内海新聞 23号

今年の桜は特に早いです。もうほぼ満開の状態です。会社は皇居の近くなのでお堀の桜を毎年楽しみにしています。半蔵門の近くにフェアモントホテルという由緒あるホテルがありまして、このホテルの前にある桜並木は、それはもう見事に咲きます。毎年この時期になると、ホテルの予約は満杯なのですが、今年初めに不況のため閉館ということになってしまい大変残念です。

クレームの定義・・・「約束と結果の差分の要求」を意味する

毎日毎日、一生懸命に営業していても、ご提案した商品のことを一日の間にどれほど考えていただけるものなのでしょうか?平均すると、多分一日に10秒も考えていただけないだろうな・・そう思ったりもします。考えてみれば人間の記憶にとどめてもらうためにさまざまな広報活動や、営業活動をしている訳です。これには本当に多額のお金を投資しなければなりません。

たまたまテレビコマーシャルで見た商品を毎日考え続けさせるというのは不可能です。考えてもらえる時間を平均すると1日にせいぜい数秒なのではないのでしょうか?たまたま百貨店で商品を見て「これはテレビでいつか見たことがある・・・」そう思っていただければしめたものです。でもなかなかそうもいきません。どういう風に自分の会社や業務を記憶してもらえるのだろうか?これは私のテーマになりました。

そして、自分の昔のことを思い出しました。中華料理店のコックをしていて、毎日のように失敗ばかりして叱られていた頃の自分です。最初は何をやってもうまくいきません。お客様に「叱られる」という意味をよく理解していませんでした。クレームを言うお客様は、10秒どころか何時間もこのクレームの事を考え続けて、不安になったり、頭にきたりしているのではないでしょうか?

きっかけとしては、あまりよくない原因ですが、結果的には、いままで一日に何秒間思い出させるためにたくさんのお金を使っているのに比べると、クレームの場合はほとんどコストがかかっていないことになります。では、お客様が頭にきて怒っているのはなぜなのでしょうか?それは、「約束と違うじゃないか!」ということではないでしょうか?

多分「こうします!」という約束をして、お客様はそれに納得してお金を払っていただけたのだと思います。しかし、でてきた結果が約束よりも低い評価だった場合にクレームが起こるとしたら・・・どうでしょう?すべてが、こう言い切れるとは言いませんが、私はクレームの定義を次のように決めました。クレームとは約束と結果の差分の要求である・・・。

上の図にイメージで表しました。「100」やりますと約束していたのに、結果は「98」しかできなかった場合、約束より「2」足りません。お客さまは、この足りない「2」を早く補え・・と言っているのです。そして、頑張って「2」を補いました。しかし、お客様からみたら「2」補ってもらっても、約束の「1 0 0」になったに過ぎないので、感動するどころか、それで当たり前です。

もしも、このとき不足の「2」にさらに「1」を足して補ったとしたら・・・。合計は「1 0 1」となり約束よりも「1」多くなります。

この「1」を英語でいう「C S]つまり「顧客満足というのだ・・・と気づきました。

多分お客様は、不足を補って、さらにここまでしてくれた!ということで、更に深く記憶に留めることになります。

昔、中華のコックの時代に、お客様からクレームが出た場合、その場ですぐに対応しましたが、その上にさらにお詫び券という無料クーポン券を出して、「後日もう一度確かめに来てください。それまでに、本日の問題は解決しておきます。そのお手間に次回は無料とさせていただきます。」と宣言をしてゆきました。

ある意味、これも100-98+3=101というクレームを顧客満足につないでゆく逆転の発想だったのかもしれません。人間の喜怒哀楽という感情の中で、「怒」という感情が一番本気で本音に近いものかもしれません。しかも考え続けてくれている絶好のタイミング!そんなチャンスを生かさない手はありません。そういうところの対応次第で、..将来大きな差となってあらわれてゆくものなのかも知れません。

ブレインウォッシュというBarとランドロマート(コインランドリー)

私は、アメリカに出張に行くときは必ず何か面白いネタを仕入れて帰ってくるというノルマを自分につけています。これは今から5年以上前の話です。

アメリカ合衆国のサンフランシスコのフォルソムst.というダウンタウンにジンテックのアメリカの事務所がありました。事務所といっても民家の一階を間借りした事務所でした。このサンフランシスコのオフィスにはアメリカ人のエリック・ピータスン君が駐在していました。

アメリカに滞在するするときには彼がいろいろこまごまと身の回りの世話をしてくれました。このフォルソム通りというのは、東京で言えば神田の下町のようなところで、小さな町工場が沢山ありました。自動車板金工場や、材木屋に看板屋、電気屋や家具店などなど・・・。

結構、飲食店なども穴場的なところも多く、何店舗かお気に入りがありました。特にお気に入りはタイ料理のお店とアメリカ料理のお店です。ランチはハンバーガーかこのタイ料理のお店に良く行きました。

そして、アメリカ料理のお店ですが、私は驚きました。日本人の舌は肥えているといわれるように食べ物に関しては少々うるさいです。私は特に飲食店をしていたので、ひときわうるさ型のほうなのです。しかもアメリカ料理などというと、フライドポテトとかハンバーガーとか洗面器のようなボールに入ったシーザースサラダ・・・なんていうイメージで、少々馬鹿にしていました。しかし、このお店にいってその先入観は一掃されてしまいました。アメリカにはアメリカ料理というものがあって、しかも高級料理であるということを知りました。

そのお店には店員にもお客にも黒人は一人もいませんでした。アジア人は我々だけだったので、少々緊張しました。入り口には20~30人が順番待ちで待っていました。順番が来るまでウェイティングバーで泡の無い地ビール(旨い!)を飲みながら待ちますので退屈はしないです。席では教育されたウェイターやソムリエがマナー良くサービスしてくれます。チキン、魚、ビーフ、マトンなどさまざまな素材が提供され、ワインもナパバレーの一級品が並びます。調理方法はフランスのような重い感じではなく、あっさりとした、しかもコクのある大変美味なものでした。エリックは「これがアメリカ料理だよ。知らなかったの?」と自慢げでした。

食事に満足しながら、事務所まで帰ってくると、向かいに明るくネオンの輝く一軒のBarがありました。看板には「BrainWash(ブレインウォシュ)とあります。訳すと「洗脳」です。しかし、ものすごい大入り満員で、しかも次から次と客が来ます。また、回転よくどんどん帰る客もいます。エリックが私に言いました。

「内海さん、あの店は何の店かわかるかい?」
「何って・・・あれはただのB a rだろ?」
「そう思うでしょう?実は違うんだなぁ・・・!!」
と言ってニヤリと笑いました。

確かに、流行っていますが、回転があまりにも速いですし、皆大きな荷物を持っています。「内海さん。あれはね、ランドロマートなんだよ!」「ランドロマート?それって日本で言うコインランドリーでしょ?」「そう!二階がそのコインランドリーなんだ。アメリカは治安が悪いからマンションの地下にあるコインランドリーは怖いでしょ?置いておくと盗まれるし、居ると怖いし・・・で皆ここに来るんだ。二階で洗濯している間、一階のBarで友人たちとビールを飲みながらおしゃべりしているのさ。だいたい40分くらいで出来上がるので、回転もいい。これって日本にないでしょう?

一階をBarにして、二階に大きなコインランドリーにすれば、日本でも流行ると思うなぁ! どう?やってみない?」なるほどなぁ。確かに日本でも共働き夫婦や単身の人も増えて、なかなか時間がない人も多いし、一階が「ガスト」のようなファミリーレストランやBarで二階がコインランドリーのようなお店があると便利だろうなぁ・・そんなことをアメリカの星空をみながら考えていたのを思い出しました。

昆虫の擬態と日本の流行

私は小学生の頃は、結構有名な昆虫少年でした。地元出身の漫画家の手塚治虫さんも昆虫好きで、自分の名前に「虫」の字をくっつけてしまいましたが、そんな影響もあってか虫は大好きなのです。そんな昆虫の中で大変興味深いのは「擬態(ぎたい)」です。昆虫はもともと気の小さな、平和主義の生物です。なるべく、気付かれずにひっそりと暮らしたいのが本音なのではないでしょうか?そんなための特殊な能力が「擬態」です。

「擬態」には自然の中に隠れる意味のものと、他の派手なものに化ける場合とあります。先日銀座を歩いていて、街行く人々を見ていると、同じような感じの人ばかりで、日本人は擬態好きなのかな?とふと思ってしまいました。流行を追っているようで、実は皆同じという印象でした。ちなみに、左の写真はハナカマキリの写真ですが、ここに美しいカマキリが3匹います。多分判らないでしょう。(写真:奥本大三郎の虫眼鏡サイトより)