新・内海新聞 7号

以前、ある方に教わった。波の呼吸法。海と一体の呼吸法。地球と一体の呼吸法。自分自身と一体の呼吸法。方法は次の通りです。水平線をゆったりと眺めてください。波が繰り返し押してきます。一番大きな波が来たとき、ゆっくり一杯息を吸って下さい。吸い込んだら下腹(丹田)に少し力を入れて下さい。そして、次に来る小さな波を息を吐きながら10回波を数えます。しばらく待ってまた大きな波がきたら大きく吸う。これを10回繰り返します。

10分はかかります。母胎の中にいたときの気持ちに戻れるらしい。大きく呼吸することは堅田に非常にいいらしいです。子供の頃から武道を学んできましたが、呼吸法をずっと訓練させられました。大きく吸って、溜めて、ゆっくりゆっくり吐く。波の呼吸法と同じです。

キューバ

以前、元社員のH君と飲みに行った時の話し。彼はキューバ音楽が大好きで、本場の音楽が聞きたいと、遂に長時間飛行機に乗ってキューバに行ってしまったのです。そこには不思議な人の出会いが待っていました。こんな素敵な話です。

キューバに行くにはなかなか大変らしい。いろいろ飛行機を乗り換えて長時間かけてやっと到着。ホテルに荷物をおろし、早速情報収集に出かけたのです。さて、どこでコンサートをしているのだろう???探してみたがそんな案内所もなければ手がかりも無い。情報誌もなければ案内所みたいなものもない。そんな中で時間だけが過ぎて行く。 言葉も通じないキューバで途方に暮れる時間が過ぎてゆきました。彼は、純粋にキューバ音楽が聞きたい!!そんな熱意だけは誰にも負けないものがあったのです。

彼は一人海岸を散歩に出かけました。そこに地元の子供が一人遊んでいたのです。H君は、その子供と目が合いました。その子は、片言のキューバなまりの英語で話してきました。
「どこから来たの?」
「ジャパン」
「おおジャポネ!ジャポネ!」
日本人は珍しかったのだろうか?色々なことを話してきたが、あまり良く聞き取れない。少年はジェスチャーを交えて、ついて来いという。その少年は自分の家に招待してくれた。H君は少年の家に行って歓待を受けたのです。少年の父親がH君にキューバに来た目的を質問してきました。 キューバ音楽が好きで本物を聞きに来た・・・と言いました。 そして、H君は、知っているキューバ音楽の話を延々と身振り手振りを交えて話し始めました。 少年の父親は大変感動しました。

「明日、キューバ市内のAという球場に行ってごらん。 」そう耳元で伝えたのでした。H君は、訳のわからないままその球場に行ってみたのですがまだ誰もいません。しばらく待っていると少しずつ人がやってきました。気がつくとドンドン人が集まり、もう会場は一杯の人々。後で聞いた話では数万人という人があつまった大コンサートだったそうです。彼は一番最初に来たので最前列でした。そして、彼は一番前で盛り上がっていました。そうしたら、歌っていたバンドのメンバーがH君を指差し、
「舞台に上がって来い!」と手招きしている。言われるまま、舞台に上がって一緒に踊ったのです。飛んで跳ねて! 一体でした。 そして、楽しい夜が更けてゆきました。翌日、街にでて買い物に行ったら、街行く人々が彼を指差し、なにやらヒソヒソ話しています。そして、あるキューバ人の男性が近づいてきて話しかけてきました。

「君は昨日ヒーローだったな!! 」
「見たよ! 」
「スゲーなぁ! 」

握手を求めてくる人もいたり、まさに英雄でした。 彼は、一晩でヒーローになりました。それから、彼の元に色々なコンサートの情報が寄せられるようになりました。彼は私に言いました。
「やっぱり、おっしゃったとおりですね! 流星哲学の意味がよく判りました。流れ星に願い事をするというのは、考え続けていなければできないことなんですね。そして考え続けていると必ずチャンスは訪れるんですね。いかに思い続けることが大事かが良く判りました。 」
気持ちよく美味しいお酒が飲めた、嬉しい報告でした。

お父さんは矛盾だらけ

私の友人で、コラムニストの相米周二さんがいます。彼は、私が起業したころに、日経流通新聞の記者として取材に来てくれたのがきっかけで親しくなりました。彼は、現在、雑誌にコラムを書いています。 そんな中の「拝啓オヤジ殿」に興味深い話がありました。登場するのは父48歳アパレルメーカー部長。娘17歳高校2年生です。
「お父さんは矛盾だらけの人です。しばらく私はお父さんを無視します。 私の意見にちゃんと答えたら態度を改めてもいいっすよ。」 からはじまります。
お父さんは言います。 モノは大事にしろ。 粗末にするな。 まだ使えるだろう。 もったいない・・・ その通りです。 私は簡単に捨てたり買い換えたりしてきたし、貧しい人たちから見たらなんと大バカモノって映るでしょう。
でもお父さん、あなたはモノを大切にしていますか?
そして、あなたの会社ではモノを大切に扱っていますか?
色・デザイン・素材・機能の異なる服をつくってるけれど、それって毎年出す必要がありますか?
「もう時代遅れです」調の広告を大々的にPR。 洋服って何年も着れるじゃないですか?
時代遅れの服はどうしているの?
貧しい国々の人に送っているという話も聞いた事ないし、リサイクルしているって話も聞いた事がない。そのあたりどうなってんの?
そして、この「時代遅れ」っていう言葉・・・時代に乗り遅れるな、時代に遅れたら損をする。泣きを見る奴は時代に乗り遅れた奴ばかり。勝つ奴は時代に敏感なんだってっていう言い方、気に入らないよな。・・・

お父さんが言うその「時代」というのは単なる比較だけなんだよ。他人と比較してどうとか、同僚と比較してどうとか、他の会社と比較してどうとか・・・お父さんが部長に昇進した時も、時代を見抜いているからと自慢してたけど、昇進できなかったら時代遅れなわけ? 熱心に読んでる本や雑誌は勝ち組がどうの、あの会社のボーナスがどうのと比較したやつばっかりじゃん。 もうお父さんが敷いたレールの上を歩くのはまっぴらご免。 お母さんとの結婚もまさか、いろんな女性たちと比較して選んだんじゃないだろうね。 愛情とかは二の次三の次で・・・、それが本当だとしたら私は何なの?とにかくお父さんは得体の知れない理解できない人。 私の疑問にちゃんと答えてください。
(ウェッジ2002.02より抜粋)

=====子供達は皆、大人の背中を見て育っていく。 自分自身が思いっきり輝いていないと、人を輝かすことなんてできやしない・・・ 今、日本はとても大切な時代の過渡期にあるのかも知れません。ココに登場した人々は、本当にごく当たり前のコトを言っているように思います。 でもその当たり前のことができない、変な時代です。 信じられないような事件や企業犯罪が続きます・・・。

時代は必ず人がつくるもの・・・。 人がすべてだと思います。 すでに世の中が、「シェア拡大の時代」から「顧客満足の時代」へ急速に変わりつつあるように感じます。

最近の少子高齢化

仕事の関係で関西に行くことが多いです。私の実家は兵庫県の宝塚市というところです。関東では宝塚市は大阪府と勘違いされている方がいますが、実際は兵庫県にあり神戸文化圏です。

東京にいて故郷はどこですか?と聞かれて…宝塚です、と答えると…大阪の宝塚ですね?と言われるのが嫌で最初から…神戸です。と答えてしまうことが多いです。なんか変なこだわりがあって、大阪と言われるのが嫌みたいです。

ところで、神戸という街は南北はなく東西にだけ広がる地形です。ですので、地元では東西南北で方向を言うことが少なく、北は山側、南は浜側といいます。あとは山に向かって右とか左とか表現します。東西に広がる地形なので、北にも行けず、南にも行けず、結局東に行くしかなく、上京して一旗あげるひとが多いのかも知れません。さて宝塚市も若者が減り、高齢化が進み、うちの町内も70歳以上のお年寄りばかり。しかもひとり住まいのお婆さんが多いのです。

大きな屋敷にひとりで住んでいます。坂の多い街で、体力もないので外出も少なく、消費活動も停滞してしまいます。阪神地区には灘神戸生協という協同組合が発達していて食材などは自宅まで配達してくれるので、いよいよ外に出ません。ですから繁華街も廃れるばかりです。宝塚市もそんな中で不景気で商売も大変です。私もこの宝塚で10年以上飲食店をしていましたがどんどん高齢化していくのが判りました。

ところが最近動きが変わってきました。いや…少なくとも私は感じます。最近、再び若夫婦や子供たちの人口が増え始めたのです。実は、高齢化した老人たちが亡くなり始めたのです。大きなお屋敷は主がいなくなり、空家となり、当然、遺産相続が行われます。でもその相続の大半が不動産。相続税が支払えなくて土地は売られてゆきます。そしてそこには高層マンションが建設されるのです。宝塚も例に漏れずマンションが乱立し始めました。

そのマンションに引越してくるのが阪神地区近郊の30歳台の若夫婦。そして、突然幼稚園や小学校低学年の子供が急増!すでに小学校が足りません。いままで少子高齢化に悩んでいたのに、ある日突然に現象が逆転する。時代と言うものはずっと長期的に見ないといけないなぁ…というのが実感です。