内海新聞 10号

編集長より:いよいよ21世紀!子供の頃想像していた21世紀というのは、自動車が空を飛び、食事も何でもボタンを押せばできあがり。家にはロボットがいて家事でもなんでも「おちゃのこさいさい」。そんな21世紀が目の前にやってきたのに、生活は普段と変わり無く・・・。あの頃に想像した世界はもっと優しい人ばかりだったような・・・

私のゴルフコーチから学んだこと

私は本当に運動神経が鈍く、ゴルフに関しても推して知るべしです。私の友人で大手損害保険会社に勤める鈴木さんという親友は「へたくそゴルフの会」というものを作ってくれていまして、スコア100を2回以上切ると除名というありがたいルールです。・・・しかし、これではいけないと、プロのコーチをつけて基礎から練習し直そうと決心しました。 週に1回1時間のレッスンを選びました。

とても明るく愉快なコーチとはすぐに仲良くなれました。彼はジャンボ尾崎のコーチをしていると話してくれました。
私は彼に質問したのです。
「先生はそんなに有名でもないし、ツアーで成績をおさめたという話も聞いたことがない。それなのになぜトッププロのジャンボ尾崎をコーチできるのですか?常識で考えておかしいでしょう?」
そうしたら先生は意外な話をしてくれたのです。
「そうだね、私がジャンボと勝負したら絶対負けるだろうね。」
「もし私がジャンボよりも上手だったらノウハウを教えたりしないよ。だって自分から敵をつくるようなバカじゃないよ。」
「どんな上手な人でもずっと優勝しつづける事なんて不可能です。負ける時もあるし勝つ時もある。ただジャンボは勝つときが多いのです。ではなぜ負ける時があるのか?それは勝つ時のフォームを崩しているからなんです。必ず勝てるフォームというものを持っています。そのフォームを崩した時に実力を発揮できずに負けてしまう。

例えば、足の位置がいつもと違うとかだったり、目の位置がいつもと違うとかであったりです。でもこれは意外と本人は気付かないものなんです。そのフォームの狂いを私なら判る。私はそのフォームの崩れを指摘する役目です。」
私は「なるほどっ!」と唸りました。

コンサルティングやカウンセリングというのはこういうことなんだなって思いました。大学や経営コンサルティングの先生が独立して事業してもうまくいくとは限りません。ですから彼等先生が言われる事は素直に聞けなかったのですが、このようなフォームをチェックするという意味では非常に重要な仕事なんだと再認識しました。

宮尾すすむの日本の社長

私が、事業家に興味をもった理由はいくつかあります。
その一つが「宮尾すすむの日本の社長」というテレビ番組です。朝のワイドショーのひとつのコーナーで放送されていました。私はラーメン屋の朝の仕込みをしながらたまたま見たのです。その時に登場した社長が「フレンドオブフリージア」という会社の社長だった佐々木ベジさんです。

秋葉原の風雲児としてその後大活躍するのですが、当時はまだ26歳。私と同じ歳です。おとうさんがベジタリアンだったことからこの名前がついたといいます。ちなみに弟さんは佐々木一寸法師(いっすんぼうし)さんといいます。

ここは家電の安売りの会社です。駅前で安売りのチラシをまきます。それには店の地図が書いてあるのですが、わざと遠回りの道が書いてあります。その間に佐々木社長は走って店に戻り、客を待ちます。店には空箱しか置いていません。注文を受けてから初めて仕入れに行くのです。佐々木ベジ社長も凄いと思いましたが、もっと凄いと思ったのは、専務と言われる60歳すぎのおじいさんでした。

もと大企業の重役だったとかで、たいそう貫禄のある方でした。番組の中でこの専務は「私がきっとこの佐々木さんを日本一の経営者にしてみせます。」と断言した事でした。私はショックでした。まず、今の私にはこんな年配で立派な方の知り合いすらいません。

また、いたとしても、父親くらい年齢の離れた方を部下にして、「日本一にしてみせます。」などと言わせるなんて、想像もできません。今の私は田舎の小さなお店の調理人です。同じ歳なのにすでにこんなに差がついている。現在の私にはそんな可能性はゼロです。立派になっていく人は、必ずこんな有能な年配のブレーンがついているものなんだと思いました。

その後、私が大手の人材派遣会社に縁ができ、会社に訪問した時も富田さんという三菱商事大阪副支社長だった方が取締役として出て来られました。やはり、ここも有能な年配のブレーンがついている。いつか自分も人生の大先輩がブレーンとして来ていただけるのだろうか?そんなチャンスは私にもまわってくるのだろうか・・・・・・・・・。

狂気の世界

私がラーメン屋さんを辞めた理由ですか?これも変な縁が原因です。私は当時死に物狂いで働いていました。
毎朝3時30分に起床し、4時から中央卸売市場の八百屋で働き、その後、仕入れをして朝10時にラーメン屋に戻り、大急ぎで仕込みをして店を開け、そのまま夜の9時30分に閉店し、店の掃除をして、そのまま定時制の兵庫県立川西高等学校にいって、高校生達に少林寺拳法を教え、11時に帰宅し、帳簿をしめて午前0時に失神するように眠るという毎日でした。丸一日休める日は年に5日だけ・・・・これが何年も何年も続きました。当時の私を知る人が今の私を見ると、「内海さん太ったねぇ~」って言います。今でも痩せていると思うのに当時はもっとすごかったのですね。前置きが長くなりました。

お店が終わると店内の掃除をして調味料の入った器に新聞紙をかぶせてテープでとめて帰宅します。その古新聞が食器棚の上に積んでありました。新聞はこの為に買っていて、読むというようなことはあまりありませんでした。ある日のことです。いつものように手を伸ばして古新聞を取ろうとした時、それが全部下に落ちたのです。そして二つ折りにしていた新聞がパッと開いたのです。ちょうどその真中の囲みの記事が目にとまりました。
「アイデア募集!素人のアナタを社長にします。」という記事でした。
たしか読売新聞の朝刊だったと思います。いつもは新聞を読まないのにその時だけ、その記事が目に飛び込んできたのです。

翌日私はその会社に電話をしました。株式会社テンポラリーセンター。人材派遣の会社とありましたが何の事かさっぱりわかりません。女性の方が電話に出られて「アイデア応募の締め切りは明日です。」さぁ大変。今日中に考えて送らないと間に合わない。なぜかもうその時には応募する気になっていたのを今でも不思議に思います。私は仕方なく今まで溜めていたアイデアノートの中にあった、ある企画のページを切り取り、サントリーオールドの空き箱に入れて宅急便で送りました。

・・・・それから1ヶ月たちましたが、何の連絡もありません。私の店は毎週水曜日が休みですが、水曜日も朝から卸売市場で午後4時まで働いていたので5時頃そのテンポラリーセンターを訪問して状況を聞きに行くことにしました。富田さんという高齢のおじいさんが出てこられました。取締役事業開発部長という肩書きでした。「私の送った企画の件ですが・・・・合格しているのに連絡がありません。何か事務的な手違いがあると思いますので調べていただけますか?」富田取締役は驚いていましたが、私は言いたいことだけ言って帰りました。翌週になってもまだ連絡がありません。私はまた訪問しました。そして同じように質問しました。「合格しているのに連絡しないのはなぜですか?」私の頭の中は自分の企画は必ず合格している・・・そう思い込んでいました。雑談の中でその富田さんが私と同じ宝塚市にご自宅があることを知りました。それから私は週1回では足りないのだと思い、毎日、卸売市場の八百屋の配達のルートに富田さんのご自宅を入れてしまって、毎朝午前6時30分に自宅前で立って待っていました。

「なぜ連絡がないのですか?」3ヶ月以上続きました。よく富田さんも警察に連絡しなかったものだと今思います。そんな状態ですから、東京の本社に富田さんが変質者に狙われているというような情報がいったのでしょうか?・・・東京のこの会社から連絡がありました。「君の企画に興味をもった企業がある。大塚製薬という会社だ。」私が提案した企画は糖尿病患者のための食材を自宅に宅配したり、治療食を見栄え豪華にして企業に届けるという日本で初めての企画でした。

旭川工場長といわれる大塚取締役は、「今うちで、水で溶かせば治療食ができあがる食品を開発した。これは今のオロナミンCのルートでは弱いのだ。君の企画は病気の方々を会員制にする新しい事業でしょう?うまく一緒にできるような気がする。」 その時、私は思いました。「ほうら、やっぱり・・・合格していたでしょう!」そのあと色々ありましたが、これがきっかけとなって、昭和60年8月31日の日曜日に店を閉じ、誘われるまま9月1日の月曜日からアルバイトとして人材派遣会社で働き始めることになりました。あとで知りましたが、そこには強烈な創業者がいて、私の人生に大きな影響を与える運命の出会いが待っていました。その凄い人とは、パソナグループ代表の南部靖之さんでした。

久遠(クオン)

久遠(くおん)という単位をご存知ですか?仏教の中で使われる時間の単位です。目の前にある大きな岩に1年に1回だけ、風に吹かれて飛んできた木の葉がぶつかり、それが何年も繰り返され、長い時間をかけてその岩が削れて跡形もなくなるまでの時間を「一久遠」と言います。

いったいどれくらいの時間を要するのか想像もつきませんが宇宙規模の時間といえます。恐らく「一久遠」とは何憶年でも足りないのでしょう。さらに仏教の世界では「何万久遠」という単位で語られています。そんな中での人間の歴史や自分自身の悩みや行動などというものは、本当にちっぽけでささいなことのように感じられます。