新・内海新聞 37号

先日、テレビ東京の「ソロモン流」を見ていたら、料理研究家の青木敦子さんが出演されていた。女性の方はもうご存知の人も多いと思います。調味料の神様といわれる彼女は、食材と調味料の意外な組合せを発明する。

ポテトサラダにごま油をかける。粉末味噌汁にXO醤を入れたり、生クリームを入れる。「えっ!?」といった組合せなのですが、口にした人は皆絶賛する。ただ、意外な組合せを勝手気ままに考えているのではなくて、その食材や調味料に含まれている成分を分析し、味を引き出す組合せを数学的に計算している。それからというもの、私はかばんの中に「粗挽きの黒胡椒」の小瓶を持ち歩いている。好物の熱いココアにふりかけるためです。これだけで甘ったるいココアは大人の味に変身します。

ペンシルバニア州ピッツバーグ

政局が不安定です。その間に時代は急速に動いていく。 しかし、これも見ようによってはビジネスチャンスととれなくもない。 しかし、最近、真剣に国の行く末を考えることが多くなりました。急激な円高でメーカーが悲鳴。何回も繰り返される事態です。モノづくり国家の仕組みの中では仕方ないのかも知れません。昔、友人の竹内一郎君(ベストセラー「人は見た目が9割(新潮文庫)」の著者)がフィリピンに住んでいて、そこから日本をみたとき、テレビや冷蔵庫しかイメージできず日本人の顔が浮かばないと現地の人々が言っていると聞いたことがあります。

新興国の発展で性能差、価格差がなくなりアジア価格という基準ができつつある中でどうすれば良いのだろうか? もちろん、もっとその先の新技術の開発に答えがあるのだろうが、いずれまた同じことの繰り返しかもしれません。そんななかで、一体自らは何をすればいいのか?そんなことを考えてしまいます。その事例として、アメリカのペンシルバニア州にピッツバーグという都市があります。この街の調査をしていてその答えを見つけた気がするのです。 ピッツバーグという街は、戦前は鉄鋼を中心とした工業都市でした。そのため、人口は増大し好景気に沸きました。映画「ディアハンター」の世界です。ピッツバーグスティーラーです。

当時、人口は60万人を超えていました。しかし、街の中は煤煙で汚れ、仕事が終わると白いワイシャツは黒く、夜食事に出かけるにも一旦帰宅して、シャワーを浴びて着替えないと行けないような状況だったようです。ところが、戦後新興国(日本のこと)が発展し、安い鉄鋼が輸入されるようになり、ピッツバーグは衰退していったのです。人口は減り、ホームレスや犯罪が増え、かつての隆盛が嘘のようです。人口は40万人を切りました。しかし、その時の政治家が立派だったのか先見の明があったのか・・・ ピッツバーグをハイテク、保健、教育、金融、サービス業を中心とした地域経済へと移行させていったのです。

現在、ピッツバーグにはカーネギー・メロン大学他11の大学があります。その中でも特に力を入れているのが医学です。 さらに、音楽にも力を入れました。 ピッツバーグ交響楽団は世界的にも有名です。オバマ大統領は、アメリカ合衆国を復活のシンボルとして2009年サミットの開催地をピッツバーグにしたほどです。リーマンショックの時も、その影響をほとんど受けず、求人率は伸び続けました。ピッツバーグの歴史を全肯定するわけではないのですが、日本の未来を示唆しているようにも思います。 この日本がやがて「モノづくりの国からコトづくりの国」に大変貌してゆくことを感じています。もちろん、モノづくりという土台があっての話ですが・・・。工業製品の輸出だけに依存する社会からの脱却が、やがてやってくる。 それが「コトづくりの国」 だと思います。

世界から「日本という国があって良かった!日本人がいてくれて本当に助かった!」と言ってもらえるような国づくりを目指す必要があるとも思います。 高度な技術に支えられた上での「コトづくり」とは、どこかに人の手や人間の介在や温かみや心が宿る産業です。 そのコトづくりの代表が「環境」「教育」「医療」かもしれません。「コトづくりの国」 ということを考えた時ひとつ気づいたことがあります。昔、物理で習った「起電力」や「慣性の法則」です。 電池で電流が流れる時、一番最初は通常以上の電圧が発生します。モーターが回り始めると、やがてその電圧は平均化安定します。またリヤカーを引っ張る時、最初は思いっきり引っ張らないと動き出しません。 しかし一旦動き出すとそれ程の力は要りません。 それと同じような感覚かも知れません。「経済も同じかも知れない。」だから 最初は何か一つの原動力を設定する必要があるのかも知れません。 何でもいい。ひとつの大きな起電力がこの国には必要であると思います。

コトづくりの国

世界から「日本という国があって良かった!日本人がいてくれて本当に助かった!」と言ってもらえるような国づくりってどんなのだろう。 以前、四川で大地震があったとき、日本からも救援部隊が参加しました。しかし、さまざまな事情から現地入りできたのが1ヶ月位経過した頃でした。もう絶望ムードの中での到着です。日本チームは、二酸化炭素を検知する装置や、赤外線で体温を検知する装置など、最新鋭の救助装置をもって救助活動に望みました。 しかし、時すでに遅し。生存者を見つけ出すことができず、しかも二次災害の恐れがあることから急遽帰国ということになったのです。 上の写真は、ようやく瓦礫の中から遺体を出し、台の上に安置し全員で黙とうする日本救助隊員たちです。 この写真は、中国全土を走った。 遺体に黙とうするような救助隊の国はなかったからです。

当時のニュースは「四川大地震被災地での活動を終え、21日に帰国する日本の国際緊急援助隊救助チームが、中国で絶賛されている。 生存者救出こそならなかったが、整列して犠牲者に黙とうをささげた1枚の写真が、中国人の心を激しく揺さぶったためだ。この写真は、援助隊が17日、四川省青川県で母子の遺体を発見した時のもので、国営新華社通信が配信、全国のネットに転載された。インターネット掲示板に賛辞があふれた。犠牲者数万人、遺体は直ちに埋葬という絶望的状況に圧倒されていた中国の人々は、外国、しかも、過去の「歴史」から多くが嫌悪感を抱く日本の救援隊が、二つの同胞の命にささげた敬意に打たれた。

「大事にしてくれた」ことへの感謝と同時に、失われた命もおろそかにしない姿勢は、「我々も犠牲者に最後の尊厳を与えるよう努力すべきだ」(新京報紙の論文)という、中国人としての自省にもつながった。また、あるネットの掲示板でも、 「『困った時に本心が見える』というように、中国が最も困難な時に、日本国際緊急救援隊は援助の手を伸ばしてくれました。この援助は人道主義であり、日本国民の中国人に対する深い友情であり、日中友好の歴史に残ることは間違いありません。中国人は愛し恨む民族であり、恩を決して忘れない民族です。 中国人はずっと『一滴の水の恩も、湧き出る泉ように恩を返す』という美徳を伝えてきました。救援隊の皆さんが尽くした努力や苦労などを中国の国民は決して忘れません」 写真は四川省での救助任務を終えた日本緊急援助隊を迎えるため、成田空港に駆けつけた在日中国人の人々。時期的に現在中国ともめているときの話題としては不適切かも知れませんが、民衆の心を読んだ時、それは普遍だとも思います。この様な積み重ねが重要です。あわせて、この2008年という年は、映画「おくりびと」がアカデミー賞を獲得した年でもあります。 日本人の持つ独特の「命」への価値観というものは大切です。この「命」を育み、「命」を護り、「命」を尊ぶ方向に日本人の存在があるようにも思います。

世界一医療費の安い国 ニッポン

意外に知らないこと。それは日本の医療費が世界一安いということです。たとえば盲腸の手術費用で調べてみても日本では自由診療で約39万円。これは世界最安値です。タイが40万円、インドで45万円。アメリカ合衆国においては驚きの250万円です。ファーストクラスで飛んできて手術をして帰国してもまだおつりがあるという計算になります。国内では、「これに健康保険が適用されるので30%の負担で済みます。さらに高額医療控除があるとさらにお金は返ってきます。日本の医療水準は世界一とは言いませんが、最先端レベルにあります。こんな中で「医療ツーリズム」という言葉が言われ始めています。患者の輸入です。お隣の中国人の治療を日本でしてもらおうという計画です。経済産業省や国土交通省が中心になって準備を進めているようです。なぜか、厚生労働省はあまり動いてはいません。このためには医療滞在ビザの発給が前提になるのですが、日本はまだ実施されていません。年内には法改正が行われると報道はありましたが、日本の医療はまだまだ鎖国状態です。中国から患者がやってくるというのは、言うのは簡単ですがなかなか困難なことが多いのです。診察診療のためのツアーは、中国企業がすべて独占しています。

この分野への参入はまだ時間がかかると思います。今、行われているのは、健康診断のツアーがほとんどです。PETというMRIを使った宿泊型の癌検診のようなものです。また、治療で来日する場合、治療前の状態などを十分に知る必要がありますし、また治療後のケアをしてもらえる中国国内の病院が必要になってきます。病院ごとにこのようなネットワークを構築するのは大変困難なことです。しかし、この医療ツーリズムネットワークが完成すると、当該国の医療費は下がり、日本の国益は上がります。医療をビジネスとしてみるのはいかがなものかとは思いますが、すでに海外では産業となり大きな貿易外収支をあげているのも事実です。反面、ビジネスとして海外の富裕層ばかりを優先にした医療というのは公的な医療保険の給付範囲の縮小に繋がる恐れもあり、国内の地道な診療活動との両立、バランスというものが前提となっていくことになると思います。