内海新聞 37号

近所に「ヴァージンシネマズ」という英国のヴァージン航空が経営する映画館ができました。座席もすべてインターネットで予約ができます。当日上演の少し前に行って、自動切符券売機でチケットを取り出せばOK。座席も床が工夫されていて、前の列の人の頭が邪魔になることもありませんし、足元も余裕があって疲れません。

8つの映画館があり、なかでもプレミアシートはリクライニングシートで、バーカウンターやロッカールーム、座席には食事のできるテーブルがついています。いままで、外で並んで早い者勝ちで見に行っていた映画館は閑古鳥です。ゆったりと映画を見る工夫が満載です。最近は携帯電話のインターネットでも座席の予約ができるようになりました。一度行かれてみてはどうでしょう?

自転車置き場から教えられること

私の師匠の友近忠至さんは、サンリオ創業に尽力された方ですが、若い頃は地方銀行員、そしてその後は愛媛県松山市にある「明屋書店(はるやしょてん)」で店長をされていました。松山市の商店街に「銀天街」というアーケードがあります。その銀店街に「明屋書店」があります。さて、今から40数年前の松山にタイムスリップして、その現場を覗いてみましょう。

===この明屋書店は、いろいろなアイデアで繁盛していました。友近さんは、多忙な毎日を送られていました。もっかの友近さんの悩みの種は自転車です。それは、夕方になるとやって来る中高生達の自転車です。漫画の立ち読みにやって来るのです。立ち読みも大変問題なのですが、もっと大問題が彼らの自転車を停める時のマナーの悪さでした。自転車をお店の前にどんどん押し込んで停めて行きます。無理に押し込むと、自転車は将棋倒しになります。両隣のお店の店主はカンカンです。「店の前まで自転車が倒れてきて、邪魔になってしようがない!なんとかしろ!」仕方なく、友近さんは自転車の整理をしなくてはなりません。これが一日に何度もあります。これでは、仕事ができません。友近さんは、社長にお願いしました。「どなたか定年退職したような方を雇っていただけないか?その方に自転車の整理をお願いしないと、自分の仕事ができません。」でもその願いは聞き入れられませんでした。

「あんたは大学まで出ているんだから、私よりもずっと学歴もあり頭がいいんだから、こんなこと解決するなんて簡単な話だろう!」これがいつもの台詞です。友近さんは仕方なく考え続けました。そしてある閃きがありました。町内会長を訪問して、あるお願いをし、それが許可されました。月に一回「銀天街」の公休日があります。その公休日に白いペンキと木材を持って友近さんは出かけて行ったのです。そして、書店の前の歩道に白いペンキで一本一本斜めに線を引いていきました。その両側に立て看板があり、こう書かれています。「自転車は、この白線に沿って停めてください。もしもここが一杯になったら、裏にも同じ駐輪場がありますのでご利用下さい。」その翌日、友近さんはお店のドアの隅から中高生がやってくるのを待って見ていました。

やってきました。思った通り、彼らは道路に引かれた白線に沿って、きっちり停めています。そして、その自転車は割り込みされることもないので、横倒しにもなりませんでした。人の心理として、白線があると無意識にきっちり停めたくなるもの・・・。後日、友近さんは私に言われました。「人が何も考えなくても、何も教えなくても自然にできるようにする仕掛けをつくること・・・これがシステム化というものなんだと、この時に学んだ・・。」と。

景気が良いとか悪いとか判らないんです・・・

世の中、な~んとなく元気がないですが、それは元気だった頃の事を知っているからでしょうね。先日、大阪に行って、レディーバードという会社の柘植さんという社長と阿部さんという役員に会いました。

二人とも20歳台の若者です。
高校を卒業して大学進学しようにも、どこも合格する見込みがないので、専門学校に行きましたが、なんとなくぱっとしないので自分達で会社を創ってしまったのです。

そして、就職活動をしたこともないのに、人事部に採用コンサルティングをし、会社員経験や組織を経験したことも無いのに、一流企業の社員研修をする会社をして大繁盛。なんとも愉快です。そして好評なのです。最近は本まで出版してしまいました。

その柘植さんがポツリと言いました。
「内海さん。景気がいいって、いったいどんな状態の事を言うんですか?今は皆、不景気や不景気や言うけど、僕ら仕事始めてからずっとこんな中で暮らしてきたし、今が普通なんです。景気のいいというやつを経験したこと無いし、不景気というのもよう判らんからね。僕ら今が一番調子いいんですよ。」まさに「知らないと言うのは強い武器である!」という証明です。彼らは、今、絶好調です。二人ともとっても良い顔つきです。

さぁ、今日は一度素っ裸になって表に出て、タオルで全身を乾布摩擦してみよう!

小判鮫マーケティング

私が20代の頃、西宮にある地方卸売市場に早朝アルバイトに行っていました。それには理由がありました。私の中華料理店の利益が出なかったのです。その時に読んだある本に、原価を下げる事が大切・・とありました。要は仕入れです。

そうしてようやく思いついたのが、私が問屋で仕入れる事でした。どうせなら買い物だけではなく、その問屋で働けば一石二鳥ということを思いつきました。そうしてある作戦に出ました。荷物があまり動かない一番寒い2月に一番忙しいお店を探し、そこにアルバイトで潜り込むというものでした。

市場が暇なときに忙しいのは、夏や年末の本当に忙しい時には、もう絶対に人手が足りなくなると思いました。その予想はズバリ当たり採用されました。朝4時から9時までの契約です。買い物に来た街の八百屋さんのトラックに荷物を台車で運んであげるアルバイトです。ここから始めてノウハウを貯めれば、問屋のように安く仕入ができる・・・そう思いました。その青果の卸売店が山田青果でした。山田さんという50歳位のがっちりした社長がいらっしゃいました。仕事は大変過酷でした。体力だけの世界です。

結局私はこの店に7年間勤める事になります。私は、この社長が寝ているのを見たことがありません。私が朝4時前にいくともう働いていました。店は朝の9時までです。それから帳簿を付けて、産地にトラックで仕入に出かけます。夜の8時頃帰宅して、夕食をして、今度は10時に、農協からのトラックを待ち受けで荷を下ろします。これが終わるのが深夜12時頃です。そして3時にはもう店に出勤していました。いつ寝ているのでしょう、私の平均的睡眠時間は毎日4時間弱でしたが、もうはるかに上手です。

ここの山田社長の元で働いた経験から、睡眠時間を削って働くことで、売上は上がってゆく・・・・という経営学を学んでしまいました。まさに労働集約型です。毎日毎日、街の八百屋さんや流れてゆく荷をみていると色々なことが判ってきました。流行っている八百屋と流行らない八百屋があることでした。そして流行っている八百屋には、ある共通点を発見しました。その八百屋のお店の隣には、必ずモーレツに流行っている魚屋があったのです。

尼崎にあったある八尾鶴さんという八百屋さんもその隣には地元では有名な魚屋がありました。毎日朝からごった返していました。勿論、その八百屋も同じようにごった返し、みんな大声で話さないと聞き取れません。その山田社長も私に言われました。「内海さん。あんた解るか?もしあんたが八百屋を始めるんやったら絶対に流行ってる魚屋の隣に店をだすんやで!だから、街に配達に行ってもし流行ってる魚屋を見つけたら、ちゃんとチェックしときや!」肉屋ではなく魚屋さんです。そこが不思議ですね。また、後日、別の方に「オリジン弁当」という人気店はいつも、流行っているコンビニエンスストアのすぐ近くに出店を重ねているとも聞きました。そういえば、アメリカのバーガーキングはいつもマクドナルドの隣にあります。

女性と男性の年齢差を計算してみると・・・

今から20年前、八田玲子さんという女性起業家にお会いしました。その八田さんは「アトリエミセス」という会社を経営されていました。そこでは、様々な女性の視点で見た商品開発やマーケティング調査をしていました。この八田さんは有名な発明家で、様々なアイデア商品を開発されていたのです。事務所に展示されたアイデア商品に私は興味津々でした。

ある日、お茶を飲みながら八田さんと雑談をしていたとき、大変興味深い話をして下さいました。「内海さん、算数はお強いですか?ちょっと暗算してみて下さい。女性の平均寿命は78歳、男性が72歳です。その年齢差は6歳。結婚の年齢差の平均4歳を考慮して、この両方の年齢差を加えると約10年になります。つまり、世の中の女性は平均的に必ず10年以上は一人で生活しなければならない期間が存在するという事がもう宿命なんです。10年間の後家生活ですよ。」と言われました。。

私の母を見ていても判るのですが、70歳を超えても前向きで何かにチャレンジしています。歳が歳ですから、いろいろと体のあちこちに不具合は出てはいますが、そんなことにはお構いなしです。この様な高齢の女性達は元気に生活して、更なる生き甲斐を探し回っているようにも思います。考えてみると、このような女性の10年間に向けての商品やサービスを充実させてゆくことも大切です。

高齢化対策というと介護とか寝たきり対策とか言われますが、大半は元気でバリバリ生きている方々です。なにか社会参加できるような窓口や環境がこれから、大いに求められるようになってゆくと思います。