新・内海新聞 15号

今回は新・内海新聞新春増刊号ということで、特別企画をお送りいたします。

お正月らしく今年を占う算命学「陰陽(うんよう)五行説」をご紹介したいと思います。古く中国に伝わる算命学。字の如く、命を数える学問で、4000年以上の歴史があります。項羽と劉邦や三国志の諸葛孔明も活用したかも知れません。このワクワクするような陰陽五行説は、恐ろしい的中率で未来を予測します。今回は、紙面の関係ですべてをご紹介することはできませんが、ダイジェストをできる限り説明していきたいと思います。では、悠久の算命学「陰陽五行説」の世界をご案内いたします。

陰陽五行説(うんようごぎょうせつ)

占いというと名前の画数や生年月日などを基にたどっていきますが、個人を見ていくものが大半です。
陰陽五行説は国家や時代を見ていくものと考えれば良いと思います。中国の占いや算命学は戦争のための道具として発達してきました。いかに敵に勝つか?それには敵を知らなければなりません。一目見て敵の弱み強みを発見するために人相学が発達し、そのために将軍は姿を見せなくなり、それを解決するために、生年月日から予測する四柱推命が発達してきました。何かを基準にして相手を見極めるのが算命学です。

陰陽五行説は国家の誕生日を基準にして、そこから国の流れを辿っていきます。国家の誕生日とはいつを指すのでしょうか?国家の誕生日は、陰陽五行説では憲法発布の年を指します。憲法発布の年をスタートとして、その先の未来を見ていきます。時代によって憲法発布の年は違います。また国によっても違います。この陰陽五行説は憲法発布の年さえ判れば、全世界共通の算命学といえます。

まず、下の図を参考にしてください。変形五角形になっていて、一辺が10年です。左の角がスタートです。日本の現在の憲法は昭和22年発布ですので、このスタート地点が昭和22年となります。ここから10年刻みで分かれます。

最初の一辺、①昭和22年から昭和32年の10年間を「混乱の時代」といい、今までの常識が使えず、新しいルールや仕組みがつくられる時代。ベンチャーの時代と言われます。この時代にソニーやホンダなどが誕生しています。

次に②昭和32年から昭和42年の10年間は「教育の時代」で、ある程度生活が安定してきて、知識を得ることへの関心が高まります。経済も成長し始めます。この頃、大学進学率が上がり、平凡社の国民百科事典が大売れしました。池田勇人首相が「所得倍増計画」を発表し、東京オリンピックに向けてモーレツに働いた時代です。

次の③昭和42年から昭和52年の10年間が「経済台頭の時代」といって、経済成長しその果実を得る時代です。1970年に大阪で万国博覧会が開催され、世界第二位の経済大国になりました。反面各地で公害が発生した時代でもあります。

④昭和52年から昭和62年の10年間は「大衆の時代」です。田中角栄首相が登場し、家にはカラーテレビ、クーラー、自家用車があり、「一億総中流化」と言われたのもこの時代です。

⑤昭和62年から1997年の10年間を「権力集中の時代」といって官僚が力を持つ時代です。このときにバブル経済が発生し、そして崩壊の大不況が訪れます。そして、1997年からが第二周目に入ります。再び「混乱ベンチャーの時代」に入ります。この時期にライブドア、グッドウィル、楽天などが登場し、ITベンチャーブームや、株式上場ブームが到来します。

2007年から再び教育の時代に入っています。2007年から新教育基本法が施行され、安倍晋三首相は、教育に重点を置く内閣を目指すとまで言っていました。この「教育の時代」から大衆の時代までの30年間はもっとも良い時代とされ、日本のファンダメンタルは良好です。経済は、自動車と道路の関係で例えられることがあります。道は高速道路でも、自動車がポンコツでは、早く安全に走れません。反対に、自動車はベンツでも、道路がぬかるみでは早く走ることができません。現在の日本の状態は、道路は高速道路、自動車はベンツという状態です。

しかし、未曾有の不況が予想されています。道路も良く、自動車も良いが、外は大嵐でワイパーも効かない、という状態でしょうか?こういう時は、小降りになったら、少し進み、大降りになったら路肩に止めて様子を見る。この繰り返しともいえます。

50年前の昭和33年から昭和35年あたりの時代背景が、現在とても参考になるかも知れません。当時の政治家は、難しいことは言わず、「所得を倍にする!」と宣言し、手を打っていきました。実際に8年後、平均所得が倍になったのです。今もこのような夢が必要かも知れません。図の変形五角形の真ん中に斜めの点線が引いてあります。1992年から2012までの20年間を指します。この時代を「女時(めどき)の時代」 といい、女性が大活躍する時代です。この時の世の中は暗く陰湿です。別名「鬱(うつ)の時代」ともいい、うつ病患者が多く発生します。

さて、お隣の中国はどうなのでしょうか?中国の憲法発布の年は、1982年です。(つづく)

 

陰陽五行説 中華人民共和国と大日本帝国憲法の場合

中国の憲法はこれまで何度もつくられましたが、現在使われているのが、1982年に発布された「中華人民共和国憲法です。

ここから、数えていくと現在の中国は、「経済台頭の時代」の6年目にあたり、日本の昭和48年頃に相当します。日本の昭和48年(1973年)というと、大阪万博後の、少し気持ちの緩んだ時代でした。歌謡曲でいうと、沢田研二の「危険なふたり」、かぐや姫の「神田川」、井上陽水の「傘がない」「夢の中へ」「心もよう」、浅田美代子の「赤い風船」、チューリップの「心の旅」、ペドロ&カプリシャスの「ジョニーへの伝言」 、山口百恵の「青い果実」といった曲流行っていました。昭和歌謡曲全盛の時代・・・そんな時代でした。

全共闘も終わり、ベ平連もなくなり、反戦でもない、新しい自由に向けて動き出す直前の時代でもあります。中国は、今から4年後、「大衆の時代」に突入します。圧倒的な人口が、大衆の文化レベルに駆け上がるということは、想像を絶する経済成長が予想できます。

日本には、明治時代にも大日本帝国憲法がありました。この憲法発布の年は、明治22年。当然、明治22年に陰陽五行説はスタートします。混乱の時代に森永製菓や博報堂などのベンチャー企業が誕生しています。次の教育の時代には、教育基本法ができたり、小学校が義務化され6年制になっています。経済台頭の時代には、タクシー業が営業開始されたり、日本橋三越ができたり、第一次世界大戦による特需で景気が上がりました。次の大衆の時代に入ると米騒動や男子普通選挙が開始されたり、労働争議が起こります。関東大震災もありました。

その次の権力集中の時代になると、浜口首相暗殺、五・一五事件、満州事変、二・二六事件が発生し、次の節目の昭和14年には第二次世界大戦が勃発。軍部という権力集中の時代です。

すでに、時代は「混乱の時代」というこれまでの常識が使えない新しい時代に入っているにもかかわらず、過去の常識の戦争になり、昭和20年に終戦。その後、2年間のブランクがあり、昭和22年に現在の新憲法が発布され、再び、スタート地点に強制的に戻されました。これらは、すべて陰陽五行説に表現されていることですが、なぜこのようなことが予言できるのか不思議でなりません。

 

 

松下幸之助氏が晩年愛した眞々庵。 祖父と母から松下幸之助さんの話は繰り返し聞かされました。 祖父は結局、松下幸之助さんと袂を分かつことになりましたが、本当はとても大好きで尊敬していたのだと思います。

戦前の松下電工(現在のパナソニック)で常務取締役として松下幸之助さんと机を並べて、大阪門真で陣頭指揮をとっていた祖父。自らも近鉄の天美松原で機械工具の軍需工場を経営し、戦後の日本復興を松下幸之助さんと誓いあったと聞きます。本当に尊敬していたのだろうなぁ。そんな松下幸之助さんは祖父のようにとても近くに感じます。(以下に続く)

松下幸之助 真々庵 松切り事件

松下幸之助さんが、何かあるといつも籠もったという眞々庵(しんしんあん)。 見事な庭園とお茶室だけの場所です。京都南禅寺のすぐ近くにあります。眞々庵の庭に根源社(こんげんしゃ)という社があります。伊勢神宮をイメージしてつくられました。その根源社が見たくて仕方なくなり、縁を頼りにたどり着きました。ここはパナソニックの社員も入れません。ここの庭の美しさは、息をのみます。

眞々庵は、今から110年前に 庭師小川治兵衛さんによってつくられ、1960年に松下幸之助さんが個人で購入されました。そして、当時庭を管理していた庭師の川崎幸次郎さんに「宮本武蔵や荒木又兵衛門も、寸鉄帯びずして敵を制するいうて、刀を抜かんでも敵に勝ったいうやないか。そんな庭を作ってんか!」 そう命じられました。

さすがの川崎幸次郎さんも困った。しかし、川崎幸次郎さんは、ハッと気づいて、銘木や銘石など一切使わず、ありふれたものを組み合わせてつくられたのが、この眞々庵の庭園です。川崎幸次郎さんは見事に松下幸之助さんの理想とする庭を完成させたのです。確かに、桃や桜やつつじなど花をつける木は一本もありません。あるのは杉と松ともみじと石と一面の苔だけ。閑散ともせずうっそうともせず見事としかいえません。庭のことなど何も解らない私にでもその凄さが感じられます。

眞々庵にある根源社は、通称「根源さん」と呼ばれています。森羅万象、宇宙の根源に感謝と祈念を込めるために作られたと聞きました。松下幸之助さんは、何か悩み事があるとこの前で長い間瞑想されたと聞きました。この根源さんを、自分の目で見るのが今回の目的でした。こんな逸話があります。ある日、松下幸之助さんは
「なぁ、幸次郎。あの松の木を切ったらどうやろう?」 とたずねました。
川崎幸次郎さんは「いえ、あの松はこの庭で唯一というくらい立派なものです。その木を切るなんてとんでもありません。」
しかしその後も、松下幸之助さんは川崎幸次郎さんに、
「あの松を切ったらどうやろう」と、毎日毎日何度も何度もたずねるので、川崎幸次郎さんは、「ええぃ、もうどうにでもなれ!」とその松を切り倒してしまいました。

・・そうしたら、どういうことでしょうか!ほかの松やもみじや杉の木が、活き活きと見え始めたのです。後に松下幸之助さんはこう言われたそうです。スタープレーヤーに頼るのではなく、平凡な人たちでも補い合って力を発揮することの方が重要。そういう人の集まりが何よりも強力なのだ・・・と。これが、眞々庵の松切り事件です。

庭の中心に池があります。池の中に小さな中之島があり、そこまでいくつかの飛び石があります。 その飛び石のなかに2個だけ石臼がありました。使い古したような石臼。 普通、こんな立派な庭の、しかも一等地の飛び石に、間に合わせたような石臼は使うまい・・・なぜ石臼なんだろう?・・・そう思ったとき私の耳には幸之助さんの声が聞こえたのです!いや、聞こえたような錯覚かもしれません。この眞々庵をつくった本当の理由を・・・。松下幸之助さんの声は私にはこう聞こえました。

「ここにあるものすべてに名前をつけてるんや。世話になった人の名前や。あの石臼はな、私にとったら世話になった取引先の方々や。あの杉の木一本一本は、うちの製品を買っていただいたお客様の皆様、この石は苦楽を共にした従業員たち、このもみじは、社員たちを支えてくれた家族の皆様 この眞々庵の木も、石も、灯篭も、苔も、川のせせらぎも それぞれ関わった方々のお顔と名前を思い出しながら置いていったんや。根源さんにいつも相談することは、『本当にお客様のためになるんか?』『本当に従業員のためになるんか?』 『本当に取引先のためになるんか?』 根源さんには、そのすべての答えが入ってるんや。」その甲高い松下幸之助さんの声は、今でも私の耳の奥に残っています。

フラスコ産業を探せ!

前々回の新・内海新聞でも少しご紹介しました。糸川英夫博士の著書にでてきた言葉です。フラスコとは、実験などに使うガラス製容器です。フラスコというのは誰かが作っているのでしょうか。フラスコの市場は小さく今後の大きな発展もなく、はっきり言って斜陽産業。

しかし、こんな市場でしっかりフラスコだけを作って生計を立てている企業もあります。もっと華やかな世界に転身!という考えもあるでしょうが、ここを動かないこと! 糸川博士はそういわれてます。フラスコの市場はきわめて小さく、一社のメーカーだけで均衡が取れています。

フラスコは大きな発展もない代わりに、研究所や学校では必需品なので絶対に需要はなくならないのです!つまり、小さな安定した独占企業なのです。この小さなフラスコ市場に新たな競合先が進出してくることを想定してみましょう。後発組は、安売り戦略が一般的です。お客様は、両者に分散していくことになります。

後発組は大きな赤字覚悟で攻めなければなりません。もちろん先発組も顧客減による売上や利益のダメージは避けられないでしょう。マーケットが小さすぎるために、後発組が黒字に転換することは極めて難しく消耗戦が続きます。最終的には、肺活量の差、つまり手持ち資金の差の勝負になります。結局、先発組は利益を出し、後発は万年赤字の構造になり勝敗が決まってしまいます。一社で均衡が取れるマーケットだからです。

こんな話を聞きました。ある大手紳士服メーカーのA商事は、ロードサイドにどんどん店を出しています。このA商事は 田舎で店舗が一店舗もあれば十分という小さな地域を探し出し、出店攻勢をかけました。A商事はこういう小さく狭いエリアの店舗展開を全国に積極的に行っています。後発の競合先は、もしそこに進出すれば相当な赤字を覚悟しなければならないので、その地域に怖くて出店できません。このA商事は、これら小さな地域からの集積の利益で磐石な経営基盤をつくっています。

これもフラスコ産業を探せ!のひとつかも知れません。フラスコ産業とは「小さな市場で、その独占企業に上り詰めることが大事!」ということを教えています。今から20年くらい昔、私がまったく仕事もなく風前の灯火だったころ 本当にお世話になったコンサルタントの泉田豊彦さんはいつも「No.1戦略」を言われます。No.1になるまで絞り込め!ということです。

たとえば 、花屋を始めようとしていても、花屋は全国にいっぱいあります。どこにもない花屋になるまで絞り込め!ということです。
(1) 同じ花屋でも「バラの花」しか扱わない花屋になる。
(2)さらにバラの花でも赤いバラの花だけを扱う花屋にする。
(3)そして、一本だけでは売らない。赤いバラ100本の花束だけを扱う花屋にする。
(4)そして、店頭では一切販売しない。店頭にあるのは見本だけ。注文はすべてインターネットで受けて全国に宅配します。

そんな花屋は日本にありません。「全日本バラの花束配達会社」です。そこまで絞り込めば、この分野では日本一! No.1!恋人や奥さんへの贈り物専門です。花屋で買って手に持って帰るのは恥ずかしい。インターネットでいつでもどこでも申し込めることは男性にとって大変便利です。ココ一番の勝負の時の強い味方のお花屋さんです。ここにもフラスコ産業が成立します。

IT分野においても、大きな成長性のあるマーケットで、いつも最先端なのは、確かに格好いいかも知れません。しかし、そこは常に競争で技術の進歩と陳腐の繰り返し。いつまでたっても先行投資で儲けの構造に辿り着きません。もしも、すでに時代遅れで、しかも、小さく古くとも確かな需要のある技術というものがあったとしたら・・・。こんな古い技術に若者は進んで勉強しようなんて思いませんから、大きな進化もない。企業も見向きもせず、競争の無風地帯が出現します。

進化がないからコストが安く、競争がないから独占でき、小さくとも需要があるから永久に無くならない。そしてその市場は極めて小さい。マイクロマーケットです。実は、ココにビジネスのヒントが隠されているような気がします。この様なフラスコ産業は、探せばまだまだ存在します。

創業の頃にお世話になったある経営者から教わった戦略を思い出します。それは「クラスター戦略」。ブドウの房のように小粒でもしっかりした実を付けてゆく戦略をとること。その粒の一つ一つは、ビジネスモデルは小さいけれど、フラスコ産業で独占している。そんなブドウの房を増やしていく考え方がこれから重要になってくるのかもしれません。