新・内海新聞 31号

先日、『わが夫坂本龍馬』(朝日新書735円)という本を読みました。龍馬の妻、お龍に晩年、安岡重雄が聞き書きしたものを一坂太郎さんが現代訳したものです。ここに坂本龍馬の真実の姿が見えます。特に寺田屋事件の描写がリアルです。

私は、お風呂に入っておりました。ところがコツンコツンという音が聞こえるので 変だと思っている間もなく、風呂の外から私の肩先に槍を突き出しましたから、私は片手で槍を捕らえわざと二階に聞こえるような大声で「女が風呂に入っているのに槍で突くなんか誰だ、誰だ」 と言うと「静かにせい、騒ぐと殺すぞ」と言うから「お前さんに殺される私じゃない」 と庭に飛び降りて、濡れ肌に袷(あわせ)を一枚引掛け帯をする暇もないから裸足で駆け出すと、陣笠を被った槍を持った男が矢庭に私の胸ぐらをとって「二階に客があるに相違ない。名を言ってみよ」と言いますから「薩摩の西郷小次郎さんと、お一人は今しがた来たので名は知らぬ」 と嘘を言いました・・・・なんとも描写がリアルで、その場にいたお龍さんにしか判らないところです。非常に面白い本でした。

株式会社ダイヤルキューネットワーク 其の4

さて、なんとかダイヤルキューツーの電話回線は手に入りました。そして、会社名も株式会社ダイヤルキューネットワーク(以下、Qネット)に決まりました。このダイヤルキューツーは、音声で流す番組を聞くことで、その聞いていた時間分(秒数)の情報料金を電話料金としてNTTが利用者に請求します。そして、9%の手数料を差し引いて、翌月主催者(IP)に入金してくれる仕掛けです。従って、利用者一人一人に請求書を出したり銀行に振り込んでもらったりする必要は一切ありません。さて、どういうビジネスモデルにするかが問題でした。

この時、真田哲弥さんの天才的発想が炸裂します。限られた電話回線を最大限に活かす方法を考え付いたのです。0990から始まる電話番号の一つを代表番号に指定し、それ以外の番号を内線の子番号として利用することにしたのです。その仕掛けはこんな感じです。ゴロの良い番号、たとえば0990-555-5555を代表番号にし、その後に#0000~#9999の1万個、さらに*0000~*9999の1万個ずつの合計2万個の子番号を作りました。利用者は、代表番号の0990-555-5555にダイヤルし、音声案内に従って希望の子番号、たとえば#0000をダイヤルすると、その#0000に録音された音声を聞くことができるという仕掛けです。「#」以下4桁と「*」以下4桁の番号を、無料で出版社に提供することにしました。このダイヤルキューツー事業の難しいところは、その電話番号の告知です。これに大きな広告費用がかかることです。この広告費用を極力抑え、利用者を増やすために出版社と提携する方法を考えたのです。

雑誌の中に、このダイヤルキューツーの代表番号と、4桁の子番号を印刷してもらいます。読者はその記事を読んで、そのうちの何人かが電話をかけてくるという期待がありました。この企画に興味を示したのが、ある週刊誌の会社でした。その週刊誌には毎回必ず巻頭に何ページかのグラビアページがあり、素人でスカウトされたモデルさんの写真が掲載され、人気のある雑誌でした。そのグラビアのページの最後にダイヤルキューツーの電話番号と、ある4桁の子番号を印刷してあります。読者が興味を持ってその電話番号に電話すれば、そのモデルさんのメッセージが生声で聞けるという仕掛けです。その反応は絶大でした。毎週多くのアクセスがありました。掲載してもらった週刊誌の会社には収入の何%かのロイヤルティーを支払うという契約です。誌面にたった数行印刷するだけで、毎週何百万円という臨時収入が期待できました。オフィスでは、連日企画会議が開催されました。どのような音声情報が人気が出るのか、どのような媒体と組めば良いのか・・・などなど深夜まで及びました。そして、あるベンチャー企業と出会うことになります。

アメリカ人青年が経営する会社で音声情報サービスの会社です。アメリカではすでに「900番サービス」といって、日本のダイヤルキューツーと同じサービスが始まっており、大いに成長していました。そしてそのアメリカで始まったパーティーラインというサービスを日本で拡げようとしていたのです。ある電話番号に電話すると、10人までなら同時に話ができるようになります。簡単に言えば、わざと電話を混線させるコンピューターシステムです。これを利用して電話で合コンができる仕掛けにしてしまったのです。さらに仕掛けがあって、お互い気に入った相手が見つかれば、ある番号をダイヤルするとバーチャルの個室に入ることができ、その会話は個室に入った二人以外、他の人には聞こえないようになります。これらはパーティーラインを利用した人たちそれぞれに電話料金が課金されますので、10倍のスピードで売上が上がっていきました。まさに今までに無い電話サービスが、さまざまなアイデアで大爆発していきました。

また、FAXキューツーというサービスも生まれました。FAXから希望のコンテンツを紙面で受け取るサービスです。そのコンテンツは利用者からの投稿が中心です。ポーリングサービスというものを利用します。FAXについている電話機で指定のダイヤルキューツーの代表番号に電話します。希望のコンテンツの入ったBOXの4桁の番号をプッシュし、FAX受信のボタンを押しますと、その回線が繋がったままでFAXが送信されてきます。このようにするとFAXを受信でも電話料金が課金される仕組みを作ることができます。そしてFAXされている時間はすべて課金対象になるので、大きな売上につながっていったのです。情報内容は、都市伝説のような噂話や、些細な内容ですが大人気でした。

株式会社ダイヤルキューネットワーク 其の5

ダイヤルキューツーサービスも、東京03区域での試験サービスを終了し、千葉、埼玉、神奈川とそのサービスエリアを広げてきました。直ちに新しいエリアの電話回線の獲得に乗り出しました。もう、以前のような申込用紙を集めるよういなやり方は通じません。正攻法で行くしかありません。そこは人海戦術で大量の申し込みを行いました。

各エリアで順調に回線を確保してゆきましたが、ここで問題が発生しました。大量の電話回線をビルの中に引き込むことができないのです。経費削減のために、小さなビルを借りていたのですが、そのようなビルでは多くの電話回線を収容することができず、これを可能にするためには、ビルの大工事が必要でした。そこまで、お金をかけることもできず協議した結果、ある裏技があることが判りました。

それは、「特引き工事」というものでした。ビルのすぐ横の電信柱から直接窓に電話回線を引っ張ってくる方法です。これは、よほど特別なことがない限り行ってくれないのですが、そこは交渉で可能になりました。ビルのダクトが細くても、直接二階や三階に引き込むことが可能になります。また、大量の電話回線の引き込みも可能となりました。これによって拠点確保が加速してゆきました。

組織もだんだん大きくなり、技術関係部門、放送内容等コンテンツ部門、回線工事設備部門、広報部門・・・私は隣で見ていただけですが、どんどん人が増えて、知らない人ばかりになっていく様子に楽しみでもあり、また反面、大丈夫なのだろうか・・・という不安もありました。数ヶ月で月商は1億円を超える規模になってきました。しかし、どんどん設備投資を続けているので、資金はいくらあっても足りません。ただ、集金はNTTがやってくれるので、未回収という心配はありませんでした。東京、大阪、名古屋、東北、九州・・・とその拠点の広がりはすさまじいものがありました。ただ、良いことばかりが続くとは限りません。全国でダイヤルキューツー回線が開放されてゆくにつれ、当然、風俗関係の内容を放送するところが出始めました。

これはよくある話ですが、今回もやはり早く稼ごうとそういうピンク番組が増え始めました。しかし、それがその後社会問題化してきます。誰でもそんな番組の内容を聞くことができるので、中学生、高校生がダイヤルキューツーに電話をかけて風俗番組を聞くようになり、NTTから多額の電話代の請求書が送られてきたのです。番組の冒頭には、時間当たり課金されることの案内はしてあるのですが、子供たちにはその実感がなく、ついつい利用してしまうことになります。

月々の請求金額が100万円、200万円というものまで出てきました。当然、見に覚えの無い両親はNTTに抗議し、その結果、有料番組を子供が利用していたことが発覚します。これが、マスコミに知られることになり、大問題に発展してゆきます。

株式会社ダイヤルキューネットワーク 其の6

NTTは、多額の通話料金が発生することを告知してはいましたが、この騒ぎは広がるばかり。NTTは、外部機関に倫理委員会をつくり、ここで情報内容に問題が無いかを厳しくチェックするようになりました。

あわせて、NTTが情報料金を通話料と一緒に請求して回収するのですが、その支払いのサイトを長期に変更してきたのです。今までは翌月末には支払ってもらえたものが、3ヶ月4ヶ月と支払いを寝かせるようになり、各社資金繰りが厳しくなってきました。また、「ダイヤルキューツー」=「風俗番組」という悪いイメージが定着してしまったのです。順調だったビジネスも、あっという間に逆風になってしまいました。

小さな会社は廃業や解散に追い込まれるようになってゆき、この株式会社ダイヤルキューツーネットワークも例外ではありませんでした。さまざまなリストラ策をも講じましたが追いつかず、遂に倒産という事態にまでなってしまったのです。ここに集まった人たちは、まだ20歳代前半の若者たちばかりです。幹部達は、個人で数億という負債を抱えてしまいました。

私は、設立に協力はしたものの、会社経営には参画しなかったので、その影響はなかったのですが、これから皆どうして行くのだろう・・・不安で仕方ありませんでした。しかし、株式会社ダイヤルキューネットワークは倒産しましたが、そのやってきた功績は非常に大きかったと思います。

Q2回線を代表組みにして、いくつもの子番号を作り、さまざまなポータルに誘導する考え方は、現在のインターネットのポータルサイトそのものであり、世界のさきがけともいえます。それから、誰でも簡単に使える電話で、さまざまな情報を入手する考え方は、その後の通信市場を予言するものでもありました。そしてもっとも大切なことは、NTTという通信キャリアと連携し、その利用料金をキャリアが請求代行してくれる仕掛けが画期的です。全国の大勢の少額利用者に向けて一件一件請求書を送ることなく回収するという新しい市場を創り出したといえます。その後、伝言ダイヤルや、パソコン通信、そしてインターネットと通信状況は激変してゆきます。まだ、会社にパソコンなどほとんど無かった時代です。彼らのチャレンジは、日本の通信市場をある方向に導いたことだけは確かです。いまでは、ダイヤルキューツーといえば、災害募金の寄付用に使われるくらいですが、「0990」という電話番号のイメージはいまだ悪いままです。

この事業に関わった、当時の多くの若者たちのその後はどうなったのでしょうか?この倒産から約10年後にやってくる携帯電話の大ブレイクの中で彼らの夢が実現してゆくことになります。(以下、次号)