新・内海新聞 14号

朝、電車に乗っていると乗客10人のうち5、6人はケータイをいじっている。残りの人は何か読んでいるか寝ているか・・・そんな感じかなぁ・・・と思う今日この頃。ここまでケータイが普及するとは・・・!

昔、1970年の大阪万国博覧会の日本電信電話公社館で生まれて初めて移動式電話というのを使って祖母に電話したのを思い出しました。その時は、大きな網でできた温室のようなドームの中だけで通話が可能でした。電話機の大きさはカステラの箱位で30センチくらいのアンテナがついていました。音は良かったような記憶があります。そうそう、昔は電話器と書いていました。今は電話機、そしてケータイへ。「器」の時代は貴重な機械。「機」の時代は普通の家電。そして「ケータイ」は雑誌みたいなものなのでしょうか?

トランシューマーとコレクター

トランシューマーという造語があります。トランジットとコンシューマーをあわせて作られた言葉です。トランジットとは一過性という意味で、コンシューマーは消費者、生活者です。インターネットで調べると、

『日本語では「一過性消費者」と訳される。米国の「トレンドウォッチング・ドットコム」が命名したとされる。流行に敏感な消費者は、高価なブランドものを1点だけ購入し、やがてそれが流行遅れになってしまうよりも、興味のあるブランドの最新作を常に持ち続けたいと考える。こうした消費者心理によって、米国では最新作を月単位でレンタルするといった消費行動が見られるという。購入するほどの経済的余裕はなくても、常に新作のブランド品を身につけることで流行の最先端に立ち続けることができる。ここに価値を見出す消費者が、一過性消費者となり得る。』とあります。
(Wisdomより引用)

一方、コレクターと言われる人たちがいます。同一ブランドを買い集めてゆく人たちです。たとえば、銀座にルイヴィトンができたとき、オープン前にたくさんの方々が行列を作って並びました。この人たちは、初めてルイヴィトンを購入する・・・というルイヴィトン初心者は殆どいなかったのです。ルイヴィトンは3個持っているけれど、もう一個旅行鞄を買いに来たとか、 モノグラム・マルチカラーをもう一個新しく購入したい・・・とか、お気に入りを買い集める方々。どちらもこだわり種族ですが、前者は所有せずに機能を利用したい人たちで、後者は所有することに生きがいを感じる人たちです。

今回は、この前者の「トランシューマー」ということについて考えてみたいと思います。今、若者の間で自動車が売れないそうです。私の場合、自家用車を持つことが夢で、何が何でもカッコいい自動車を追い求めました。コレクターではないですが、所有することがステータスでした。特にスポーツタイプの自動車で、究極はカブリオレという、屋根が自動開閉型のオープンカーです。ところが、現在の若者は自動車購入に関してあまり興味がないらしい。デートといえばドライブだったのにどういうことでしょうか?そこで、急に女性にもて始めたのが中年のおじさんたちです。

「課長~、今度女の子たち4人で鎌倉に行こうということになったんですが、一緒に行きませんか~」と突然夢のようなお誘いが入る。相手は若い女性ばかりで男性は自分ひとり。「でぇ、お天気良さそうなので海岸をドライブしませんかぁー」突然の天使のささやきに舞い上がってしまいますが、しかし、何のことはない。単なる自動車の運転手です。課長のマイカー狙いの悪魔のささやきであります。では、自動車に必要性がないのか?というとそうでもなく、所有すること自体が億劫なのかも知れません。「わ」ナンバーの地味なレンタカーではなく、もう少しおしゃれなマイカーライフを求めるニーズは必ずあります。必要なときに必要なだけ利用したいトランシューマーという人たちです。

また、お年頃の女性は同僚の結婚式などのお呼ばれも多く、そのドレスも大変。パーティードレスや小物類を毎回購入なんてことになると破産してしまいます。また貸衣装屋さんで・・・といっても流行遅れのダサいデザインのものしかなくパッとしない。今流行の何十万円もする高級ブランドのドレスを必要な時間だけ借りることはできないか・・?というニーズは必ずあります。これもトランシューマーです。この二つはすでにサービス化され利用される方も多いと思います。一過性の消費者、トランシューマーは、国内にどんどん増殖中です。30年ほど前から始まった人材派遣サービスもトランシューマーかも知れません。この人材派遣の場合は、働くスタッフも一過性の労働者へのニーズでトランシューマー。契約する企業側も一過性の社員へのニーズで、これもトランシューマーであるともいえます。

自分なりの、ある目標を持っていて、その機能だけを利用する賢い消費者の誕生です。今後まだまだ、この分野のサービスメニューは拡大してゆくことになるでしょう。

名刺

昔、名刺は憧れの黄金のツールでした。名刺が持ちたい!名刺が持てるなんて、なんてカッコいいんだろう!私は32歳まで「名刺」というものを持ったことがありません。ちょっと遊びで作った事はあるのですが、配るところもなく結局意味なく止めてしまいました。21才から飲食店の世界に入り名刺を持ったり交換したりする機会はありませんでした。毎日同じ人たちと会うだけですから・・・。

ですので、名刺を使うことに何かすごいステータスを感じていたのだと思います。今でも、人の名刺にはすごく興味があります。その名刺にはその会社の方針やポリシーが現れていたり、個人の名刺にはその人の個性が強烈に現れていると思います。名刺は世界最小の履歴書であると考えています。名刺には、今現在の自分のことが記載されています。だから名刺は大事だとも思います。ただの連絡先のカードではありません。

司馬遼太郎の「竜馬が行く」の中で藩の武士が自分の身元を木札に墨で書いた名刺を出すシーンがあります。

確か、京都で竜馬と中岡慎太郎が暗殺されるときの場面です。十津川藩の藩士と名乗る一行が尋ねてきて、木札の名刺を使いのものに渡すシーンがあったように思います。昔から名刺を渡す慣わしがあったのですね。名刺を営業ツールとして活用している友人がいます。その名刺というのが二つ折りでできていて毎月更新されてゆきます。「今月の名刺」です。

毎月、近況報告であったり、新商品の説明であったり、会社紹介であったり、自分のプロフィールであったり・・・の情報が記載されています。客先に行って「今月の名刺です。」とお渡しする営業ツールになります。名刺は初めてお会いする時か、役職が変わった時に渡すくらいですから、これなら何度も相手に印象付けられます。ちなみに今は自宅でパソコンを使って自由にオリジナル名刺を作ることができます。無料の制作ソフトウェアがありますので簡単で綺麗にできます。自分で作ったほうが、通常の印刷屋さんに頼むよりも安く出来上がります。

適応放散

高校の生物の時間で習ったことがあります。「適応放散」生物学での学術用語です。

Wikipediaによると
「適応放散という現象は、様々な地方で個々に種分化が起きる異所的な種分化ではなく、同一地域において様々なニッチ(生態的地位)へと種分化が起きる同所的な種分化が起こっている場合に、このように呼ばれる。

単一の先祖が多様なニッチに適応して行くことで、それぞれが別の種に分かれて行ったことによるものと考えられる。したがって、このような現象が起きやすいのは、沢山のニッチが空きになっている環境である。

しかし、一般に長期にわたって安定した生物群集においては、ニッチはある程度一杯になっているものと考えられる。空きがあれば、そこを利用するものが出現するはずだからである。したがって、大きく空きがあるのは、何らかの理由で撹乱を受けたか、あるいは始めから埋められていなかった場所であると考えられる。」とあります。つまり、あるニッチが空席になると、他の生物がそのニッチを埋めようとして進化するのです。

何のこっちゃ?!と思われるかも知れないくらいに難解です。もっと簡単にしかも具体的に言うと、ガラパゴスにはキツツキという鳥がいません。キツツキは木に口ばしでコンコンつついて穴を開け、その中に巣食っている幼虫を餌にします。このキツツキがいることで森の木々は助けられ、共存共栄を図っています。ところが、このキツツキがいないことで森は虫に食い荒らされてしまします。ところがこの島の森は健在です。なぜなのでしょうか?それはアイアイというキツツキとはまったく違う種類の猿がいて、その指の爪は異常に長く、その爪を使って木の幹をコンコンとつついて穴を開け幹の中の虫を捕まえます。

まさにピンチヒッターです。このような生態上のピンチヒッターを「適応放散」といいます。別の例では、マダガスカルは野生のネコ科とイヌ科の肉食獣がいないため、マングースや ジャコウネコ類が繁栄しました。 これもピンチヒッターです。生物の体系とはうまくできていて、生態上の隙間ができると、必ずそれを埋める新たなヒーローが誕生します。それも予期せぬ方向から・・・。しかし、キツツキがいる間は適応放散は起こらないのです。自然界の不思議生態です。人間社会の中にも同様のことが起こっているのかも知れません。