新・内海新聞 17号

虎杖・・・この字は読めるでしょうか?「いたどり」と読みます。蓼(たで)の仲間で草の名前です。東京築地卸売市場の場外にこの「虎杖」という名前の屋台があります。しかもテントの屋台なのに予約が必要。もともとは京都の料理店なのですが、数年前に築地に進出。いまやここに7店舗増殖。

京都のおばんざいが食べられる素敵な屋台です。表店や裏店などがあり、屋台は表店の方です。一杯飲んだ後のカレーうどんも絶品です。お近くに行かれる時にはお勧めの一店です。

「虎杖」TEL 03-3541-1192 東京都中央区築地4丁目9-7 中富水産ビル1F

先義後利

私が、駆け出しの頃に師匠から教わった言葉。先義後利(せんぎこうり)。中国の儒学の祖、性悪説の荀子の言葉に由来していると伝えられています。

「義を先にし利を後にする者は栄える」また、「利を先にして義を後にする者は辱めらる」と伝えられています。顧客満足や社会貢献を優先し、その上で社会から利益がやってくるという考え方です。事業家として、この30年間ずっと考え続けるテーマでもあります。

やはり、すべての答えは「顧客」の中にある。そういう確信に至っております。顧客を中心にした考え方「顧客中心主義」です。製品のヒントもクレームの対応も、社会的意義もすべてお客様の声の中にあると思います。以前、「トラブルシューター」という社内制度を導入したことがあります。社員がお客様にトラブルを発生させたら報奨金を出すという制度です。

また、同じミスを二回繰り返すと報奨金は2倍、三回繰りかえすと3倍という奇妙な制度です。もちろん、お客様にご迷惑をおかけすることを推奨しているのでは決してありません。誰でもトラブルというものは嫌で、できれば避けて通りたいもの。しかも、お客様には身をもって意見をしていただいている訳ですから、うやむやにしたり、ごまかしたりすることは許されません。トラブルは、社内の問題点の警報ということになれば、「よくそれを発見した!」と報奨金を出しました。

そして、直ちに客先に飛び、原因究明と対策を迅速にとる。同じミスを何度も繰り返すというのは、本人のスキルの問題もありますが、そのシステム自体、つまりミスが繰り返し生じてしまう部分自体に問題点が潜んでいるということも考えられます。社員が、身を持ってそれを発見したということで報奨金ということになります。まず、真っ先に顧客の気持ちになり、どうすれば顧客に喜んでもらえるかを考えるということを、そして「先義後利」を社内で解ってもらうために、こんなゲームようなものを考えたのでした。社内システムが、ほぼ出来上がったので、現在は行っておりません。

以前、某大手の情報会社の取締役から連絡があり、「そのトラブルシューター制度を当社でも導入したいので教えてほしい。」といわれてノウハウを公開したことがあります。話を戻しますと「先義後利」とは、正しい人の道を先にしてゆけば利益は必ずついてくる・・・、です。当社の経営理念は、「人と人の絆を維持するための社会サービスシステムを創造し、自由闊達な未来社会の実現を目指す」ことです。

このような経営理念にしたのは、事業を創造した時に、各方面の方々からアドバイスやご支援を頂いたおかげで、今の姿があるのだと感じ、やはり、一番大切なものは「人と人の絆」であるという結論に至ったからです。これも「先義後利」です。

創業からこれまで、様々な事件、山や谷がありました。これらを乗り越えられたのは、この「先義後利」の精神があったからだと思いますし、それをお客様にご評価いただけたからであると確信しています。従業員の方々も一番近くにいる顧客といえます。今は、政治も経済も混沌としておりますが、いつかは雨も上がり晴れ間が出てくると思います。しかし、この厳しい雨の時こそ、本性といいますか、その人の本当の姿が現れるとも思っています。これからも気を引き締めて顧客貢献をしていきたいと思っています。

社会科の授業

先日、実家に帰ったときに甥に会いました。久しぶり。彼は今就職活動の真っ最中です。名古屋大学の大学院にいますが授業料免除の特待生でとても優秀。彼の兄も既に就職しましたが、佐賀大学の工学部大学院でロボット工学を勉強し、彼も特待生で授業料免除でした。

弟の方は、どうも国連に勤めて国際関連の仕事がしたいらしい。しかし、実務経験が必要で、一旦どこかに就職する必要があるらしいのです。彼は、ついこの間までイスラエルの大学に留学していて、パレスチナにも足を運んで、紛争を目の当たりにしてきたようです。パレスチナ人とシリア人はもっとも親切で、日本人に対して敬意をもって対応してくれると話してくれました。日本にいるとテロ関係のイメージしか抱かないのですが、実際にそこで暮らしていた甥の目には違って映っているようです。

彼の兄も、シリアやイスラエルに1年間旅行にいっていましたが、同じ感想のようです。なかなか国際感覚を備えています。さらに、この兄弟は二人とも高校の時に海外留学をしており、兄はカナダ、弟はサンフランシスコの高校に1年間留学していました。面白いのは、社会科の授業で、第二次世界大戦がテーマになり、戦勝国側の子弟と敗戦国側の子弟に別れ、なぜ戦争を始めたのかとか、戦争中はどういう状況だったのかとかを議論したそうです。

もちろん自分たちは戦争のことなど知らないので、アメリカから大量のFAXが、私の父の所に届き「おじいちゃんの戦争体験を聞かせてください。」と質問がきました。これが、兄の時も、弟の時もあり、どうも正規のカリキュラムに入っているらしいのです。日本では決してこんなことはしないだろうなぁ。日本史の授業でも、4月からなぜか、訳のわからない縄文時代や弥生時代から始まり、そこから現代に近づいてくるのですが、ようやく幕末を越えて明治維新、明治、大正、昭和と来て、このあたりで時間切れ、肝心の近代は殆ど教えない。特に戦争のところはカット。なぜなんでしょう。はっきり理解できる近代から、過去に遡ってゆく学習方法に変えてもらう方がきっと興味をもてるはずなのに・・・

技術革新

100年に一度の大不況。世界恐慌といえるでしょう。輸出産業は為替の問題と需要低下による打撃で大ピンチです。特に自動車産業は裾野が広いだけに社会への影響が大きいと言われています。

今までも何度か大きな不況がありました。私が大学に入った翌年が第一次オイルショックでした。下宿の近くのスーパーで、トイレットペーパーと砂糖の奪い合いをしている主婦の姿を見て全く理解できなかったのを思い出します。当時の私には、世の中が不況であるとか全く実感がなく、まるで他人事でした。それから4年後には、全国の大手企業をはじめ多くの会社が、新卒採用の募集を停止し、就職難の時代になって初めて不況を学生は体感することになります。

私は、大学を中退して実家の商売を手伝い始めたので、なんとなく気楽なところもありましたが、連日景気後退のニュースばかりでした。ある日、街を歩いてると、前方に走っている自動車に目が留まりました。見たこともないスタイルでリアウィンドウにまでワイパーが付いています。あの衝撃は今でも忘れません。それが、ホンダシビックの第一号車でした。ホンダが軽から普通乗用車への進出した記念すべきクルマです。そのスタイルの斬新さに驚いたのですが、凄かったのはそのエンジンでした。

当時世界一厳しく、パスすることは不可能とまで言われた米国のマスキー法という排気ガス規制法(1970年12月発効)の規制値を、最初にクリアしたエンジンだったのです。石油ショックの時、アメリカは、石油の供給を増やすために油田開発し、自動車産業を保護しました。一方、資源のない日本はガソリンを使わない発想に走りました。その結果が今の自動車産業の優劣に現れているのだとも思います。シビックの登場は、不況の中の日本人に勇気と希望を与えたと思っています。

不況を脱却するには、今までの発想とは違う大逆転の技術革新が必要なのかも知れません。現在、その注目が電気自動車です。ある日、目が覚めると日本の自動車がすべて電気自動車に変わっていた・・・というくらいの大転換が必要です。電気自動車はラジエータもマフラーもエンジンも要らない。電気モーターだけです。他は今までと同じ。熱を持たないので鋼板もプラスチックで代用可能。凄く安価で出来上がるそうです。しかし。バッテリーが高い。高性能高寿命のバッテリーはまだまだ高額です。ところがどうも秘策があるようです。

1ヶ月しか寿命のないバッテリーなら安く作れるようです。使用している間は、毎日家庭用電源で充電できる、約1ヶ月有効のバッテリー。こんなバッテリーと自動車本体を別々で供給するというのです。自動車は部品も少なく安価なため、今までと同じ価格帯で購入でき、バッテリーは毎月レンタルすればいいそうです。毎月ガソリンスタンドなどで交換します。そしてバッテリーのレンタル費用は、月々のガソリン代に相当する価格にしてしまえば、今までと負担は変わらず、一気にガソリン車から電気自動車への変換が可能になるといいます。こんな計画が進められているようです。