがあります。その代わりに、商品ごとの関連性を紐付け
する分析を始めました。簡単にいうと、Aというシャンプーを購入したお客様は、だいたいBというリンスを購入するパターンが多いとかいう相関関係を作っていきました。そうすると、あるお客様がAという商品を購入してレジに持っていったとします。そこにBというリンスを一緒に購入していなければ、打ち出されたレシートの裏面にBというリンスの割引のクーポン券が印刷されてきます。お客様は、そのクーポンを見て、喜んでBというリンスを購入しに棚まで戻ります。ただそのお客様がどこの誰であるかということは一切関係が無く、行動の類似性だけを分析しています。人の行動さえパターン化できれば、その人の個人情報は不要になります。

「Aという行動を取るお客様は、たいがいにおいてBという行動を続けてとる。」

つまり、人は好きなことを繰り返すというパターン化です。あることが好きな人は、必ずその興味のあることに関心を持ち続けますし、購入した人は、必ず再び購入する。かつて、銀座にルイ・ヴィトンがオープンしたとき、開店前から多くの方々が並びました。ここに並んだお客様には、初めてルイ・ヴィトンを購入するという人はいなかったそうです。既に何かのルイ・ヴィトンの製品を所有していて、さらにもう一個欲しいというお客様です。同じキャラクターを集める客層というのはあるものです。おもちゃの自動車のトミカを集める行動にも類似します。「コレクター層」といわれる方々です。人には、何かしらコレクターを持っていて、その内容を知るには、連続する行動だけを見ていればわかるかも知れません。どうしても好きなことは繰り返すからです。短期間に何度も同じカテゴリーのものを買っているひとこそ、その商品がすきなのであり、繰返しが始まっています。

友人から「また買ったの?」と言われる人は、近い将来必ずまたそれを買う行動に繋がります。つまり、マーケティングとは、繰り返す人の行動をパターン化し、ルール化することと言えるかも知れません。

傷付きりんごを売る

アメリカでの話です。相当昔の話ですが、ある青年が小さなりんご農園を経営していました。しかも、その場所は山の頂上の不便なところです。さらに、せっかく栽培しても収入になるまで何ヶ月もかかります。小さな農園ですので、収穫量も少なく、経営も大変でした。彼は、他の農園にできないことをしようと考えて、収穫したりんごを箱詰めにして通信販売で売ることにしました。しかも、代金は先払いで頂きました。これで、何とか固定客もでき経営としては回り始めたのですが、ある時、大事件が発生します。

その年の冬は非常に寒く、山頂近くにある農場に雹(ひよう)が降ったのです。収穫前のりんごは、その雹に当たり、赤く傷ついてしまいました。雹が降るということは、とても寒い冬ということで、従ってそのりんごの熟成度も高く、非常に甘みのあるりんごです。食べてみてそれははっきり判りました。しかし、その表面は傷だらけ。すでに予約も代金も頂いています。こんなりんごを送ったら、クレームになって農園は倒産してしまう・・・。若き農園主は頭を抱えました。しかし、彼は、あることを思いつき、この傷付きりんごを、いつも通り木箱に詰めました。そして、その木箱の蓋を釘で打つ前に、傷付きりんごの上にメッセージを書いた一枚の手紙を添えました。その手紙にはこう書かれてありました。

「このりんごは、沢山の傷が付いています。この傷は雹に当たってできた傷です。雹に当たるというのは、とても寒い、山頂近くの農園で収穫されたためです。その寒い気候のおかげで、今年のりんごは、とても甘みのある美味しいりんごに出来上がっています。このりんごの雹の傷が、美味しいりんごの証明です。」

そういうメッセージが書かれてあったのです。発送後、ドキドキしながらその反応を待ったのですが、遂にりんごの傷に関するクレームは一件もありませんでした。それどころか、翌年の予約では、「どうぞ傷付きりんごを送ってください。」という注文が沢山舞い込んだそうです。一体、その商品のどの部分で勝負するのか?百貨店に並ぶような贈答用のりんごと勝負しているのではない。本当に美味しいりんごを食べたいというお客様に届けたいのであれば、この表面に付いた傷は、大きなブランドとなります。

英語のブランドという言葉のもつ本来の意味は、「顧客との約束」ということです。何を顧客と約束したのか?それが美味しいりんごなのであれば、この傷は立派なブランドになりうるかも知れません。アフリカで靴を売ったセールスマンの話も、アフリカ人の誰もが靴を履いていなかった事実を、全くマーケットがないと見るか、これから靴を履く時代がやって来る大市場と見るかの違いで、その後の展開が大きく変わってくるのかも知れません。