新・内海新聞 35号

最近、非常に読み応えのあるインタビュー記事を読みました。サイゼリヤというファミリーレストランの創業者正垣泰彦会長のインタビュー記事です。早川さや香さんという方の取材記事です。
【正垣泰彦会長の生い立ち】
◇1946年、兵庫県生まれ
◇1967年、東京理科大学在学中に、洋食レストラン「サイゼリヤ」を開業
◇1987年、初の駅ビル内店舗を出店。出店数が二十店近くに及び、社長業に専念
◇1992年、商号を株式会社サイゼリヤに変更◇2000年、東京証券取引所1部上場
◇2003年、中国1号店を上海にオープン◇2009年、国内に803店舗、海外に40店舗を展開。
売上高・約883億円。営業利益・約92億円と好調。 事業の成長も興味深いですが、正垣泰彦氏の生き方考え方にも大変興味を覚えました。以下、抜粋してご紹介しま
す。

サイゼリヤ

◆お客様が来ない理由は、値打ちがないから
正垣会長が大学4年生にしてオープンされた、小さな洋食屋がサイゼリヤの原点だそうですが、いきさつを聞かせてください。 僕は大学生のとき、社会勉強がしたくて、アルバイトばかりしていました。新宿の飲食店で、皿洗いを始めたんですが、きつい重労働でみんなすぐ辞めちゃう中、僕は率先してやっていたんですよ。なにか、人に助かった、といわれるのを喜ぶような感覚があったかもしれません。

そしたら板前さんが「おまえは変わり種だ。料理人にしてやる」と、料理を仕込んでくれるようになりました。やがて大学の卒論も迫り、アルバイトを辞めようとしたら、板さんを始め、仲間が「自分達も辞める」って言うんですよ。「おまえは大学に行くより、食べ物屋をやったほうが向いている。みんなついていくから」と。それなら、仲間の働く場をつくろうと決意して、千葉県の本八幡にあった36席の洋食屋を譲り受けたんです。

--それがサイゼリヤの原型ですね。はい。これがまぁ~辺鄙な場所にある売れない店でして。お客さんがまるで来ないんです。一生懸命、お惣菜のおまけを出したり、プラカードを持って駅に立って最終電車の乗客を連れてきたりしたんですけど、それでも足りない。仲間にお給料が払えないので、困りました。だから真夜中までお店をやるようにしたら、酔っ払いの人達が来るようになりました。転機は、恐ろしい形でやってきた。客の殴り合いのケンカがきっかけで、倒れたストーブの火が燃え広がり、店が全焼したという。店を始めて、たった9ヶ月で燃えちゃった。それで本八幡から新宿の実家まで、トボトボ歩いて帰って、お袋に「燃えちゃった。もうやめるよ」と言ったんですよ。そしたら「火事だなんて、それは良かったね」って言うんです。「その店をもう一度やり直すこと。おまえのためになるように、自然が、そういう出来事を起こしてくれたんだからね」って。

母の言葉に、ハッとした正垣は、この場所でもう一度やらせてくれと大家さんに頼みこみ、今度こそと奮起した。だが客足はたいして増えないまま、売れない時期は4~5年続く。「仲間に給料を払える、安定した組織をつくるにはどうしたらいいのだろうか?」物理学を学んできた正垣の、分析力に火がついた。1回食べたら、やみつきになって、繰り返し食べたくなるような食材はないのか。世界中の消費を調べたんです。70年代当時、世界で一番多く種類が作られているのは、トマトだった。それからパスタ、チーズの消費も伸びていました。これだと思って、ヨーロッパに調査に行ったんです。

--スペイン、フランス、スイス、イギリス、ドイツと各国を回り、本場の味を確かめてイタリアのローマの店に、衝撃を受けた。食前酒、前菜、スープ、パスタ、メインディッシュ、デザート…と、食事の仕方がバラエティ豊かで、組み合わせも自由自在。水ひとつ取っても、ガス入りとガスなしがある。食後酒だって、その店オリジナルの食後酒があるんですから。

--カルチャーショックを受けた正垣は、店をイタリアンにリニューアルした。それでも、お客さんは来ない。お袋にまた愚痴ったんです。すると、「階下に八百屋さんがあるから、工夫が必要なんだよ。場所のせいにしないで、野菜を飛び越えてでもお店に来てもらえるにはどうしたらいいか考えなさい。」やっとわかったんです。お客が来ない理由は、場所(他人)のせいじゃなくて、商品(自分)に原因があるからだ。ひどい場所でも、価格より値打ちがある商品を出せば、お客さんは来るはずだと。

--発想の転換ですね。 じゃあ同じ品質・同じ商品を安くして、お客さんが値打ちがあると判断するのはどの分岐点か? 実験をしたんです。ふつう“利益”というと、この値段でこれだけお客が来たら、いくら儲かるっていう考え方をするから値段を下げられない。優先順位=お客さんにとって値打ちがあるか、だけなんです! それでずーっと値段を下げ、7割近く値引きしたところで、ドーッとお客さんがやって来ました。今度は店の回転が追いつかなくなって、待ってるお客さんに迷惑かけないにはどうしたらいいか考え、近くにお店を出店してったわけです。最初のお店が、悪条件だったから、同じやり方でどこへ出店しても、一杯になりました。

正垣会長の死生観

◆ひとり勝ちと言われても、楽しくない
--「最悪の環境」だと思っていたサイゼリヤを、母の示唆もあって「最高の店」と思えたときから、正垣は「どんな時、どんな場所でも、いま自分の居る状況・状態は、常に最高だ」と考え続けている。 売れなくて利益も出ないっていう状態こそ、本人にとっては最高のことなんですよ。理由があって利益が出ないんだけど、その理由を“自然”が教えてくれてるんですから。その“自然”の沙汰によるものか、2008年に試練がもたらされた。

サイゼリヤが輸入した中国産ピザ生地から、自社検査の結果、有毒物質メラミンが検出された。健康に影響のない、ごく微量だったが、サイゼリヤは謝罪会見を開き、その期間に購入した全客への払い戻しを発表。レシートがなくても返還するとしたため、該当しない心ない要求もあった。しかし、自分にできる最高のことをすればいいと僕は思いましたよ。お客さんの信頼に対し、我々がどうするのか試されていると。

“人のために・正しく・仲よく”っていうのがサイゼリヤの理念なんです。正しく対応しただけです。正しく=自分だけでなくみんなが幸せになること。仲よく=同じ目的をもつ同士で、切磋琢磨したいってことです。人って、つい自分の得を考えてしまうけど…そういうコーポレートカルチャーのために集う集団=会社だと思う。だから、ひとり勝ちとか、株をあげたとか言われても、楽しくないです。また何か試練が起きてくれないかなと思うくらい。本当のことを言うとね、困難があったときに乗り越えられる秘訣は、そうなった因果関係を正しくみつけることなんです。利益が出なかったり、大変な事件が起こったりするのは、自分達が何かをやった結果、そうなってるんですから。その対策って、自分本位のままでは見えないんです。他人本位じゃないと、正しさが見えなくって、潰れてしまうんですよ…

◆病気や死も、最高の喜び
死ぬことについては、お袋の言葉を考えるんだけど、お袋って信心深い人でね。世の中っていうのは、すべて慈悲でできている。だから自然っていうのは、最高の状態を保ちながら調和している…それが法則だと思っていたんじゃないですか。何かイヤだと思うことがあるのは、自分たちの考え方がおかしいのであって、考え方を変えなさいという自然のサインだと。だから病気とか、死ぬことは最高の喜びだと思ってるの。死ぬことっていうのはね、もともと自然が与えてくれた、最高の“生”なんだって。それが、なんでそんなに楽しいのかっていうと、「あなたね、人間は、死に向かってずっと歩いていくから、いろんな苦しみがあるんだよ。死にゃ~死なないんだから、最高でしょう」って言うんだ(笑)。「もっといいのは、死ぬことも生きることも同じだってわかりゃ、もっと最高なの。死ぬことがあるから人間って正しく生きようとするし、楽しく生きようとするし」って。

祈りの言葉

--正直、私にはわかったようなわからないような…ですけど、正垣会長は、そういう考えを継いでいますか?
受け継いではいないけど、経験法則として、そのとおりだなと思うし、誰がやってもそうなんじゃないですかって思う。自分の経験の中で、あ、本当にそうなんだなー、火事がなければ今のサイゼリヤはないし、いろんな問題がおきなければ今日はない。考えてみれば、みんなそうだなって。それが、ありのままの、自然の采配かなって。

--自然とは、神とか、宇宙とか、そうしたものと捉えていいんでしょうか。
最後にキリスト教の教えのひとつなのかな? 出典はよくわからないけれど、お袋が教えてくれた「祈りの言葉」っていうのを、お伝えします。これを読むと、どんな生まれで、どんな境遇で、どんな人に囲まれていても関係ない。自分中心でなく、自然のなせることを受け止めればいいって、わかるんです。母は、亡くなる前に、平和の祭典でローマ法王と謁見して、幸せに逝きました。世の中の嫌なことを、最高のことと思って生きた人は、やっぱり最高の死に方ができるって、教えてくれたんですよ。…こんなことを言うのは、変かもしれないけれど、家族として暮らしているときは、ふつうの“お袋”としか思わなかったけど、事業をしているうちに、本当にお袋だったのかな。お袋じゃないんじゃないかなっていう、不思議なオーラみたいな存在に、感じるんです。

【祈りの言葉】
・大きなことを為し遂げるために、力を与えてほしいと求めたのに、謙遜を学ぶようにと弱さを授かった。
・偉大なことができるように、健康を求めたのに、よりよきことができるようにと病気を賜った。
・幸せになろうとして、富を求めたのに、賢明であるようにと貧困を授かった。
・世の人の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、得意にならないようにと失敗を授かった。

確かに“ふつうのお袋”ではなかったのかもしれません。でも、どんな人間の中にもこうした部分は数%はあって、それを徹底してやれるか、やれないか、の違いのようにも思えます。正垣会長は、物理学理論と企業理念をマッチさせ、事業を為されてきましたが、母上から受け継いだスピリッツがなければ、ここまで大きな仕事にされたでしょうか。親の役目、先輩の役目ということについても、改めて考えさせられる思いです。
引用/(取材・文/早川さや香)http://c.filesend.to/plans/yuigon/index.html