内海新聞 18号

コンビニエンス旅館

私が住んでいる隣が熱海市です。日本でも有名な温泉地ですが、今はもう見る影もありません。観光業の不況で旅行客激減です。何故こうなってしまったんだろうか?不謹慎ですが、私は興味津々です。熱海のお宮の松があるメインストリート前には大きな旅館が並んでいますが、この半分が廃業しています。すでにゴーストタウンです。

私は門外漢ですが勝手にいろいろ分析し、何か地元貢献できるような事があればと考えたりもしています。熱海の旅館はサラリーマンで団体で社用族相手の構造なんだなぁ・・・と知りました。大きな宴会場があり、芸者さんがいて、風呂は男性用が大きく、女性用は申し訳ない程度の大きさ。外に出れば、マージャン、カラオケ、風俗、パチンコ・・・。しかもチェックインは午後2時でチェックアウトは午前10時。これでは土日が休みのサラリーマンの男性の団体だけを呼んでいるようにしか見えません。そのような観光客が激減し大変な状況になっています。今は若い女性や家族連れやアベックといった小人数が多いので、旅館は構造的にミスマッチを起こしています。しかも、料理も仕出しやさんからの画一メニューです。これではがっかりです。

熱海や湯河原に来られて、あまりにもコンビニエンスストアが多い事に気付かれた方もいらっしゃるかも知れません。湯河原でも人口2万人強なのに30軒以上あるのではないでしょうか?これは経営に窮した旅館が素泊まりを始めた結果、コンビにでおにぎりやビールを買いこんでお部屋に持ち込む若い旅行客が増えたためといわれています。これでは、大きな旅館はさらに大変だなぁ・・と思います。旅館は先ほどの構造上、土曜日曜で稼ぎます。だから割高になります。私は昔、商売をしていたので、平日に休みがありましたが、前日は夜遅くまで目一杯働いてますので、チェックインの2時には間に合いませんから旅行は諦めていました。このような方々は一杯いるのではないでしょうか?そこでこんなことを考えました。「コンビニエンス旅館」です。チェックインの時間を午前0時迄にします。チェックアウトを翌日の午後4時にします。夕食は付きません。ただ朝食は美味しい地鯵の干物とアサリのお味噌汁とご飯とお新香です。

一泊4000円。土日に休めない職業の方々は多く、百貨店・美容理容業・飲食業・商店街のお店等々。そして、この休みの日は業界毎にほぼ何曜日と決まっています。仕事が終わってから、友人達と夜に出発です。列車の中でのお弁当が夕食です。駅からタクシーで旅館へ直行です。それから温泉に浸かったり、夜遅くまで友人達とおしゃべりが続くでしょう。ビールやおつまみは自販機やコンビニがあります。翌日は、美味しい地元の魚で朝食です。そこから、お部屋はそのままで、散策しても良いし温泉も良いし、昼寝でもおしゃべりでもOKです。4時にチェックアウトでお土産を買って帰宅です。各業界の休みが判りますので、それに合わせてコースをつくり、東京で絞込みの販売促進が可能です。理容店に向けて「日曜夜からの月曜日コース」という具合です。旅行に行けない商売をしている方々はきっと喜ぶだろうと思います。土日は通常通りのシステムでもOKです。こんな事を考えています。

ケータイ文化

「ケータイ」すなわち「携帯電話」のことです。異常なぐらいまでの加熱で携帯電話が普及しています。しかも、i-modeとかのインターネット接続型携帯電話というものです。なぜ、これほどまで日本の社会に普及していったのでしょうか?さまざまな方々が携帯電話の利便性や優れたコンテンツとか言われていますが、わたしは別の観点でこの流れを見ています。あまのじゃくなので (^_^;)

「携帯(けいたい)」・・・本当に奇妙な漢字だと思います。帯に携えると書きます。今時、帯に携えている人など見たことがありません。恐らく江戸時代の言葉なのだと思います。国土や住居が狭いからか、日本人は何でも小さくコンパクトにまとめます。「扇子」もそうです。「キセル」や「印籠」。水戸黄門様も持たれてました。食器でも箸でも何でも小さくしたり、折りたたんだりして持ち運び易く工夫しました。携帯電話の折りたたみ式が人気があるのは、やはり、このような歴史的遺伝子がまだ脈々と生きているのかも知れません。あんな小さな画面でインターネットやメールなんてやれるはずがない。最初は皆そう思いました。しかし、現在インターネットを利用している人は、ケータイ電話派の方が多いのではないでしょうか?

小さな画面に要領良く文字を打ち込む才能は、日本人は相当なものだと思います。それは、日本には少しの文字で沢山のことを言い表す文化があったからです。「俳句」や「短歌」や「川柳」がそうです。ケータイ文化が俳句とつながっていると考えると、なるほどとうなずけるものがあります。それに日本人は言葉を略すのが得意なようです。かつて女子高校生達が携帯電話が出る前にコミュニケーションツールとして使っていたものが、ポケベルです。(どうですか?これも略語ですね)公衆電話のテンキーだけで略語をどんどん作りだし、相手に意思を伝えていました。この彼女達も成人して、すんなりこのケータイ文化に乗り換えたともいえるのではないでしょうか?日本の伝統文化に基づいたケータイ文化は全世界に大きな影響を与えつつあります。逆に江戸時代の文化や流行を研究したほうが、携帯電話の未来が見えてくるかもしれません。

1991年3月「ふるさとコールカード企画」

平成3年頃、大変な人材不足で新卒大学生は各企業の争奪戦でした。東京でこういう状況ですので、地方はさらに深刻でした。地方の人でも都会の大学に進学することが多く、卒業するとそのまま都会の企業に就職してしまい、田舎に帰るという事は殆どありません。

またせっかく立派な企業に就職しても、1年2年で退職してしまう人達も数多くでました。就職活動の時にしっかり考えて選ばなかったために入社してからその勘違いに気付くということだったのかも知れません。この人達を当時は「第二新卒」と呼びました。この第二新卒の人達をふるさとの企業に呼び戻そうというのが、この「ふるさとコールカード」企画でした。

多分退職した時、再就職先の中には、故郷に戻るという選択枝もあるに違いないと思いました。しかし、東京にいては故郷の企業の情報など手に入りません。結局、就職情報誌などから選んでゆく事になります。この「ふるさとコールカード」は、公衆電話でつかうテレフォンカードです。しかし、普通のテレカと違うのはリバーシブル、つまり公衆電話に差し込む方向が前からと後ろからとの2ヶ所有る事。

つまり、この「ふるさとコールカード」は差込む方向によって2ヶ所の電話番号に自動コールできる仕掛けになっていました。しかもフリーダイヤルですので電話代は不用です。この「ふるさとコールカード」は各都道府県別に制作する事を考えました。この仕組みはこうです。「ふるさとコールカード」のAの方向から差し込むと「ふるさとダイヤル」につながります。ここでは、ふるさとの最新ニュースがテープで流れています。次に反対のBの方向に差し込むと「地元企業情報」といって求人している地元企業の情報を照会するセンターにつながります。ここは女性オペレーターが対応します。このカードにはさらに交通事故傷害保険もついています。

このカードを大学4年生で卒業間近の学生の自宅に郵送します。きっと財布などに入れておくだろうし、もし会社を辞めたくなったら、このカードを思い出すだろう。そして、公衆電話に差し込むと懐かしいふるさとの情報を聞く事ができます。

多分、会社を辞めようと決める時というのは、ある日突然だと思います。そんな時、ふるさとに帰るというのも選択枝のひとつに入っている人もいると思います。近くの公衆電話でこの「ふるさとコールカード」を使ってくれるに違いない・・・そう考えました。職業安定法の関係から地元企業照会に入った方々の情報をすべての協賛企業にお知らせし、直接アプローチしていただく流れになっていました。このカードに地元企業の協賛を得て、各社の年会費が運営費用となりました。第1号は北海道版に決定し、北海道出身で関東の大学に進学した大学卒業予定者を対象にしました。今から10年前の企画でした。しかし、今の時代は当時とは正反対、大失業時代です。

蜻蛉(トンボ)とヤゴ

トンボは大好きな昆虫のひとつです。
ぎょろ眼とスマートなカラダにダイナミックで大きな羽根。器用に空中で獲物を捕獲します。別に人間には危害を加えませんので安心です。トンボは空中で交尾をして水の中に産卵します。水草や水中の石に生みつけていきます。やがて卵は孵化し幼生となり脱皮を繰り返してヤゴになります。トンボの幼虫がヤゴです。

トンボは見たことがあるけれど、ヤゴは見たことが無い方が殆どだと思います。成虫のトンボとは似ても似つかない醜い格好をしています。ずっと水中で暮らします。そして、このヤゴは大きくて強いあごを持っています。しかも折りたたみ式でぐぐっと前にせり出す構造になっています。

別の何かを想像された方もいるかも知れません。そうです。映画にでてきた「エイリアン」そのものなのです。水中で獲物に近づきすばやいスピードであごを伸ばし、魚を捕獲します。

水中の昆虫は非常に獰猛なものが多いのです。ホタルの幼虫も成虫のカヨワイ姿からは想像もできない肉食昆虫で「カワニナ」という巻貝を食べ尽くします。「タイコウチ」という水中昆虫はカマキリのような前足で魚を捕獲し、体液を吸血する昆虫界の吸血鬼です。ちなみに昆虫ではありませんが、海にいる妖精といわれる「クリオネ」も恐ろしい肉食生物なのです。

話をもどして・・・ヤゴはやがてサナギになり水面まで這い上がり、成虫のトンボとなって空中に舞い上がります。トンボになれば二度と水中には戻ってきません。ヤゴ達は、多分水中が「この世」であり、空は「あの世」と思っているかも知れません。ヤゴの生活がすべてであり、人生(?)を終えて天国に昇ってゆく。サナギの背中が割れて魂が天国に昇ってゆく・・そういう気もします。人間もひょっとして、今の姿は幼虫で、死んだと思っているのが、実はただの脱皮で、成虫となって次の世界に行くのだとしたら、なんだか楽しみになってきます。