内海新聞 2号

編集長より:「なぜこの新聞が送られてくるのだろう?!」と不思議に思われた方も多いと思います。お仕事の関係で以前名刺交換させていただいた方、まだ面識はないけれど弊社の誰かと名刺交換をさせていただいた方を中心に一方的に送らせて頂いております。もしもご迷惑な場合はどうそ送付停止とご連絡いただけますでしょうか?宜しくお願い致します。

ウサギグッズ

今回第2号になります。前回の内容はいかがでしたでしょうか?突然変な新聞が届いて驚かれたことと思います。申し訳ございません。そう言っておきながら第2号です。ところで、このウサギのマークは一体何だろうとご不審な方もいらっしゃると思いますので、少しご説明致します。

昔から、私の事を周囲では「ウサギの耳」と呼んでいます。これは、今から10年前。ジンテックを創業したときにアルバイトで来ていた大学生達がつけたニックネームです。私の周りにはいつも新鮮な情報が集まってきて、なんでも事前にキャッチするところは、まるでウサギの耳のようだ・・・というところから名付けられました。最近、インターネットの電子メールを使うようになって、「ウサギの耳」を自分のハンドル名(インターネットでいうペンネーム)に使い始めたところ、一気に有名になってしまいました。私の机の上はウサギグッズで一杯です。

宿題

(このコーナーでは私の事をもう少し知っていただくために自己紹介を少しずつしてゆきます。)
私は3人兄弟の真ん中です。兄と妹がいて兄とは1つ違い、妹とは2つ違いですが早生まれなので学年は一つ下。全員年齢が接近していて、競争は激しかったです。兄と妹は秀才でいつも成績はトップクラス。私はいつもポカンと空を見上げている子供でした。自分の名前を忘れることもしばしば。(大人になった今でもたまに忘れることもありますので、このあたりは変わっていません。)でも毎日はとても楽しかったです。

私の自慢は、小学校から高校まで、宿題を1度も提出したことがない事。どうも宿題は苦手です。今でも、会社の仕事を家に持って帰っても全然はかどらないのはこのときの癖が残っているのでしょうか?この根気のない私にでも、一つだけ続けていたものがあります。それは少林寺拳法です。中学2年から30才になるまで道場に通いつづけました。これだけは師範までいきましたが、私の人生観を変えた大切な宝物でもあります。

特許出願

TACSは開発当初から特許戦略に力を入れてきました。出願から認可まで3年かかります。TACSは平成8年に「アナログ仕様の特許」、平成10年に「デジタル仕様の特許」が日本国とアメリカ合衆国の両国で確定し、認可がおりました。年内には、欧州各国、アジア諸国、カナダ、オセアニア諸国での認可も確実になってきました。この特許出願は最初迷いました。特許とは確定しますと、20年間の権利が与えられるのですが、そのかわりその詳細な情報は一般に公開することになるからです。そうすると、様々な競合や類似品が世の中にでてきます。しかし、産業の王道を歩きたいという創業の理念の元に特許出願に踏み切りました。模倣や搾取でなくオリジナリティーを重視し、業界のリーダーとなるために・・・

私の特許とのかかわりは35年位前からです。私の祖父(故人)は、大阪で機械工具のメーカーをしていました。「株式会社北方(きたかた)製作所」といいます。松下電器産業は大きな得意先でした。戦争中でも戦争特需でたいそう景気が良かったそうです。その祖父は発明家で100件以上の特許を出願していました。終戦後、この戦争特需はなくなりました。一気に景気が悪くなり、組合競争も激しくなり、あれほど隆盛を誇った会社も倒産してしまいました。祖父は、小さな印刷会社に就職しました。

祖父は子供が6人いました。私の母が長女でした。倒産の時の悲惨な状況を子供たちは知っているので、だれもその頃の話はしたがりません。しかし、祖父は孫である私に対しては、いろいろな事を話してくれました。そして小学生だった私に特許の帝王学を教えてくれました。そもそも特許とは何か?出願願書の書き方。特許をどう戦略に生かすか?当時小学生だった私にはとても難しすぎました。でも中学校の頃には自分1人で特許出願をしたりしていました。それが、今になってこれほど役に立つとは夢にも思いませんでした。

ボブ・ボンプさん

3年前にロスアンジェルスのCTIフェアを見学に行きました。CTIとはコンピュータと電話をつなぐ技術の事です。私は会場で世界最大のCTIメーカーのダイヤロジック社の極東マネージャーのボブさんと出会いました。

「もしもあなたの特許が認可される事になればCTIの技術の根幹を揺るがすことになるだろう。」と彼は言いました。私は、その意味が理解できませんでした。そして翌年もCTIフェアに参加しました。全米から500社以上の企業が出展していました。そしてそのテーマは「インターネットコールセンターシステム」でした。いわゆる電話の自動受付システムです。

今年から日本でもサービスが開始されましたが「発IDサービス」という電話をしてきた人の電話番号が受話器をあげる前に判る「発信者番号通知サービス」が中心です。コールセンターに電話がかかってくると、すぐにその相手の電話番号が判ります。その電話番号をキーにしてデータベースからその顧客の情報を引っ張ってきます。最近では日本でもお馴染みのサービスになってきました。出展企業はみんな自信満々でしたが、私は不思議に思いました。

「もしも、その元のデータベースの精度が悪ければ、正確にシステムが動かないのではないか?」と質問しました。「それはノープロブレムだ。それはCTIの問題ではない。データベースの問題は企業側の責任であって、我々には関係ない。」「・・・・」それを聞いたときに、1年前に会ったボブさんの言葉を思い出しました。「ジンテックの特許はCTIの根幹に関わるものだ!」私は、そのときに言われた言葉の意味がやっと理解できました。CTIのシステムの中にジンテックのTACSの技術が組み込まれればデータベースもまるごと飲みこんだ世界初のコールシステムの完成です。

今までにないものです。競合他社を凌駕できるシステムの誕生です。私はその時に武者震いをしたことを忘れません。

1+1=1

アメリカのロスアンジェルスにあるコンベンションセンターでCTIフェアを見学してきました。CTIとは、コンピュータテレフォニーインテグレーションの略ですが、何のことやらさっぱり解りません。簡単にいうとコンピュータに電話をつなぐ技術ということになるのでしょうか?発明の初歩で、アイデアに詰まったら、今あるものをくっつけて一つにしろ・・・というのがあります。

例えば、懐中電灯にラジオをつける・・・とか、口紅に鏡をつけるとか、ボールペンにシャープペンシルをくっつけるとか・・・こんなのは良くご覧になったことがあると思いますが、アイデアに行き詰まるとよくこういう手を使います。コンピューターに電話をくっつけるのは、どうなんでしょうか?あらたな発明かアイデアの行き詰まりか?そうそうテレビでインターネットができるというのと、正反対でインターネットでテレビが見れるというのとありますが、これはどうでしょうか?謎です。

内海新聞とウサギの耳・・・

内海新聞は不定期に発行されるわがままな新聞です。最初は社員への内海からのメッセージとして20通からスタートしましたが、社員たちが、お客様先へお持ちしたのがきっかけで部数が増え、現在では発行数1000部を超えるほどになりました。この新聞の内容は株式会社ジンテックを創業する以前から現在に至る間に出会ったさまざまな方々との交流を書かせていただきました。それぞれには含蓄がありすべて現在の肥やしになっているような気がしています。

それから、私のニックネームはなぜ「ウサギの耳」というのか?それはナスダックジャパンに上場した「まぐクリック」の社長の西山裕之社長がまだ学生だった頃私につけたニックネームです。「内海さんのところにはいつも新しい情報が集まってくる。まるでいつもピンと立っているウサギの耳をもっているようだ。」といったのが最初です。それから私はウサギの耳と呼ばれるようになりました。今から15年前の話です。
株式会社ジンテック 代表取締役会長 内海 勝統