新・内海新聞 26号

この内海新聞を書き始めて何年になるだろうか?最初は社内の人たちへのメッセージ(社内報)としてスタートしました。営業の人たちがお客様にお見せしたところ、「こちらにも送ってほしい。」という声が多くなり、拡大版として再スタートしています。一時は、ご自宅や会社に郵送させていただき、発送数は、毎月3500通に達しました。

その後、個人情報保護法の関係で直接営業担当がお客様にお届けするというスタイルで継続させていただいております。以前、この内海新聞をご覧になったサンマーク出版の編集者からの依頼で単行本として出版もされました。「出会う人みな仕事の先生」です。すでに絶版となっておりますが、Amazonでは、いまだにプレミアがつく価格で販売されているのは、とても有難く思っております。

感動は経験の二乗に反比例する

難しい公式ですが、マーケティング戦略に使われています。簡単にいうと、人は感動を求めて生きています。たとえば、生まれて初めて東京ディズニーランドに遊びに行った時の事を想像してみましょう。入場ゲートの左側前方にある「カリブの海賊」。私は昔初めて入った時感動しました。ただ舟にのって流されていくだけですが、リアルに作られていて、本当に海賊の横を通過しているようです。海賊船同士が大砲で射ち合い、水しぶきが上がる様には、思わず首をすくめるほどです。とても驚いたのを覚えています。

何年かして、再び「カリブの海賊」の舟に乗る機会がありました。やはり、わくわくして感動したのですが、以前ほどの驚きはありません。もちろん、ストーリーが判っているから、次はこうなるだろうと予測しているからかも知れません。おそらく、三回目に乗ったときには、もう驚きよりも落ち着き払ってゆったりと見ていられるのだと思います。感動しなくなった・・・というのか慣れたというのか、カリブの海賊に行くたびに、その興奮は冷めてきます。

これを、「感動は経験の二乗に反比例する」といいます。マーケティングという言葉の翻訳で、日本語にもっともふさわしい言葉はない・・・とよく言われれます。ただ、自己流に訳すと「マーケティングとは、人の行動を分析し、次の行動を予測する」とでも言いましょうか、行動予測の学問がマーケティングともいえます。そのマーケティングで、お客様に感動を与えるために刺激策をとった場合、すぐにその刺激に慣れてしまい、次なるより強力な刺激を用意しないと感動してもらえません。このように、刺激の経験を積めば積むほどそれに慣れてしまい、感動しなくなります。感動を求める戦略ばかりとっていると、それはどんどんエスカレートしてコストのかかる、成果の少ない戦略になる可能性があります。感動追求ではなく、人の習性に即した方法とはないものでしょうか?

その習性を利用した法則があります。
「好みの管理」というものです。

好みの管理とは、一言で言うと「人は好きなことを繰り返す」です。たとえば、腕時計を1個持っていて、いつも装着しているのは同じ時計のAさん。おそらくAさんは、その時計を壊れるまで使い続けると思います。たとえ、友人から別の時計を貰っても、いつもの同じ時計を使います。そして、自分の腕時計を3個以上持っているBさんは、その時計を使い分けて装着するでしょうし、次に買うなら、どの時計という具合に決めている人だと思います。この違いはどこから来るのでしょうか?

それは、Aさんと違ってBさんは、腕時計が好きなんです。Bさんはこれからも腕時計を購入し続けるでしょうし、貰い続けることでしょう。「人は好きなことを繰り返す」この「好みの管理」で人の行動を分析をすると面白いかもしれません。ある百貨店で、顧客データベースを作っていました。そのリストを使って大量のダイレクトメールを送付する計画が持ち上がりました。しかし、その効果は見えません。その会社に大きなコンピュータは導入されていましたが、その利用はローン利用者の債権管理のためだけに使われていました。ローンがあと何ヶ月残っているのか?入金確認や遅延情報などです。マーケティングには使われていないのです。しかし、この債権管理のコンピューターには、どこの誰が、いつ何を購入したのか、という記録が残っていました。

この購入履歴で、たとえば時計を過去3個以上購入した人とか、3万円以上の靴をこの数年で何足も購入した人とかを抽出し、セグメントした商品の特集DMをつくり、繰り返し購入する人に向けて絞り込んだダイレクトメールを送付しました。

「人は好きなことを繰り返す」

予想通り、大きな反応を得ることができました。この繰り返しを見つけ、その前後にある行動を分析することは重要であると再認識できます。このダイレクトメールの話は、私のマーケティングの師匠の体験談ですが、この体験からこの「好みの管理」という考え方が作られました。

美味しい料理は心を癒してくれる

最近、立ち寄った美味しいお店をご紹介します。
1軒目は、スペイン料理の「RICO(リコ)」

神戸の六甲アイランドの中のリバーモールイーストの中にある小さなお店です。野口真一郎シェフが一人で切り盛りしています。スペイン料理とイタリア料理の区別がつかない私にも、これは美味しいと唸らせる料理とワインを出してくれます。先日は、大阪内海塾の塾生の方々とお邪魔したのですが、食べ始めると、賑やかな話し声が止み黙々と食べてしまいました。もしも、お近くにいらっしゃる方にはお勧めです。

神戸市東灘区向洋町中1-1-18 リバーモールイースト1F
078-939-6278 「RICO」

 

もう一件は、初めてお邪魔したお店です。中国料理の「同源」という店です。
オーナーシェフの銭明健さんはイタリアン・フレンチの修行をし、中華料理の世界に入った人。1990年代、関西初の本格ヌーベルシノワの店として有名だったTAO「須磨リゾート」「磯上通り本店」「北野店」で8年間にわたり料理長部長を務め、中国料理界に影響を与え、東京「ゴールド香港グループ」に総料理長として招かれ、その後「同源」のオーナーシェフに。18席だけの小さなお店ですが、医食同源からきた屋号のとおり、漢方もアレンジした落ち着いた味付けになっています。

特に、「くらげ」と「えびのチリソース」は絶品でした。普通、中華料理のくらげは太目の千切りにして、きゅうりと酢で合えるのですが、ここのは大きな花が開いたような塊で出てきます。きゅうりとミニトマトをあしらって上品ですが、そのコリコリした歯ごたえは絶品です。これで900円。えびのチリソースは、私も得意料理の一つですが、えびが大きく、長ネギと松の実の使い方が絶品。1300円。締めは、特製味噌で絡めた「マーラータンメン」。少し辛いですが細麺に絡まってこれも絶品。

神戸市灘区岩屋北町4-4-8 丸山ハイツ1 F
078-871-7761 「同源」

 

最後の一軒は、小田原です。くるくる寿司「禅」です。
ここのオーナーの西尾明さんは、もともと武道家。空手で世界を武者修行で回っていたとき、食べるためにカナダの寿司店にアルバイトをしたことがきっかけ。そこで料理に目覚め、空手でみんなを幸せにしたいという思いが、料理で人を幸せにすることに変わり、海外で修行して寿司職人になった変り種。お店に入ってみれば回転寿司ですが、雰囲気がまるで違う。イベリコ豚の大きな足がおいてあったり、世界のビールが100種類以上。ワインも日本酒も焼酎もその数は半端ではない。寿司は地元小田原の地魚を中心に黒板にメニューがぎっしり、またフレンチのお店か?!と思わせるようなフォアグラやエスカルゴなど洋食メニューもずらり。「寿司ビストロ」と呼んでください!と西尾オーナー。店内は常時お祭り状態です。

小田原市東町2-1-29
0465-32-7001 あじわい回転寿司 「禅」

 

ありがとう

「ありがとう」という言葉は素晴らしいです。普段、何気なく使っているこの「ありがとう」ですが、その由来を調べてみると非常に興味深いものがあります。

「ありがとう」は「有り難し」から派生しています。

「有ることが難しい」「非常に稀である」という意味です。有り得ないこと・・・とも読みとれます。今、まさに有り得ない事が繰り広げられている・・・つまり、今まさに目の前で奇跡が起こっているという意味に通じます。相手への感謝の言葉ですが、その感謝は「こんなことは有り得ないくらい感動的で、奇跡に値する驚きと感謝の念と同様の気持ちでおります。」という深い意味にもつながります。一方で、渡来したポルトガルの宣教師が「オブリガード」と言っていたことに由来するという説もありますが、これ以前にも「有難う」は使われていたという記録があるので、日本固有の言葉なのだと思います。

また、その説の正反対のことをポルトガルでは学校で伝えられているそうです。ポルトガル語の “obrigado” オブリガードは日本語の「ありがとう」から来た言葉ですと教えているとも聞きました。

昔、日本に渡ってきたポルトガル人が日本人と接触。当時の日本人の礼儀正しさと感謝ぶりに大いに関心し、「有難う」の語源をポルトガルに伝え、”obrigado” オブリガードになったという説です。その真相は、定かではありませんが、もしもそうだとしたら、とても誇らしいことでもあります。

私は、関西出身ですので、「有難う」とは言わずに「おおきに」と言うことが多いのです。これも「おおきに有難う。」⇒「おおいに有難う。」から来ていて、下の有難うが省略されたものです。そういえば、東京丸の内にあるお好み焼きの「きじ」さんは、大変おいしいのと、並ばないと入れないことで有名なお店ですが、ここのお好み焼きを焼いている職人さんは、全員大阪から連れてきた方々です。ですから、店内は「おおきにー」「おおきにー」「おおきにー」と大きな声が飛び交います。

そうか、このお店でこういう風に美味しいお好み焼きを食べられるのも、ここに来られている方々と出会うのも、いつものようにお店の方々と冗談言い合えるのも、ひょっとすると本当は、有り得ない(関西弁では「ありえへん」)ことなのかも知れません。まさに、このお好み焼き屋さんの中に奇跡が繰り広げられているのです。そう考えると、目の前のお好み焼きも愛おしく感謝の気持ちでいただけます。日本人の心と日本語の心は、奥深く素晴らしいものだと再認識してしまいます。

新・内海新聞 25号

ご存知、金子哲雄さん。いやぁー、有名になったものです。大体、モノを見る視点が違います。初めてお会いしたのは、彼がJOMOを退職して、独立したての頃でした。 全くの初対面。 お互い一緒にいた友人同士が友人だったという偶然からすれ違いざまに出会いました。

その時、ビビビっと来てそれ以来、いろいろと公私共にお世話になっています。そうそう、その金子さんが最近またまた本を出しました。「超三流主義」という本です。扶桑社から出ています。清く・貧しくゴージャスに! 年収200万円で600万円の暮らしを! が、キャッチコピー。 目からウロコの連続です。

流星哲学ふたたび

以前にも書きましたが、今回は詳しくご紹介します。流星哲学・・・聞きなれない名前です。私が命名しました。昭和63年2月に単身で上京し、会社を創業した頃の話です。会社は創ったけれど、何をするかは何も決まっていませんでした。とりあえずゆっくり考えて決めればいい・・・そんな呑気な創業でした。日に日に、500万円の資本金も無くなっていき、だんだん焦りが出始めた頃、大阪の知り合いのOさんから一本の電話が入りました。

「元気ですか?来週の月曜日に東京に行くので紹介したい人がいる。私の会社の上司です。時間を空けてください。」

仕事も無く、暇をもて余していたので「24時間、いつでもOKです。」と応えてしまいました。

当日、企業セミナーがあり、その講師として来られていたOさんの上司の方とお会いすることができました。西新宿のワシントンホテルの非常階段の踊り場でした。セミナー会場は人でごった返していたので、仕方なく踊り場に折りたたみの椅子を持ってきての自己紹介でした。お会いしたのは、船井総合研究所の常務取締役の泉田豊彦さんでした。自己紹介しなさい・・・と言うことで話し始めると、途中でいろいろ割り込んで質問してこられます。
①なぜそう思ったのか?
②どこでそれを確信したのか?
③その裏づけになる数字を持っているのか?
④今後どうなると思っているのか?
⑤その内容を一言でいえるのか?・・・
いままでされたことの無い質問の嵐に大変戸惑ってしまいました。結局、殆ど言いたいことも話せず、時間切れで解散となりました。

「何やってんだろう・・・・。」

セミナー会場の後ろの隅から講演を聞かせてもらいました。数百名の参加者です。おそらく、どこかの会社の社長や重役ばかりなんだろうな・・・そう思いつつ、セミナーパンフレットを見てみると、とても参加できるような費用ではありません。いつかこんなセミナーに参加できるようになりたい・・と思いました。数日後、私の小さな事務所に電話がありました。船井総合研究所の秘書室からでした。

「来月、泉田が上京しますので、その際お会いしたい。スケジュールの調整をしていただきたい。」という内容でした。「何の用だろう。」後日、再び電話がありました。今度は泉田さんご本人からでした。「芝パークホテルに泊まっているので、朝7時に一階のフロントから部屋に電話してくれる?モーニングコールしてください。一緒に朝食をとりましょう。ごちそうします。」お金が無くて、食事も抜いたりしていた私にはありがたい話でした。一緒に朝がゆセットを食べながらいろいろな話を聞かせてもらいました。

「さて、次回は再来週に来るので、また今日と同じように電話をお願いできますか?」それから、泉田さんが上京される時には必ず一緒にホテルで朝食をとるようになりました。その時にお話される内容が面白く、また大変勉強になる内容だったのです。やがて、それはマーケティング理論のマンツーマンの講義になってゆきました。コップに敷くコースターがホワイトボード代わりです。何枚も何枚もコースターが積み上がっていきました。「君には何か夢があるの?」「はい、あります!」「だったらその夢が必ず実現する方法を教えてあげよう。」 そんなうまい話があるのだろうか・・・

「それはね、夜、窓を開けて空を見上げるのです。そこには満天の星空。その時、一筋の流れ星が流れました。・・・その瞬間に君の願いを一気に言い切りなさい。それができたなら、君の願いはきっと叶うであろう。」
「・・・・・・・・それは御伽噺では・・・・・?」
「今君は、そんなバカな・・・っと思ったでしょう。では、質問しよう。流れ星がいつ流れるか言ってみなさい。どこで流れるか言ってみなさい。・・・言えないだろう! いつどこで流れるか判らない。しかも1秒しか流れない・・・そんないつやってくるか判らない瞬間に、自分の思いを言い切るには、24時間365日考え続けていないとできない芸当なんだよ。そこまで君は考えていますか?」

ショックでした。それまでは「いつかできればいいな。」そんな感じでした。それ以来私は、この話に「流星哲学」という名前を付けて自分自身を戒めるようになりました。

現代の帝王学

今から30年程前の話です。私は事情があって大学を中退し実家の商売を手伝っていました。ある時、大学時代の医学部の4年先輩の山本さんから電話がありました。「今からそっちに行く」と一言。神奈川県相模原市からは相当距離がありましたが、彼はやってきました。その用件は、私に一冊の本を届けるためでした。私が大学を中退して腐っているだろうと心配してやって来たのです。彼が私に渡した本が「現代の帝王学」という本の初版本でした。伊藤肇さんという方が書かれた本です。この本は、組織のトップに立つための心構えがかかれてあり、その内容は「人との出会いの大切さ」が書かれてあります。

その内容の難しさに最初は全く意味がわかりませんでした。それでも何とか少しずつ読み進み3年かけて読み終えました。この本は、その後私のバイブルとなりました。もう30年間読み続けています。すでに7冊目です。ボロボロになって、何度も買い換えた結果7冊も買うことになりました。この本に書かれていることは、「人との出会いの極意」そして3つのことしか書かれていません。目次に従うと、

第一章が「原理原則を教えてもらう師を持つこと」
第二章が「直言してくれる側近を持つこと」
第三章が「よき幕賓(ばくひん)を持つこと」

この3つのことが順番に出てきます。幕賓とは、組織に属さず、でも付かず離れず傍にいて、いざという時に重要なアドバイスをしてくれる人です。イメージ的には、水戸黄門のような時代劇に登場する賭場の奥の隅に、徳利酒を飲んでいる用心棒の浪人侍といったところでしょうか?

出会いとは邂逅(かいこう)であると言っています。何か運命に基づいた出会いというのでしょうか?絶えず自分自身に「問い」を持ち続ける事。この「問い」の中に必要な邂逅が訪れる。「問い」があって初めて邂逅となり、「問い」の無い出会いは、単なる「社交」である・・・と書かれていました。自分にとっての「原理原則を教えてくれる師」とは誰なのだろう。「直言してくれる側近」を持つためにはどうすれば良いのだろう。自分にとっての「よき幕賓」とはどういう人物なのだろう。

この本の影響から絶えず考えるようになりました。それから、「人の出会い」ということが自分自身のテーマとなり、今の仕事に繋がっています。この中の「人生の原理原則を教えてもらう師をもつこと。」のところでこんなエピソードが書かれていました。日本信販の創業者で山田光成さんのご子息の結婚披露宴の時の話です。山田さんの原理原則を教えてくれる師というのが、臨済宗妙心寺の梶原管長です。その梶原管長が主賓として結婚披露宴にご出席されたときの話です。

窮すれば・・・

日本信販創業者の山田光成さんのご子息の結婚披露宴に出席された臨済宗妙心寺の梶原管長が主賓として祝辞のご挨拶に立たれました。その内容を聞いて、参列者は驚きました。参列者は政財界からの招待客ばかりです。穏やかな口調で、梶原管長が話し始めました。

「本日は大変おめでとうございます。今日のよき日にこのように祝辞を述べさせていただくのは大変光栄なことであります。新郎新婦に置かれましては今まさに幸せの絶頂。これからの幸せな人生を夢見ておられることと思います。

仏教の世界に、寸善尺魔という言葉がございます。簡単に申しますと、一寸先は闇ということでございます。今幸せの絶頂である新郎新婦ですが、明日にはどうなるかわかりません。二人の行く手に大きな災難が訪れるやもしれません。『窮すれば通ず』という言葉があります。ピンチが訪れた場合、それは考えようによってはチャンスとなり、道は通じるもの・・・といわれますが、これはとんでもない間違いです。窮したものが必ず通じるのであればこんな楽な話はございません。この言葉は、正しくは「窮すれば変ず、変ずれば通ず」ということです。窮した時、にっちもさっちもいかない状態になり、もうだめだ・・・と思ったとき、自分自身や周囲に何か変化が起こるものです。その変化に気付き、捕らえられたものだけが通じるのでございます。」会場は、静まり返りました。この梶原管長は未来が予知できるのかと思わせる事件がその翌日の1974年3月3日に発生したのです。

ヨーロッパツアーの飛行機がパリ上空で行方不明になりました。この事故で乗員12名、乗客334名の合わせて346名全員が犠牲になりました。また犠牲者のなかには48名の日本人が含まれていました。このツアーの代理店を日本信販の子会社が受け持っていました。海外の飛行機会社であったために情報が全く入らず、焦った乗客の家族は日本信販に押し寄せました。考えてみれば日本信販も被害者なのですが、旅行を企画したということでマスコミも一緒に非難し始めました。その旅行代理店の社長が山田光成さんでした。山田さんは、被害者でもあるはずなのに、意を決して記者会見を行い、その全面に立たれ、全力でその事故対策にあたられました。

普通なら、追い詰められた状態で大変な心労であると思うのですが、山田さんの心には変化がありました。この乗客の皆様方は、ひょっとして前世で大変お世話になった方々かも知れない。もしもそうであれば、今こそ自分はその方々に対して恩返しをしなくてはならない・・・そう感じられ誠心誠意対応に当たられたそうです。そのことが後日、日本信販への大きな評価となったのはいうまでもありません。まさに原理原則の師、梶原管長の教え通りでした。

新・内海新聞 24号

最近、蛍の養殖を手がけている方と出会いました。趣味で始めたのがだんだん本気になって、蛍養殖ではとても有名人です。蛍は幼虫時代と成虫時代は全く違う生き物といっても過言ではありません。お尻が光る成虫は、なんとなく優しい温厚な昆虫のようですが、幼虫はなんともグロテスクな凶暴な肉食昆虫です。

成虫は交尾し、1週間ほどで死んでしまいます。土の中に産まれた卵が秋に孵化し、土から這い出して水を求めて歩きます。既にその頃から尾が光っているそうです。7回ほど脱皮を繰り返し成虫になりますが、成虫は水しか飲まず何も食べません。幼虫の時に、カワニナという巻貝だけを食べつくし、体力をつけて成虫になるそうです。このカワニナもある種類のものしか食べない超偏食のようです。

パンとサーカス

「パンとサーカス」とは、聞き慣れない言葉ですが、古代ローマで人心掌握に使われた手法。古代ローマでは、食糧と娯楽は無償で配られました。生活の糧とレジャーで大盤振る舞いをすることで、国民を政治的無関心にしたと言います。パンとサーカスが与えられると、国民は骨抜きにできるととローマ時代の皇帝は考えたのです。

「パンとサーカス(ラテン語: panem et circenses)」は、詩人ユウェナリスが古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現と言われています。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘しています。ここではパンと見世物と表現しています。地中海世界を支配したローマ帝国は、広大な属州を従えていました。それらの属州から搾取した莫大な富はローマに集積し、ローマ市民は労働から解放されていったのです。そして、権力者は市民を政治的無関心の状態にとどめておけば、政権は安定すると考えました。

「パンとサーカス」を市民に無償で提供し始めたのです。 食糧に関しては、穀物の無償配給が行われていたうえ、さらに大地主や政治家たちは、大衆の支持を獲得するためにしばしば食糧の配布を行っていました。皇帝の中にも、処刑した富裕市民の没収財産を広く分配したネロ帝や、文字通り金貨をばら撒いたカリグラ帝の例があります。 食糧に困らなくなったローマ市民は、次に娯楽を求めたのです。

これに対して、権力者はキルクス(競馬場)、アンフィテアトルム(円形闘技場)、スタディウム(競技場)などを用意し、毎日のように競技や剣闘士試合といった見世物を開催することで市民に娯楽を提供し続けました。こうした娯楽の提供は、当時の民衆からは支配者たるものの当然の責務と考えられており、これをエヴェルジェティズムと呼びます。このような社会的堕落は、ローマ帝国の没落の一因となったとも言われています。

また、「パンとサーカス」に没頭して働くことを放棄した市民(これらの多くは土地を所有しない無産階級で proletariプロレタリーと呼ばれた、プロレタリアートの語源)と、富を求めて働く者と貧富の差が拡大したことも、ローマ社会に歪みをもたらすことになったと伝えられています。(出典:一部Wikipediaより引用)。

確かに、歴史を見ても、それに近いことが繰り返されてきたようにも思います。属州支配は、貢租という形でローマに多くの富をもたらすことになったが、その果実は,属州総督(官職貴族)や属州支配のための請負業務を担当した騎士層の手に集中することになった。他方、属州からもたらされる貢租としての穀物は、大都市近在の農民から重要な市場を奪った。

また、イタリア以外での戦争が長期化・大規模化する中で、軍隊の中核を構成していた農民層は疲弊し,その被害は甚大であった。にもかかわらず、元老院貴族や騎士層などの富裕な市民は、没落した中小農民の農地を購入したり、前述の公有地を占有したりすることによって所有地を拡大すると共に、ローマやイタリアに流入してくる戦争捕虜としての奴隷を入手することによって、一部で大土地所有に基づいた奴隷制大農場経営を形成していった。このように、一方で官職貴族や騎士層が富を集中させていき,他方で、農民が貧困化し、農地を手放してローマ市に流入することによって、ローマ市民の分解がさらに進行することとなったのである。この両極分解の象徴的な現象が、「パンとサーカス」に集約されているとも言える。
(引用:世界大百科事典、 株式会社日立システムアンドサービス文献より)
日本の中にこのような「パンとサーカス」が一般化されなければ良いのですが・・・。

クレームの定義と深イイ話

先日、勉強会で「クレームの定義」という話をしました。「約束と結果の差分の要求」というのがクレームの定義です。これだけ実行することを約束します!と契約したにも関わらず、結果がそれに満たなかったことに関して、その差額を要求しているのだ・・・というものです。何も作業全体にクレームが出ているのではなく、その足りない差分を補ってくれという声だと思っています。

では、クレーム処理は、その足りない部分を直ちに補わなければならないのですが、もしも、補えたところで相手の憤りはなかなか収まりません。そんな時、不足分以上の何かをプラスアルファしてお返しして初めて相手の方は納得されるという場合があります。クレームというのは、予定外のアクシデントですのでその問題点について、お客様もこちらもずっと考え続けます。この「考え続ける」という行動こそ大切であり、ビジネスチャンスだと思っています。

本日、営業で訪問したことを、そのお客様は明日どれくらいの時間思い出してくれるだろうか?おそらく、数秒も思い出さないだろうと思います。他に考えることも多い訳ですから、いつまでも考え続けてくれる筈もありません。しかし、マーケティングでは「お客様に考え続けてもらう」ということをしてもらうために、広告代理店という会社に多額のお金を払って様々な活動をしている訳で、考え続けてもらうというのは、とても困難なことなのだということが理解できます。

しかし、クレーム発生時には、黙っていてもお客様は、ずっとその対応や当社のことを考え続けていただいている訳ですので、その対応次第で、数億円という広告効果があるといえます。さて、この話をしていると、友人のSさんが、こんな話をしてくれました。

「実は、先日家内と一緒に用賀のKマートに買い物に言ったんですよ。晩ご飯の買い物をして、自宅に帰ってから、レシートをチェックしていたら、1個80円のレタスが2個と打ち込まれていました。買ったものを調べてもレタスは1個だけです。翌週の週末、再びKマートに行ってこのことを話したんです。うちは夫婦二人なのでレタス2個も買うはずがないし、実際1個しか袋には入ってなかった・・・と伝え、レシートを渡したんです。店員さんは、少しお待ち下さい・・・といって急いでバックヤードに入って相談に行きました。そしてすぐに戻ってきて、失礼いたしました。これは返金させて戴きます。とお金を渡されたのですが、それが125円返されたのです。前回は80円でしたから多いですよ、とお伝えしたら『いいえ、本日のレタスの値段は125円ですのでこのお値段で返金させて戴きます』・・と言われました。

それから、家内が感動してしまって、もうこれから毎日Kマートに買い物に行くって言っています。これも約束と結果の差分の要求プラスアルファ・・・ですよね。」そんな、体験談をされていました。確かに、そうなんですよね。

客道(きゃくどう)

「客道(きゃくどう)」とは?
若い頃、飲食業に携わっていた頃からいつも考えていたことがあります。よく「お客様は神様です。」と三波春夫さんではないですが、お店側のお客様に対する姿勢を喩えていう場合があります。でも、その頃の私には、とてもそんな風に考える余裕はありませんでした。毎日のように、色々な要求をしてくるお客様との戦いの中で「お客は敵」みたいなことを考えていたものでした。いかに、お客様の無理難題に負けないようにするかの連続です。その後、飲食業を辞め、今度はお店に食べに行く立場になった時、全く違う風景がそこにはありました。「なんだ!この店は?!」みたいに目線の位置が全く変わってしまったのです。その時、初めてお客様の気持ちというものも判るようになりました。両方の気持ちが判った時にこんなことを考えたのです。

立場が変われば、それぞれどちらにも言い分があり、きりが無い。結局のところ、お互い喜んで気持ちよく食事ができればよいことなので、そこだけを考えれば、自分は一体何ができるのだろう・・・?そんな中で出てきたのが「客道」という考え方です。「客として、いかにお店の方々に気に入っていただける客になるにはどうしたらよいのか?」そういうことを常に考えることです。通常、会社で営業活動をする場合、黙っていてもこの「客道」は行われています。「いかにお客様である取引先に気に入られるか?」絶えず考えていると思います。ところが、一旦お店に行くと妙に威張って無礼な態度の人もいます。「お金を払っているのだから・・・」という理屈でしょうが、もう少しうまく対応すれば、お店の方々に気に入られ、色々な情報が寄せられます。

お店をしていたとき、そのようなお客様が何人かいらっしゃいました。忙しくカリカリしている時に、そんなお客様のお一人のAさんがいらっしゃると、何かホッとして疲れも吹き飛ぶ気持ちになります。お店に気に入られる客というのは、別にお店の従業員にお世辞を言ったりチップをあげたりするのではありません。お店の方々と同じ目線で、日頃からいろいろ話を聞いてあげることです。また様々な相談ごとにも乗ってあげたり、情報交換を行ったりして親睦を図ること・・・といっても良いかもしれません。

新・内海新聞 23号

家では、袋入りのそば粉を買って来てそれをお湯で溶いてそば湯を作り、焼酎をこれで割って飲みます。でも、何度やっても、そば湯が粉っぽい。ある日、近くのお蕎麦屋さんでこの話をしていると「家で作ったそば湯は美味しくないでしょ?粉っぽくて。それはね小麦粉の蛋白質変性に少々癖があるからなんです。そばって言うのは、しっかり力を入れて手でこねるでしょ?このこねている間に手の熱がそば粉に伝わるんですよ。そしてしばらく寝かせる。

このように時間をかけてゆっくり熱を加えていくとそば粉の蛋白質に粘りが出てきて味が出るんですよ。カレーが2日目の方が美味しいっていうのはこれと同じ理由です。家でそば湯をつくる時は、ゆっくり数時間かけて湯せんをして温めることですね。」・・・奥が深い!でも、そこまでして時間をかけてそば湯は作れないかも・・・

気が付かないセルフサービス~その2~

第5号に少し書きました「気が付かないセルフサービス」について、今回は少し詳しく書きます。

【用語解説】
「気が付かないセルフサービス」 とは?
→自分自身で労力を使っているのに「いいサービスだー」と喜んでいただける効率化サービス 。
例:*マクドナルドのドライブスルー 、*スーパーのエコバッグ*ガソリンのセルフスタンド などなど。

家の近所では、道端に野菜やみかんが袋詰めで置いてあり、横に箱が置いてあります。客は勝手に100円を入れて、気に入ったものをもって帰る。全国の無人おみくじ売り場。田舎のJRの無人駅。会社の総合受付にある内線番号表。ホテルの各種新聞の販売棚と料金箱。アメリカのとあるスーパーマーケットの野菜売り場のとうもろこし売り場で、皮の付いたもぎたてのとうもろこしが山積みされています。横にビニール袋がぶら下げてあり、下には大きなゴミ箱がふたつ置いてあります。そこには「どうぞ皮をむいて、良質なものお選びください。袋一杯で2ドルです。」と書かれています。顧客は喜んで、「いいサービスだー。いいサービスだー。」と喜んで皮をむいて皮をゴミ箱に捨てていますが、本来これは従業員がやるべき仕事。これこそ、気が付かないセルフサービスの典型です。非常に効率的です。

先日、会社の皆と銀座のコリドー街にあるビアホールに行きました。ビールも美味しかったのですがもっとも感動したのが受付案内のお嬢さん。すらっとした美人さんで手に黄色い風船を持っています。その風船はヘリウムガスが入っていて空中に浮いています。しかも、その風船にはマジックで顔の絵が描いてある。空中3メートル位のところにゆらゆら浮いています。お嬢さんはその風船の紐をもって移動する。その風船の浮かんだ下にお嬢さん有り!!お嬢さんは席にご案内するのが仕事。店の中は大勢の人たちでごった返している。混雑にまぎれてお客様がお嬢さんを見失うかも知れません。でも大丈夫。天井には目印の風船が浮かんでいますから。何も言わずとも、自然に流れていく仕掛け、これも気が付かないセルフサービスのひとつかも知れません。

ある大手法律事務所の会議室。その部屋には、ガラス張りの冷蔵庫が置いてあります。中に、コーラやお茶、ミネラルウォーター、缶コーヒーが入っています。お客様は、その棚から勝手に好きなものを選んで、自分の席にもって行きます。そのため、女子社員のお茶の給仕もない。極めて効率的。ニューヨークのメトロポリタン美術館のカフェテリア。大きい場所ですが、壁の右側にポールが一列に立ててあり、ロープが張ってあります。「ENTER」と書いてあって、皆その細長い隙間に並びます。一人並ぶのがやっとのスペースで自然に一列に並んでいきます。並んでいると、どんどん押し出されて、まずドリンクコーナーに出ます。そこで、トレーをとってドリンクを選びます。次にフードコーナー。サンドウィッチ、ベーグルが置いてあって、好きなものを選びます。どんどん進むと、レジの前に出てきます。レジには大きな表示板があって、合計金額が表示されます。クレジットカードか現金で支払うと、ホールに出られます。ホールには、沢山のテーブルが置いてあり自由にすわって食事をします。終わると出口のところにゴミ箱とトレー置き場があり、ここで終了。この間、一言も喋りません。まるでオートメーション。気が付かないセルフサービスです。

大阪に帰ると必ず立ち寄るお好み焼き屋さんがあります。その店の大将が、私に話してくれたことがあります。「『さばく』って知ってるか?大勢の客が入って、目の前に注文の伝票が山のように積まれていく。どうしても、その伝票をこなすことだけに追われる。ただそれだけを考えて仕事をする。そうしたら客は自分が『さばかれた』と思うんや。そんな客は、必ず『美味しいよ。けどねぇ・・・』と、『けどねぇ』というおまけが付くんや。そんな客は店から離れていく。さばかれたと思わせないように、お迎えをしなあかんのや。絶対に客をさばいたらあかん。こっちから見たら大勢の客やけど、客からみたらたった一人の店の従業員や。向こうからは、絶えず一対一なんや。わかるか?」こんな話でした。

非常に考えさせられました。効率化だけでもだめなんだなぁ。そういえば、アメリカにスチューレオナルドというスーパーマーケットがあります。ここは人気店でよく混んでいます。ピーク時になるといつもレジは大混雑。自己主張の強いアメリカ人は文句を言って騒ぎ出します。日本人ならレジを増やす発想なんでしょうが、アメリカ人は違います。バックヤードから数人の従業員が大きなバスケットを持って出てきました。なんと、レジ前で、歌やダンスのミニミュージカルが始まりました。さらに、バスケットには、メーカーから届いたキャンディーの試供品が一杯入っていて、それを並んでいるお客様に配り始めました。並んで文句を言っていたお客様も大喜び。わざわざ混む時間にショー目当てにくるお客様もいるそうです。

鬼伝説とUFO

夏なので、少し涼しい話はいかがでしょうか?自宅の裏山が、「日金山(ひがねやま)」という山です。十国峠の一部です。この「日金」という名前ですが、UFOだという伝説があります。以下のように昔から言い伝えられています。

応神天皇2年(271年)伊豆山の浜辺に、光る不思議な鏡が現われました。鏡は波間を飛び交っていましたが、やがて、西の峰にとんでいきました。その様子は日輪のようで、峰は火を噴き上げているように見えたので、日が峰と呼ばれ、やがて、日金山と呼ぶようになりました。同4年(273年)松葉仙人が、この光る不思議な鏡をあがめ、小さな祠を建てて祀ったのが、開山と伝えられています。推古天皇の頃(594年)走湯権現の神号を賜り、その後、仁明天皇の承和3年(838年)甲斐国の僧・賢安が、日金山本宮から神霊を現在の伊豆山神社のある地に移したと言われています。

鎌倉時代は、源頼朝の篤い信仰に支えられ、現在本尊として祀られている延命地蔵菩薩像も、頼朝公の建立によるものです。地蔵菩薩は、地獄に其の身を置いて、地獄で苦しむ者を救ってくれる仏であることから、死者の霊の集まる霊山として、篤い信仰があり、今も尚、春秋の彼岸には多くの人が登山して、新仏や先祖供養のために、卒塔婆供養をしています。また、鬼伝説というのもあります。

「日金の鬼伝説」
日金の山に鬼がいる。昔から、伊豆地方の死者の霊魂は、みな日金山に集まるといい伝えられ、春秋の彼岸に日金山に登ると、通行人の中に、会いたい人の後ろ姿を見ることができると言われてきました。そして日金のどこかに地獄、極楽があると信じられているのです。天正10年(1582 年)12月、朝比奈弥太郎が、家康の命をうけ韮山の北条氏規を訪ねるため、十国峠を越え日金の山を降る途中、六尺豊かな大男に出会い、その男が亡者を迎える鬼であったという話が伝えられたものです。険しい岩場の山道ですが、私も3回ほど登ったことがあります。約1時間ほどの登り道です。頂上が、姫の沢公園というところになっていますが、それまでは結構大変です。

この道は、殆ど人は歩いておらず、不気味です。たまに、はるか前に誰かが歩いていると、それが亡くなった親しい人の後姿のように見えてしまうのが不思議です。

気が付かないものを振り返らす・・・ということ

松尾高明先生。私の師匠のお一人でもあります。陶芸家です。多摩市のご自宅にのぼり窯をつくられ、「とんぼ玉」と言われる作品を創られる。とんぼ玉は、焼き上がった陶器の表面にガラスでできたような玉が盛り上がるところから来ています。これは上薬で創られるものではなく、自然と土から滲み出して出来上がるのだそうです。

スペースに松尾先生の作品が所狭しと並んでいます。しかし、いつもと少し雰囲気が違います。いくつかの花器に草花が生けてあります。それがとっても美しい。何かを語りはじめます。しかも、その草花は多摩の野原に咲いている、見落としそうな山草です。どこにでも咲いていているような草花です。私は、うっとり見入ってしまいました。

「竹花(たけはな)ってご存知ですか?」後ろから松尾先生が話しかけてこられました。
「いえ、存じません。」
「千利休が戦場の小田原に行ったときの話です。秀吉以下武将は日夜戦争に明け暮れていました。千利休は竹を切り落としそれを花器にし、野の草花を生け、お茶をたてて武将に奨めました。ここからきています。戦に勝つためには美学を極めなければならない・・・美とは、人の共通の感性。美を極めると言うことは、人を極めること。人の心を掴むことに通じる。美を極めずして、人の支配などできはしない。『気が付かないものを振り返らす。』これはとっても大事なことです。野にある草花は目立たず気が付かないものですが、花器に一輪いれてやると振り返るのですよ。そして何かを発します。気が付かないものを振り返らすことは素晴らしい。

美しいものには共通の美学があるのです。それは、どんな無名の作家の作品でも、その作品を見たときにすっかり見とれてしまったり、目の前になにか拡がりを感じたりするものが、あなたにとっての美学であり、あなたにとって良いものなんです。値段や作家の名前ではありません。そして、それは一流の人たちとも必ず共通する作法なのです。絵でも文字でも陶芸でも同じです。今の日本の経営者の中に、この美学がわかる方は本当に数少ないのが残念です。美学を究めた武将を育てる必要があります。

企業経営で、目標の山に登ろうとしているとき、頂上への道はいくつもあるかもしれない。完全防備で登る道、正確な地図で登る道、最高の案内人を連れて登る道。いろいろあるかもしれないが、目の前の道を通らずとも頂上まで行くことができる道も必ずある。それが、美を極めることに通じます。」そんな話をしていただきました。

新・内海新聞 22号

△さんかく(ラーメン専門店)というお店があります。友人が経営しています。実際には彼のお兄さんと親友でしたが、その縁で交友が始まりました。10人位しか入れない小さなお店ですが、隠れた名店として有名です。場所はJR目白駅。改札口を出て左に歩くと、すぐに左に下りてゆく小さな階段があります。そこをまっすぐ行くと右にam/pmがあり三叉路に出ます。その真ん中の坂道を上ってゆくと右にお稲荷さんがあって、その先右側の民家です。薄ぼんやりと外灯があり、うっかりすると通り過ぎてしまいます。

自宅兼店舗です。ここのワンタン麺が大好きです。ギョーザでビールを戴きながら、少し小腹に入れたところでゆっくりラーメンを戴きます。近くに川村学園があるので女子学生のお客様も多いです。お近くの方は是非!

逆転の発想 その一

これぞ、逆転の発想!と膝をたたいた話があります。それは、こんな事件でした。昔、ある出版社が新規事業で百科事典を発行することになりました。1967年の話です。一気に販売を加速しようと全国の書店に販売を委託しました。

全国の書店は競い合い販売はどんどん伸びてゆきました。全7巻で1万円という手ごろな価格も良かったのだと思います。この全7巻の国民百科事典をさらに買いやすくするために、日本で初めて月賦販売を取り入れたのです。書籍の月賦販売は今までありませんでした。それまでは、医者や代議士、弁護士などの所得のある方々がお客様でしたが、月賦にすることにより、さらに一般の家庭にまで普及し始めました。

しかし、ここに困った問題が起こったのです。代金の回収です。今のような銀行引き落としというのが無く、利用者は自分で銀行窓口から振り込まなければなりません。その結果、どうしても入金遅れが発生します。それに対して、すぐに督促状を送付しなければなりません。その督促状を送るのが大変です。その作業は以下の通りです。新規契約があると、顧客リストに入力されます。そして顧客カードが作成されます。毎月、銀行から入金があるごとにその入金者の名前をお知らせする電話連絡が入ります。その入金者情報を毎回、キーパンチャーが入力します。

締め日がくると、契約者データからその月の入金者データを引き算して「未入金者」を見つけ、すぐに督促状を印刷し発送する・・・というのが一連の作業です。毎月毎月、新規契約者は増える一方です。それに合わせて毎月の入力件数も増えてゆきます。契約者が増えていけば、その毎月の入力も増えてゆく。未入金者は全体の2%位なのに、その2%を探し出すために毎月100%のデータを入力していることになるからです。

遂に、電算室から設備増強と入力人員の追加の要請が上ってきました。このままだと、人員も設備も二倍に増やさないと間に合いません。早速、コンピュータの仕入先であるI社に相談しました。その時の答えは、もっと容量が大きく、スピードの速い高級機に買い換えるのが良い・・・と勧められたそうです。しかし、そんなことをしたら、会社はその経費で大赤字になってしまいます。督促状を出すべき未入金者は毎月2%足らずです。だったら、この2%だけを入力するようにすれば、大きなシステムも人員も要らないはず・・・と出版社の担当者は考えました。

その時、I社は
「その未入金者が解らないから、全体から入金者データを引き算しているんですよ。その2%が最初から判るんだったらこんな楽なことはありませんよ。」といって笑っていました。しかし、担当者は納得がいきません。絶対にその答えはあるはず!・・・と毎日毎日考え続けました。数週間して、彼はある盲点に気付きました。それは、意外と簡単なことでした。伝票をすべて本社に集めて集中的に処理するから、こういうことになるんだ!

一旦、顧客を担当する各支店に返そう。そして、各支店で入金チェックをしてもらうことにしました。その次に、2個の箱を用意しました。左の箱には顧客カードが「あいうえお順」に付箋を付けて並べて入っています。左の箱は空っぽです。毎日、銀行から入金者の情報の電話が入ります。その電話を受けた人は、左の箱の中からその本人のカードを探し出し、右の空の箱に移動させるだけです。

月末の締切日に左の箱に残ってるカードが、未入金者ということになります。入金者はすべて右の箱に移動されているからです。左の箱には、毎月数枚程度しかありません。それだけを入力して督促状を出せば完了ということになりました。その後、この箱はなくなり、3枚綴りの複写伝票になり、一枚は顧客台帳に、残りは入金確認用として利用し、入金があれば一枚は破ります。残った伝票が未入金者の伝票ということになります。現在の伝票会計の基礎となりました。結局、誰でもできるシステムを考え付いたことで、新たな投資もせず、今までのキーパンチャーも不要になり、大きな利益をもたらすことになりました。

これには、おまけが付いていました。入力ミスが殆どなくなったのです。結局、入力数が減ったことでその効率も上がり、さらにミスも減り大きな効果をもたらしたそうです。

住所もまたビジネス

今日はランチに市ヶ谷の方まで歩いて行きました。懐かしい風景。昭和63年に会社創業のために初めて東京に事務所を作ったのもこの市ヶ谷です。 日テレ通りです。久しぶりに歩いたので、風景がだいぶ変わっていました。

「あれ?! ここにあった、老夫婦がやっていた魚屋さんがなくなってる・・・ ハンバーガー屋さんになってる。」昔、こんなところで八百屋なんてやっていけるのかなぁ・・・そう不安に思っていました。殆ど住宅もないし、あっても大邸宅ばかり。わざわざ、ここに魚を買いに来る人なんていないだろう 。実際、客が居るのを見たことがありません。 それでも、つぶれずに長年やってこられたのはなぜだろう? だいぶん経ってから、そのからくりを聞きました。

「あそこは、住所貸しで儲けているんだよ。」
「???住所貸し?」
「そうそう、すぐ近くに番町小学校があるでしょ?そこにどうしても入学させたい両親が、 魚屋さんからそこの住所を借りて、番町小学校に通うように入学手続きをするんですよ。 越境入学の代行ビジネスですね。」

だから、魚屋さんは表向きの仕事で、裏稼業が代行ビジネス・・・ いや逆かな? とにかくいろいろな商売があるものです・・・・そういえば、私の友人のKさんは、住所を商品にして販売していました。彼の事務所は東京駅のまん前の丸の内。ここに一番小さな事務所を借りました。そして、この「中央区丸の内」という住所の使用権を月数万円で売り始めました。丸の内といえば、三菱の本拠地。三菱を定年退職しても丸の内への愛着は強いらしく、退職後に個人事務所を開く場合でも、できれば丸の内に!と考えるかたが多いようです。しかし、丸の内の家賃は高額です。そこで、Kさんは自分の事務所の住所を貸し出すことで、丸の内にオフィスがあるように見せかける商売を始めたのです。

郵便はこの住所に届けてもらい、自動的に自宅に転送します。電話も、この事務所にある電話番号を使いますが、自動転送。来客の場合は、お向かいのパレスホテルのロビーで打ち合わせる・・・というようなルールにしました。メールアドレスも丸の内のドメイン名を取得してしまいました。。名刺は、間違いなく丸の内の一等地の住所になっています。Kさんのビルには秘書サービスがオプションで付いていて、15分単位でバイリンガルの長身の美人秘書をお願いできます。お客様には、「社内には機密書類が多いので、お向かいのパレスホテルでお会いしましょう。」と伝えておき、美人秘書2名に鞄を持たせて、向かいのパレスホテルに向かいます。

お客様の前で「もう、今日はここで結構。」と秘書を帰らせてしまうのです。これで15分のチャージだけで済みます。お客様は驚いて、すばらしい先生かもしれない・・・と勝手に錯覚をしてしまうのですよ。・・・とはKさんの弁。しかし、この住所貸しは大人気で、すっかり商売になっていたらしいです。

理解の三原則 簡単・明瞭・繰り返し

昔、私が師匠と慕っている方から教わった、理解する時の考え方です。話を理解するため、あるいは相手に正確に伝えるための方法といえます。

最初の「簡単」は、「一言で言う」ということです。いろいろ説明をしなければならないのは、的確に相手には伝わりません。難しいですが、5秒以内で、内容を言い切ることが大切。そして、端的に言い切るには、「名前」を付けるのが良いようです。話の内容に名前を付け、一言で言えるようにすることです。***物語とか***の法則とか、***のルールのように名前を付けることで、記憶の中で整理しやすくなります。

次の「明瞭」は、誰でも簡単に解る様にすることです。この方法は、絵や図に表わして書くことです。話の流れや展開、あるいは、その利用シーンなどを一枚の絵に簡単に描くことが必要です。人の話を聞いていても、凄く理解できる話と、なかなか難解で、部分的にしか理解できないことがあります。おそらく、よく理解できた時は、自分の中に、聞いている話のシーンが映画のように見えている時だと思います。このイメージが頭の中に出来上がったら、決してもう忘れることはありません。

これは、俳句を例にとって説明すると良く解ります。俳句は最も表現したいところだけを残して、後は切り捨てる文化です。そして、十七文字から、頭の中でそのシーンをイメージさせます。たった十七文字なのに、その俳句からイメージしたシーンには、音や香りや温度まで感じることができる力を持ちます。イメージというのは、臨場感をもって理解することができる重要なツールです。

そして、最後の「繰り返し」です。これは、名前を付け、イメージ化できたものを、全く別の場面で同じように適用してみて、矛盾が無いかを検証することです。この検証で同じような結果が導くことができれば、自分でも理解でき、相手にも正確に伝えることができるというになったということになります。

別の表現を使うと
・ 難しいことは、よりやさしく
・ やさしいことは、より面白く
・ 面白いことは、より深くという表現もできます。

この三原則を適用すると、記憶の戸棚の中にしまい込んだとしても、いつでも必要な時に取り出すことができ、また何度でも繰り返し正確に思い出すことができるようになります。