新・内海新聞 5号

2007年2月27日は、ジンテック創設からちょうど20周年でした。会社の成人式です。当時は、毎日大変な思いをしていましたが、今思い起こせば懐かしい思いだけが残っています。千代田区にあるビル8階の2畳くらいの小さなスペースに机一個、電話一台のスタートでした。

営業に毎日明け暮れていました。単身関西から東京に出てきて、見るもの聞くもの珍しくて楽しくてしょうがなかった。東京で商売するには、「取引先と会社の住所が大事である!」ということを思い知らされた時期でもありましたし、独自のマーケティングが形成された時期でもあります。 つづく

商売と事業の差

先日、あるコンサルティング会社のインタビューを受けました。
子供の頃の体験が、今の事業感に繋がっていないか?
どのような発想の展開をしてゆく人物なのか?
なぜ、事業をはじめることになったのか?
これまでの転換点はどういうものがあったのか?
などなど、盛り沢山の質問。・・・改めて考え直す良い機会になりました。

その時に、私が「事業」という単語を頻繁に使うので、その指摘を受けました。
「『事業』という単語がよく出てきますね?何か思い入れでも?」
確かに私は事業という言葉を良く使います。なぜなんだろう・・・多分、自分の中では明快に区別しているから自然に口から出てくるのだと思います。良く考えてみると、それは、「商売」と「事業」とは違うと考えているからでした。そういえば、私が田舎でラーメン屋をしていた時、船井総合研究所のコンサルタントの方に「ラーメン屋を全国に何百店舗作っても、それは事業ではない。一見事業のように見えても商売の延長なんだよ。」そういわれたのを覚えています。

「なぜ?」
それは、人に依存するかどうかの違いだと思います。20代は、商売一途でした。 30代からは、事業一筋です。20代は、ラーメン店の個人事業主のコックでした。30代からは、ベンチャー企業の経営者になって今があります。ベンチャー経営者といっても、工業性手工業の世界でまだまだ商売の領域です。魚屋さんを10店舗経営しても、それは事業でなく商売。 中華料理屋を50店舗に増やしても事業ではなくて商売。

商売と事業の違いは、「人に依存するかどうか」の基準で見ています。人が変わると味が変わる・・・・であったり、後継者がいなければ廃業する・・・であったり、身内だけで営業する・・・であったり・・・です。人が変わったら味が変わったというのは事業では通らないのです。ひとつ面白い例があります。たとえ話です。個人タクシーを見つけたAさんとBさん。この2人は、その後の行動が全く違いました。

今、目の前に個人タクシーが捨ててあります。Aさんは、今日からそのタクシーに乗って営業をはじめ、一日5万円の売上げを上げられるようになりました。Bさんは、Aさんのようにタクシーには乗らず、乗ってくれる運転手を探しに行きました。そして、その運転手が見つかれば、今度は2台目のタクシーを探しに行きました。Aさんの姿勢は商売を目指し、Bさんはタクシー会社という事業を目指しています。

違いは、人に依存しているかしていないか?Aさんは、嫌になったら辞めることができるが、Bさんは、自分が辞めたくなったからと言って会社を閉鎖するわけにはいきません。どちらがよいかではなく、自分はどちらのタイプなのか。そのタイプにあった仕事を選ぶべきだと思います。どちらにも長短があります。

そうそう、駅前にあるカット専門の理容室「QBハウス」も商売から事業に切り替えた発想の転換があったのだと思います。こんなこと、その道のプロだと絶対に発想しない。門外漢だからこそ思いつき、そして実行できたのでしょう。

気が付かないセルフサービス

先日、会社の近所のampmにランチを買いに行ったときのこと、結構レジに客が並んでいます。お茶とおにぎりを買ってレジに並びました。 私はampmではおさいふケータイを使うので、財布を持っていなかったけれど気にせずにいました。 順番が近づくにつれて驚きました。

お勘定を、店員さんがメモに鉛筆で商品の値段を書き込んで手計算でしているのです。しかも、商品の値段が商品に書いていないので、展示の棚まで見に行って値段を紙に書いて走って帰ってくる。 コンピューター連動のレジが止まってしまったのです。

コンビニエンスストアの命は、このレジスターなんだ・・・と実感しました。 この「リッチレジスター」があるから、いつでも誰でもコンビニの運営が出来るのだということを知りました。かつて、私の師匠がレジを中心にした革命的システムを発明した話を思い出しました。かつて、ファミリーレストランが急成長していた時期、大きな問題がありました。

店舗での仕事の流れにムダがあり、人件費が急増してきたのです。

大手ファミレスの社長から頼まれて対策に出かけました。ウェイトレスは来店の客を席に案内し、注文を聞き、厨房に渡し、出来上がった料理をテーブルまで運び、勘定のためにレジに立ち、食器を片付ける。6つの仕事をします。特にレジでは伝票を見て、一点一点入力して合計を計算しています。 これに時間がかかり、更にお客はイライラして待っています。 いつも大混乱。レジの周りで来店した客と食事を終わった客が溜まって、クレームが起こっていたのが原因であることを発見しました。 師匠は考えました。

そこで考え出されたのがハンディターミナルという端末です。 今では当たり前ですが、注文をとるとき小さな端末にピポパと入力する装置です。ここに注力すると、その注文が自動的に厨房の印刷機に打ち出されます。同時に、情報はレジスターに信号が送られて既に計算が終わっています。レジは、伝票に書かれた番号を入力すると総計算は終わっていて一発で集計が終わります。これで、いつも混乱していたレジがパンチレスとなり、ミスもなくなり滞留もせず、流れがスムーズになりました。

入力こそ悪の原因。

パンチレス、入力しないこと自動化することこそミス防止の得策なのです。

東京の商売は、住所と取引先が命

東京に会社を設立して、毎日楽しく営業活動をしていました。・・・といっても売る商品もなく、もっぱらマーケティング調査といったほうが正確かもしれません。友人の会社の商品カタログをかばんに詰め込んで代理店販売のようなことをしていました。どこかに顧客のニーズがないか?探しまわっていた時期です。

毎日毎日、空振りばかり・・・。手ごたえなんて、何にもありません。最初の元気もドンドン衰退。どうしたもんか? 毎日悩みました。でも、気付いたのです。自分のことばかり話して回っていたような・・・。あちらは嫌々聞いていただいているのに、こっちの都合ばかり。ようし、聞き上手になろう!自分の紹介は最低限にして聞き手に回りました。そうしたら不思議なことに気付いたのです。質問される内容が一緒なのです。

「事務所はどこにあるのですか?」
「お取引先はどちらですか?」ほとんどこの2つが共通項でした。
「なぜ????」
だいぶたってから判りました。どちらの質問も会社の信用力を測っていたのです。まず、住所を聞くのは一流の場所に住所があるか?です。当然、一流の住所は家賃が高いです。毎月高い家賃を払えるだけの資金繰りなのか?ということを聞いています。もちろん一流の事務所には入居時に審査があるので、そこも見ています。

次に取引先です。これも一流の取引先との取引は、審査のうえに、口座を開かなくてはなりません。その試験にパスしているのか?ということだったのです。だから、そのことに気付いてからは、どんなに小さくても一流の住所の事務所に移転する。一社でもいいから一部上場の会社とお取引をする。この2つを目標にしました。

一部上場の取引先は、発送代行でしたが鉄鋼メーカーの口座がもてました。住所のほうは3年後に、とても小さかったですが千代田区五番町のビルに事務所を構えることができました。そして予想通り、その年、世界の大手電子メーカーSO社の人事採用の大受注に繋がりました。なんとなく東京流儀を掴んだような気がしました。