内海新聞 15号

編集長より:最近、悲惨な事件が続きます。何があったか知りませんが、他人を巻き添えにするのはやめて欲しいものです。東京にいると、JRや地下鉄が人身事故でよく止まります。人間生きている限り、必ずチャンスがあります。明石家さんまさんのお子さんのお名前は「いまる」ちゃんです。これは「生きてるだけで、まる儲け」の略だそうです。まさしく人間生きていること自体に意味があると思いますが・・・

糸川英夫博士と逆転の発想

私が尊敬するお一人に糸川英夫博士がいます。
「逆転の発想」という本で有名でした。ラーメン屋さんのコック時代この本を読み大ファンになりました。今まで常識と思っていたことが、見る角度を変えれば全く違うものになるということを言われています。昔、博士が所長をされていた組織工学研究所にお手紙を書いて送りました。その後、ご丁寧に自筆でお返事を頂きました。今では私の大切な宝物です。隼や零戦を超える至上最強の戦闘機「錘馗(しょうき)」を開発されたことでも有名です。「逆転の発想」の中で、びっくりした逸話があります。

「ゴルフほど体に悪いスポーツはない。だって準備運動もせずにいきなりドライバーをぶんぶん振り回すんだから.体に良いはずがない。本来はパタから順番にはじめて最後にドライバーでホールインワンを狙うのが一番良い。」なんてまじめに書いてあるのをみて本当に驚いてしまいました。戦闘機からロケット、そして大脳生理学から音楽の世界に興味の範囲を広げテレビでよくチェロを弾かれているお姿を拝見しました。どんな困難にもへこたれない、そして常識にとらわれない発想はとても愉快で大胆!こんな天才が日本にいた事を誇りに思いました。

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1912年7月20日東京に生まれる。リンドバーグの大西洋横断成功に影響を受け、飛行機製作を目指し東京帝国大学工学部航空工学科に入学。
1935年卒業後、中島飛行機に入社。そこでは日本陸軍が採用した「九七」「隼」「鐘馗」「疾風」等の戦闘機の設計製作に携わった。
1945年8月15日敗戦。ポツダム条約には「日本の航空宇宙に関する研究、製作、業務の一切を禁じる」条項があった。”ヒコーキ屋”としての自分の存在意義を失い自殺まで考えていたという糸川氏は、死ぬ前に一挺のバイオリンの製作に取り掛かる。200年前のストラディバリウスに負けない音色を奏でるバイオリンの設計。糸川氏が最初に取り組んだことは、ベートーベンやモーツアルト等の楽譜を調べることだった。曲に使われている音譜の頻度と長さの統計をとり、作曲家たちがもっとも聴衆に聴いてほしい四つの音を割り出す。そしてストラディバリウスでさえ出にくいA4、E4という高音を”太く力強く遠くまで届く”バイオリンの製作にとりかかる。

1992年、名匠といわれる職人達が練り上げて来たバイオリン作りとは無縁の難解な波動方程式で解かれた”ヒデオ・イトカワ号”が完成した。糸川氏は日本の宇宙開発の基礎を築いた「ペンシルロケット」の生みの親でもあり、他にも脳波測定器の開発や組織工学の研究と、取り扱う対象が幅広かった。しかし糸川氏が作ったもののなかで何より得難いものは、糸川氏の命を繋いだこのバイオリンだった。1999年2月21日死去、享年86才。/日本テレビ「知ってるつもり」から/また日本の大きな財産がひとつ消えました。

電子手帳で在庫管理

会社をしていると、書類がどんどん増えて管理に困ってしまいます。せっかく整理整頓しても、今度はどこにしまったのかがわからなかなって、大変なことになることが多いのです。

今回ご紹介するのは、そんな不便を解決するIT技術です。ITといっても、これで何でも解決できると思ったら大きな間違いです。今回のITの主役は「電子手帳」です。しかも文房具店で1000円くらいで売っている電子電話帳です。名前とその人の電話番号を登録できるものです。これがあれば面白い事ができます。問題は、ITではなく、システム以前に問題があるのです。書類をどこに片付けるか?の「どこに?」が問題なのです。多分、限られたスペースなので、利用できる場所には限界があります。その限界あるスペースをすべて整理して番号をつけていきます。二つ目のブロックの上から3番目だとすると「002-003」という具合です。そこには会社案内を収納すると決めたとします。それを電子手帳に登録します。

登録名は「会社案内」。電話番号のところに「002-003」と登録します。そしてもう1枚、事務所の平面図をつくって「002-003」がどこにあるかを記載します。これは下敷きのようなクリアケースに入れておきます。このクリアケースと電子手帳をセットで皆が判るところにぶら下げておきます。何か必要があれば、皆勝手にこの電子手帳をプッシュしてどこにあるかを知ることが出来ます。そして会社案内が最後の10部くらいになれば、そこに台紙が挟んであり、「部数が残りすくなくなりました。この台紙を総務に届けてください。」とあります。たまたまその台紙に遭遇した人は総務にこれを届けます。そうすると、誰も何も考えずに全自動で在庫管理ができるようになるのではないでしょうか?

丸の内OL倶楽部

今から7年位前の企画です。ある大手旅行代理店からこんな依頼が舞い込んで着ました。
「女性向けの海外旅行の企画をしたいのだけれど協力してほしい。」

何回かの打合せのあと次のような企画を私はまとめました。その企画名が「丸の内OL倶楽部プロジェクト」
簡単にいうとOLの方に旅行計画のお世話係になっていただき旅行ニーズを吸い上げようというものです。まず次のような仮説を立てました。学校を卒業してから海外旅行に行けるチャンスは女性の方が格段に多い。男性は多分新婚旅行くらいしか長期に海外に行く機会はないだろう。一方女性は独身時代にも何度も海外旅行に出かけることができる。

そこで新人OLをターゲットに会員サークルを作ることにしました。これが「丸の内OL倶楽部」です。丸の内というのは全国の城下町の県庁所在地などには必ずといっていいほどある地名で一般的であり都会っぽいのでこの名称にしました。短大や女子大の大学4年生名簿を元にダイレクトメールを送りました。丁度、卒業式直前の1月~2月に彼女たちの実家宛に送付します。

「就職おめでとうございます。こちらは**旅行です。このたび新人OLのための旅行情報サークルを作りました。」といった内容の入会案内です。入会は無料です。入会すると会員証が送られてきます。その会員証はテレホンカードです。そして、そのテレホンカードにはフリーダイヤル番号が記憶されていて、公衆電話に差し込むと自動的に指定のフリーダイヤル番号に掛かります。フリーダイヤルですので電話料は掛かりませんので、そのテレホンカードはいつまででも使えます。

まず、新人OLが入社すると、一般職の場合、総務やアシスタント部門に配属されます。女性の場合、自ら休暇をとって旅行に行くチャンスが増えます。また友人の結婚等の新婚旅行も身近に起こります。総務の場合、社員旅行も手伝ったりします。また家族や友人が旅行に行く場合もあります。生活のまわりに旅行との接点が増えてきます。そんな時、「丸の内OL倶楽部」の会員を通じて申し込むと割り引きや様々な特典が付くようになっています。つまり、この「丸の内OL倶楽部」の会員さんは旅行会社のお世話係ということです。

彼女たちが社内での自分の身の回りにある旅行話をとりまとめて報告してくれるという仕組みです。もちろん旅行会社からは彼女たちに特典があります。紹介するたびにポイントが蓄積されます。規定のポイントがたまると特典として最高でサイパン旅行がプレゼントされます。当時の計算では1年に1回サイパンに無料で行けるような計算方法になっていました。また、旅行会社では、団体旅行などで、空席がでた場合、それを埋めるために格安でチケットを売り出すことがありますが、これはあまりオープンにできません。この情報を優先的に「丸の内OL倶楽部」の会員にお知らせします。たとえば「明後日出発のニューヨーク往復35000円2名限り!」とか「韓国往復8000円」です。これらはすべて会員証であるフリーダイヤルテレフォンカードで連絡が取り合えるようになっています。

利用方法は、会社の公衆電話にこの会員証であるフリーダイヤルテレフォンカードを差し込むと、自動的に「丸の内OL倶楽部事務局」に接続されます。そして、#1を押すと旅行受付センターという、会員OLが身近で収集した旅行計画を連絡する窓口につながります。ここは会員OLがポイントをためてゆくための窓口になります。また#2をプッシュすると、団体旅行の空席情報が録音テープで案内されています。会員はそれを聞いてすぐに申し込むことができるようになっています。

新入社員から3年目くらいまでのOLさんを対象として300名の会員組織で始めました。このプロジェクトは今はもう終了していますが、みんなでワイワイガヤガヤ言いながら進めていった、とても楽しい企画でした。

お恥ずかしい話

私が子供のころのバナナは、大変貴重なくだものでした。
フィリピンバナナと台湾バナナがあって、台湾バナナの方が甘くて美味しいのですが、すこし小さいのです。当時は大変高価で、今のほうが値段は安いのではないでしょうか?私はこのバナナが大好物でしたが、年に数回しか食べられません。遠足の時がそのチャンスです。金持ちの子は1本もってきますが貧乏な家の子は半分か1/3本です。バナナの大きさで家庭事情がわかるというものです。

私は3人兄弟でしたのでいつも1/3本でした。遠足の時は、おやつの金額や量に対して学校が規制をかけていたので、バナナは「おかず」か「おやつ」のどちらか?という論争が毎回のように学級会で問題になりました。いつも答えは学校側の論理が通って「おやつ」で落ち着きます。あのころの私の将来の夢は「大人になって大金持ちになって、おなか一杯バナナを食べられるくらい成功すること!」でした。同じ頃、メロンも高価な果物でしたが、母親は「あれは見て楽しむくだものだ」と言っていたのを覚えています。