新・内海新聞 23号

家では、袋入りのそば粉を買って来てそれをお湯で溶いてそば湯を作り、焼酎をこれで割って飲みます。でも、何度やっても、そば湯が粉っぽい。ある日、近くのお蕎麦屋さんでこの話をしていると「家で作ったそば湯は美味しくないでしょ?粉っぽくて。それはね小麦粉の蛋白質変性に少々癖があるからなんです。そばって言うのは、しっかり力を入れて手でこねるでしょ?このこねている間に手の熱がそば粉に伝わるんですよ。そしてしばらく寝かせる。

このように時間をかけてゆっくり熱を加えていくとそば粉の蛋白質に粘りが出てきて味が出るんですよ。カレーが2日目の方が美味しいっていうのはこれと同じ理由です。家でそば湯をつくる時は、ゆっくり数時間かけて湯せんをして温めることですね。」・・・奥が深い!でも、そこまでして時間をかけてそば湯は作れないかも・・・

気が付かないセルフサービス~その2~

第5号に少し書きました「気が付かないセルフサービス」について、今回は少し詳しく書きます。

【用語解説】
「気が付かないセルフサービス」 とは?
→自分自身で労力を使っているのに「いいサービスだー」と喜んでいただける効率化サービス 。
例:*マクドナルドのドライブスルー 、*スーパーのエコバッグ*ガソリンのセルフスタンド などなど。

家の近所では、道端に野菜やみかんが袋詰めで置いてあり、横に箱が置いてあります。客は勝手に100円を入れて、気に入ったものをもって帰る。全国の無人おみくじ売り場。田舎のJRの無人駅。会社の総合受付にある内線番号表。ホテルの各種新聞の販売棚と料金箱。アメリカのとあるスーパーマーケットの野菜売り場のとうもろこし売り場で、皮の付いたもぎたてのとうもろこしが山積みされています。横にビニール袋がぶら下げてあり、下には大きなゴミ箱がふたつ置いてあります。そこには「どうぞ皮をむいて、良質なものお選びください。袋一杯で2ドルです。」と書かれています。顧客は喜んで、「いいサービスだー。いいサービスだー。」と喜んで皮をむいて皮をゴミ箱に捨てていますが、本来これは従業員がやるべき仕事。これこそ、気が付かないセルフサービスの典型です。非常に効率的です。

先日、会社の皆と銀座のコリドー街にあるビアホールに行きました。ビールも美味しかったのですがもっとも感動したのが受付案内のお嬢さん。すらっとした美人さんで手に黄色い風船を持っています。その風船はヘリウムガスが入っていて空中に浮いています。しかも、その風船にはマジックで顔の絵が描いてある。空中3メートル位のところにゆらゆら浮いています。お嬢さんはその風船の紐をもって移動する。その風船の浮かんだ下にお嬢さん有り!!お嬢さんは席にご案内するのが仕事。店の中は大勢の人たちでごった返している。混雑にまぎれてお客様がお嬢さんを見失うかも知れません。でも大丈夫。天井には目印の風船が浮かんでいますから。何も言わずとも、自然に流れていく仕掛け、これも気が付かないセルフサービスのひとつかも知れません。

ある大手法律事務所の会議室。その部屋には、ガラス張りの冷蔵庫が置いてあります。中に、コーラやお茶、ミネラルウォーター、缶コーヒーが入っています。お客様は、その棚から勝手に好きなものを選んで、自分の席にもって行きます。そのため、女子社員のお茶の給仕もない。極めて効率的。ニューヨークのメトロポリタン美術館のカフェテリア。大きい場所ですが、壁の右側にポールが一列に立ててあり、ロープが張ってあります。「ENTER」と書いてあって、皆その細長い隙間に並びます。一人並ぶのがやっとのスペースで自然に一列に並んでいきます。並んでいると、どんどん押し出されて、まずドリンクコーナーに出ます。そこで、トレーをとってドリンクを選びます。次にフードコーナー。サンドウィッチ、ベーグルが置いてあって、好きなものを選びます。どんどん進むと、レジの前に出てきます。レジには大きな表示板があって、合計金額が表示されます。クレジットカードか現金で支払うと、ホールに出られます。ホールには、沢山のテーブルが置いてあり自由にすわって食事をします。終わると出口のところにゴミ箱とトレー置き場があり、ここで終了。この間、一言も喋りません。まるでオートメーション。気が付かないセルフサービスです。

大阪に帰ると必ず立ち寄るお好み焼き屋さんがあります。その店の大将が、私に話してくれたことがあります。「『さばく』って知ってるか?大勢の客が入って、目の前に注文の伝票が山のように積まれていく。どうしても、その伝票をこなすことだけに追われる。ただそれだけを考えて仕事をする。そうしたら客は自分が『さばかれた』と思うんや。そんな客は、必ず『美味しいよ。けどねぇ・・・』と、『けどねぇ』というおまけが付くんや。そんな客は店から離れていく。さばかれたと思わせないように、お迎えをしなあかんのや。絶対に客をさばいたらあかん。こっちから見たら大勢の客やけど、客からみたらたった一人の店の従業員や。向こうからは、絶えず一対一なんや。わかるか?」こんな話でした。

非常に考えさせられました。効率化だけでもだめなんだなぁ。そういえば、アメリカにスチューレオナルドというスーパーマーケットがあります。ここは人気店でよく混んでいます。ピーク時になるといつもレジは大混雑。自己主張の強いアメリカ人は文句を言って騒ぎ出します。日本人ならレジを増やす発想なんでしょうが、アメリカ人は違います。バックヤードから数人の従業員が大きなバスケットを持って出てきました。なんと、レジ前で、歌やダンスのミニミュージカルが始まりました。さらに、バスケットには、メーカーから届いたキャンディーの試供品が一杯入っていて、それを並んでいるお客様に配り始めました。並んで文句を言っていたお客様も大喜び。わざわざ混む時間にショー目当てにくるお客様もいるそうです。

鬼伝説とUFO

夏なので、少し涼しい話はいかがでしょうか?自宅の裏山が、「日金山(ひがねやま)」という山です。十国峠の一部です。この「日金」という名前ですが、UFOだという伝説があります。以下のように昔から言い伝えられています。

応神天皇2年(271年)伊豆山の浜辺に、光る不思議な鏡が現われました。鏡は波間を飛び交っていましたが、やがて、西の峰にとんでいきました。その様子は日輪のようで、峰は火を噴き上げているように見えたので、日が峰と呼ばれ、やがて、日金山と呼ぶようになりました。同4年(273年)松葉仙人が、この光る不思議な鏡をあがめ、小さな祠を建てて祀ったのが、開山と伝えられています。推古天皇の頃(594年)走湯権現の神号を賜り、その後、仁明天皇の承和3年(838年)甲斐国の僧・賢安が、日金山本宮から神霊を現在の伊豆山神社のある地に移したと言われています。

鎌倉時代は、源頼朝の篤い信仰に支えられ、現在本尊として祀られている延命地蔵菩薩像も、頼朝公の建立によるものです。地蔵菩薩は、地獄に其の身を置いて、地獄で苦しむ者を救ってくれる仏であることから、死者の霊の集まる霊山として、篤い信仰があり、今も尚、春秋の彼岸には多くの人が登山して、新仏や先祖供養のために、卒塔婆供養をしています。また、鬼伝説というのもあります。

「日金の鬼伝説」
日金の山に鬼がいる。昔から、伊豆地方の死者の霊魂は、みな日金山に集まるといい伝えられ、春秋の彼岸に日金山に登ると、通行人の中に、会いたい人の後ろ姿を見ることができると言われてきました。そして日金のどこかに地獄、極楽があると信じられているのです。天正10年(1582 年)12月、朝比奈弥太郎が、家康の命をうけ韮山の北条氏規を訪ねるため、十国峠を越え日金の山を降る途中、六尺豊かな大男に出会い、その男が亡者を迎える鬼であったという話が伝えられたものです。険しい岩場の山道ですが、私も3回ほど登ったことがあります。約1時間ほどの登り道です。頂上が、姫の沢公園というところになっていますが、それまでは結構大変です。

この道は、殆ど人は歩いておらず、不気味です。たまに、はるか前に誰かが歩いていると、それが亡くなった親しい人の後姿のように見えてしまうのが不思議です。

気が付かないものを振り返らす・・・ということ

松尾高明先生。私の師匠のお一人でもあります。陶芸家です。多摩市のご自宅にのぼり窯をつくられ、「とんぼ玉」と言われる作品を創られる。とんぼ玉は、焼き上がった陶器の表面にガラスでできたような玉が盛り上がるところから来ています。これは上薬で創られるものではなく、自然と土から滲み出して出来上がるのだそうです。

スペースに松尾先生の作品が所狭しと並んでいます。しかし、いつもと少し雰囲気が違います。いくつかの花器に草花が生けてあります。それがとっても美しい。何かを語りはじめます。しかも、その草花は多摩の野原に咲いている、見落としそうな山草です。どこにでも咲いていているような草花です。私は、うっとり見入ってしまいました。

「竹花(たけはな)ってご存知ですか?」後ろから松尾先生が話しかけてこられました。
「いえ、存じません。」
「千利休が戦場の小田原に行ったときの話です。秀吉以下武将は日夜戦争に明け暮れていました。千利休は竹を切り落としそれを花器にし、野の草花を生け、お茶をたてて武将に奨めました。ここからきています。戦に勝つためには美学を極めなければならない・・・美とは、人の共通の感性。美を極めると言うことは、人を極めること。人の心を掴むことに通じる。美を極めずして、人の支配などできはしない。『気が付かないものを振り返らす。』これはとっても大事なことです。野にある草花は目立たず気が付かないものですが、花器に一輪いれてやると振り返るのですよ。そして何かを発します。気が付かないものを振り返らすことは素晴らしい。

美しいものには共通の美学があるのです。それは、どんな無名の作家の作品でも、その作品を見たときにすっかり見とれてしまったり、目の前になにか拡がりを感じたりするものが、あなたにとっての美学であり、あなたにとって良いものなんです。値段や作家の名前ではありません。そして、それは一流の人たちとも必ず共通する作法なのです。絵でも文字でも陶芸でも同じです。今の日本の経営者の中に、この美学がわかる方は本当に数少ないのが残念です。美学を究めた武将を育てる必要があります。

企業経営で、目標の山に登ろうとしているとき、頂上への道はいくつもあるかもしれない。完全防備で登る道、正確な地図で登る道、最高の案内人を連れて登る道。いろいろあるかもしれないが、目の前の道を通らずとも頂上まで行くことができる道も必ずある。それが、美を極めることに通じます。」そんな話をしていただきました。