内海新聞 41号

東京赤坂に、私にワインを教えて下さったソムリエの児玉さんという方がいらっしゃいます。お店に行くと、毎回お奨めワインが出てきます。でも素人の私には、何をどう選んだらよいのかさっぱり判りません。飲んでみれば、ある程度、美味しいかどうか判りますが、ボトルを見ただけでは判りません。そんな時こだまさんが、良い方法を教えていただきました。良質ワインの収穫できた年号だけ覚えておけば大体間違いないそうです。

ボルドーは1982年、ブルゴーニュは1990年、ナパは1997年、オーストラリアは1998年だそうです。この年にできたワインは、大体間違いないそうです。ちょっと知ったかぶりができそうです。

ドッグランデビュー

先日、友人の個展を見学に行きました。神奈川県の秦野に木村植物園というところがあります。結構、山の奥にあって、車でしか無理なところです。このなかにカフェがあります。このカフェは、犬同伴でもOKのお店です。お店はトレーラーを改造したもので、なかなかおしゃれなお店です。メニューにもドッグメニューがあります。そこらにあるドッグフードではありません。黙って出されたら、絶対に犬用とは思えません。私は、犬用のメニューが気に入ってしまい、結構美味しく頂きました。お店の横には、「ドッグラン」が併設されています。「ドッグラン」とは、囲いのある犬用の運動場で、ここに犬を放して思いっきり走らせたり、他の犬との社交を楽しませます。最近、近所でも「ドックラン」併設のお店やペンションが増えています。

ただ、このカフェの面白いところは、定期的に「犬種ミーティング」をやっている事です。毎月、日程を決めて、その日は「同じ犬種」だけが集まるのです。今日は、「アイリッシュ・コーギー」の日だったり、ある日は「ラブラドールリトリバー」の日だったりです。そこに、その指定の犬種を連れた(連れられた?)飼い主が集まります。ちなみに、こんな感じです。

1/ 4(日) チワワちゃん 集まれ
1/10(土) ボーダーコリーちゃん 集まれ
1/11(日)ビーグルちゃん 集まれ
1/17(土) ヨーキーちゃん 集まれ
1/18(日) Tプードルちゃん 集まれ
1/24(土) シャルティーちゃん 集まれ
1/25(日) シュナウザーちゃん 集まれ
1/31(土) シーズーちゃん 集まれ
2/ 1(日) ポメラニアンちゃん 集まれ
2/ 7(土) パグちゃん 集まれ
2/ 8(土) MIXちゃん 集まれ・・・。

集まった犬たちは、いっちょうらいのお洋服を着たり、念入りにブラッシングされたり、それはもう大変な披露宴です。人間の世界では、赤ちゃんができて数ヶ月経つと、ベビーカーに乗せて近くの公園に行って先輩ママ達に自己紹介することを「公園デビュー」というのだそうですが、大変気を遣う大変なイベントと聞きました。さて、この「ドッグラン」でも新人飼い主と犬たちの「ドッグランデビュー」というのがあるような気がします。これも最も緊張する瞬間だと思います。このカフェでの飼い主達の会話は、犬たちの教育問題、恋愛問題、健康問題が話題の中心のようです。まったく人間と変わりません。黙って、目を閉じて聞いていると、まるで自分の子供のことを話題に話しているかのようです。

さて・・・ここからが私が驚いて嬉しくなったニュースです。このカフェは、平塚にあるフレンチのお店の姉妹店です。ここは、大変美味しいという事で有名なお店です。ところが、満員でなかなか入れません。貸し切りパーティーが多いのです。そして、驚くことは「犬同伴の飼い主達のパーティー」が多いのです。別に、このお店が主体で開催しているのではないのですが、飼い主達が犬同伴OKのフレンチということで、カフェから流れてきて、貸し切りパーティーが増えるようです。しかも、犬種別にパーティーが行われるので、次から次から予約が詰まっていきます。確かに、プードルを飼っているお家はプードルに非常に感心が高いので、そういうパーティーがあって、気心の知れた人たちが集まるとなれば、すぐに集客が可能だと思いました。

飼い主の、目下の問題はお嫁さん探しやお婿さん探しですので、そういうところでお見合いもかねてのパーティーはぴったりなのです。飼い主の素性も重要ですから、それも含めての確かめのパーティーです。まさに犬の合コンです。50歳以上の子供の教育を終え、世間の義務や責任から、ようやく解放された、金銭的に余裕のあるシニアが、今度は犬というペットに走ってゆく。でも、こういうコミュニケーションもいいかな・・とも思います。近所で、犬の散歩をしていると、全て犬の名前が会話の中心になって、「ジャッキーちゃんのママ」とか、「ももちゃんのパパ」とで飼い主を呼び合い、またそれがしっかり通じてしまうところが愉快です。後で「ジャッキーのママの本当のお名前はなんだっけ?」という事もよくあります。

ケータイ電波浸透率と店舗繁盛の法則

日本の携帯電話の普及は、猛烈なスピードで加速してきました、いつの間にか世界有数のケータイ電話国家になってしまいました。もう一人一台から二台持っているといってもいいでしょう。海外に行っても、ケータイ電話はそのお国事情が現わしています。アメリカは、ケータイ電話は、かなり普及しているのに、街角で利用している人を見かけることは、ほとんどありません。

これは自動車電話が主体なので、持って歩くということは少ないと聞きました。一方、韓国や北京などは、街中にケータイ電話ショップがあって、ほとんどの人が、持って歩いています。日本のケータイ電話とアメリカや中国などのケータイ電話は、通話料の設定で大きな違いがあります。これはほとんどの日本人がご存知ないと思います。日本の常識では、電話というものは、電話をかけた方が、その電話代金を支払う仕掛けになっています。日本ではこれは常識なのですが、世界からみたら、非常識です。海外では、電話に出たほうがその電話代金を支払います。だから間違い電話などは大変迷惑なことです。全額着信側が支払うのではなく、発信側もいくらかの負担はあるのですが、大半は着信側、つまり電話にでた方が支払うことになります。ですから、相手をしっかり確かめてから電話に出るということになります。

アメリカ人はケータイ電話は持っているのに、さらに別にページャー、つまりポケットベルを持っている人が多いのに気付かれた方もいると思います。これは、まずポケットベルに電話をしてもらって、その内容を見て、改めてケータイ電話から電話をかけ直すということをしています。この方が電話代金が安くなるからです。発信者番号の通知があれば、ポケットベルなどいらない・・・と考えられるかもしれませんが、旧式の、そんな機能のないケータイ電話を使っている人が多いので、こんな面倒くさいことになってしまいます。

さて、一方、日本のケータイ電話の話ですが、ある人に言わせると、最近の若者は待ち合わせが下手になったといいます。待ち合わせ場所は適当に決めて、あとはケータイ電話で連絡を取り合おうという人たちが多いのです。ケータイ電話がなければ、待ち合わせすら出来ない、また友人の連絡先の電話番号もメモリーに記憶させているので、紛失すると、もう何も出来ない事になります。たとえば、お店で待ち合わせをする場合、必ず遅れてきたり、道に迷ったりする人がいます。こういう時は、ケータイ電話だけが頼りです。でも、そのお店がケータイ電話の電波が届かなかったら、外に出て行って電話したりメールしたりと大変面倒です。お店の繁盛は、ケータイ電話がつながるかどうか・・・?がとても重要なファクターになりつつます。

以前、あるお店の前でOL風の人たちが、「ここはやめておこうよ。ケータイつながらないよ。遅刻してきた人と連絡とれなくなるかも知れないからね。」こんな会話をしている人たちがいたのを覚えています。よく、お店の前に「エビスビールあります!」というビール会社のポスターを見かけますが、「ケータイ、つながります!」というポスターが店頭に貼られてゆくことで、来店率をアップさせることが可能かもしれません。一方、電波が通りやすくする方法ですが、電波の浸透率を上げる屋内アンテナが市販されていますので、簡単に店内の環境整備は可能です。これらケータイ浸透率を上げる「屋内アンテナ」の普及は店舗内のケータイ電話の疎通率をアップさせ、それが来店促進につながってゆく。これは「ケータイ電波浸透率と商売繁盛の法則」となるかもしれません。あとは、携帯電話の利用者側のマナーの問題となります。

携帯版内海新聞がスタートします

2ヶ月ほど内海新聞を休んでいました。発送データから削除されたのではないかと心配されている方もいるかも知れませんがご安心下さい。休んでいた理由は「携帯版 内海新聞」の開発をしていたためです。携帯電話でも読めるようになりました。「いつでも、どこでも、なんどでも」が今回の開発のテーマです。下のURLにアクセスすることで見られます。

http://k.excite.co.jp/hp/u/utsumi_katsunori

インターネットに接続できる携帯電話から直接入力いただいても結構ですが、できればパソコンから上のURLをご自身の携帯電話にメールで送って、アクセスいただくと正確です。内海新聞の記事をリメイクして再登場です。電車を待つ時間や、休み時間など、急に出来た空き時間に是非訪れて見てください。何かのヒントになれば幸いです。インターネットならではの色々な趣向を凝らしています。ひとつひとつのコラムは、次の駅までのひと駅分の長さ、つまり約3分で読めるようになっています。またご意見ご要望をお寄せ下さいませ。

内海新聞 40号

寒中お見舞い申し上げます。年末年始はいかがでしたでしょうか?私はある方に「算命学陰陽五行説」を学びました。この法則は4000年以上も昔の古代中国で生まれ、現代においても引き継がれています。すべては憲法発布の年に始まり、10年おきに時代の流れが変わり50年で一周します。

最初の10年は混乱の年、次の10年が教育の時代、その次が経済台頭の時代、そして大衆の時代、最後が権力集中の時代です。ちょうど50年で振り出しに戻ります。日本の憲法発布が昭和22年。その50年後が1997年。現在は2004年で、二回目の混乱の時代の10年間のど真ん中にあります。前回は戦後の混乱期。今までの常識が通じないベンチャーの時代でソニーなどが生まれました。今も同じ時代にあります。さて今回は?そして次の教育の時代とは?

ヤドカリマーケティング

子供の頃、時々、潮干狩りに行きました。一番のターゲットは「まてがい」でした。「まてがい」という貝をご存知でしょうか?海岸の砂浜で潮が引いた後に、直径1センチ位の穴が無数に開いています。これが「まてがい」の巣穴です。ここに食塩を振りかけると、穴の中から長細い「まてがい」が飛び出してきます。それを捕まえるのが楽しみでした。

もうひとつ興味深いものがヤドカリです。ヤドカリは貝殻を背負っていますが貝類ではありません。十脚甲殻類というエビカニの仲間です。成長して体が大きくなるに従って貝殻を取り替えてゆきます。このヤドカリの習性と人間の習性は良く似ていることに気付きました。以前に「容積満杯の法則」を掲載しました。「人は、住む容積に合わせて、家具や荷物を増やしてゆく」というものです。引っ越して最初はとても広い部屋でも、1年後にはもう家具や荷物でいっぱいになっています。国内の消費活動をあげるには、大きい部屋に住むほど税金や助成などのメリットがあるような政策をとるのが面白いという話でした。

このヤドカリを見ていて気付いた話です。ヤドカリも引越し直後は大変大きな貝殻を背負って、のそのそ歩いていますが、やがて体が成長して丁度よくなります。さらに、もうひとつ気付いたことがあります。ヤドカリの背負っている貝殻にヒントがありました。今まで背負っていた貝殻が窮屈になると、それを脱ぎ捨てて、もっと大きな貝殻を探しだして引越ししてしまいます。ヤドカリは新しい貝殻を背負ってどこかに行ってしまいます。

もしも、このヤドカリが企業の大切な顧客だとしたら、悠長に構えてはいられません。引越ししてゆく顧客を追いかける施策が必要になります。毎年1000万人程の人々が引越をします。見知らぬ土地に行くのですから、不慣れなこともあり、さまざまな情報を素直に欲しがる貴重なビジネスチャンスでもあります。これが「転居者マーケティング」です。

ところが、一方、このヤドカリが脱ぎ捨てて行った中古の貝殻を観察し続けましょう。必ず、別のヤドカリがやってきて、この貝殻に住み着きます。貝殻はリサイクルされるのです。これをマーケティング的に考えた場合、引越して行った後の住宅には、また次の人が引越してきます。おそらく引越し直後には、荷物は少なくスペースに余裕があり、その後、荷物が増えて満杯になることが予想されます。引越して行った人を追いかけることは、とても重要ですが、引越して行ったあとの、空き住居に越してくる次の人を待って、サービスを提供するということも、とても重要なビジネスチャンスといえます。つまり、「引越し」とは、一箇所で転出してゆく人と、入居してくる人の2回のビジネスチャンスがあるという話で、私はこれに「ヤドカリマーケティング」と名付けました。

少し話の視点を変えて見ましょう。これが会社の事務所でも同じことが言えると思います。会社が引越して出て行った後の、空家のオフィスには、やがて次の会社が入居してきます。私も経験がありますが、引越し直後は、スペースが余っていて大丈夫かなと思うことがありますが、ものの半年も経つともう、荷物や人が増えて窮屈になってきます。でも部屋のスペース以上に膨らむことはありませんが・・・。

この入居直後の企業には新しい契約が沢山発生する可能性があります。宅配便業者や、マットのレンタル会社、人材派遣に文房具屋さん。コピー会社やトナーのリサイクル会社さん。さらには、求人広告代理店などなど・・・。つまり総務周りの新規受注のビジネスチャンスが盛りだくさんということです。今の顧客の中で引越して出て行った会社の空き事務所の住所こそ、とても可能性のある新規受注のデータベースということになります。ただし、いつ、どの会社が越してくるのかは判らないので少々の工夫は必要かもしれませんが。ここがノウハウといえます。

指紋でポイントカード

昨年の11月28日付けの日本経済新聞の朝刊の「企業1面」に「個客の購買分析連携」という記事がありました。そこには、イトーヨーカ堂がレジで支払いをすると、関連する一緒に良く売れる商品のクーポンが打ち出される仕組みの記事です。仕掛けたのはカタリナマーケティングジャパン。その名も「レジクーポン」。

大半の客は商品を見てから購入するので、その場でクーポン券を渡せば、すぐに商品を確認して購入する確率が増えるという理屈らしいです。顧客を分析して的確なマーケティングを行うのは理想ですが、この顧客データベースが曲者です。維持メンテナンスやシステムに莫大な費用がかかります。

内海新聞の25号の「コインスターという両替機とシステム化という考え方」の中に、アメリカにあるレジクーポンの話を掲載しました。日本のレジクーポンの発想の原点はどういうものか判りませんが、アメリカにあるレジクーポンは明確なコンセプトがあります。

顧客属性のデーターベースを保有することは、莫大なコストがかかるという事に気付いて、データベースはなるべく持たないという方向になって生まれた手法です。どこの誰が歳はいくつで、カードを何枚持っていて、趣味は何で前回は何を購入して・・・とどんどん膨張してゆくデータベースの経費が利益を超えたことが原因です。

いっそのこと、そんな情報は一切捨てて、ある商品が売れる時は、必ずこれも売れるという、商品の販売相関関係のデータベースだけ作り上げ、POSレジで読み取る毎に、一緒に売れる商品のクーポンが印刷されるようにしました。ここは、先ほどの「大半の客は商品を見てから購入する」に当てはまりますので、すぐに確認に行って購入する確率も高くなるでしょう。

ところで、私はいろいろなポイントカードを持っていますが、兎に角その枚数の多さにうんざりしています。もう財布が壊れそうです。ポイントカードを作るとき、氏名・住所・年齢・電話番号・・・等々記入し、しかも、各店舗で共有していないので全部別々に発行されています。私は、先ほどのアメリカのレジクーポンと同様に、どこの誰という情報が無くても良いのでは・・・と思ったりもしています。あのプラスチックのカードを10枚も20枚も持つよりも、これを指紋認証と組み合わせれば、大変便利だと思います。つまり、自分の指がポイントカードになるという発想です。

初回に自分の指紋を登録しておきます。この指紋自体がIDとなります。この指紋データの後ろに、様々な購買履歴が蓄積されるようにすれば、指紋は世界でたった一つのオリジナリティーですから、世界でたった一つのIDです。利用者はカードを持ち歩く必要も無くなります。指紋認証の機械は、もうライターくらいの大きさですし、価格も一万円程度で市販されています。パソコンにUSBケーブルで繋げば利用できるようになります。この指紋情報に個人属性データベースを合体させて使うことも良いかも知れませんが、名前や住所など本人を特定する情報は一切扱わず、指紋と購買履歴の情報の蓄積だけでも十分です。レジで指紋認識の装置に指を当てると、蓄積ポイントや購買履歴がすぐ現れます。むしろこの方が、簡単ですし経費がかかりません。

長崎の料亭「花月」に行って来ました

修学旅行以来という、長崎に行って来ました。ある勉強会に参加する為に訪問しました。長崎空港は海のど真ん中にあり、まさに海に降りてゆく感じです。長崎市内に入る道路からの景色は、ちょっと奇妙でした。目の前に海が広がり、そのすぐ向うに山がそびえます。なんだか、海が大きな川や運河のような錯覚に陥ります。

ここは、坂本龍馬や勝海舟ゆかりの街です。私の故郷には神戸がありますが、ここもかつては軍港であり、幕末の海軍操練所は、やはり、坂本龍馬と勝海舟ゆかりの街なので、なにか不思議な親近感を覚えました。私は、そのまま市内の丸山というところにある「花月」という料亭に行きました。

写真上は、「竜の間」という部屋にある床柱です。両側の白いものが、坂本龍馬が斬りつけたという刀傷です。当時の血気が、伝わってきそうです。しっぽく料理というのが有名ですが、これには3つの作法があるのです。最初にして最大の儀式、「おかっつぁまからの御鰭をどうぞ」の言葉を聞いてから宴席を始めることです。

鯛のおひれが入った吸い物を、御鰭といいますが、これは一尾にひとつしかないおひれを出すことで、頭から尾鰭まで、まるごと一尾の鯛でもてなすという心意気をあらわしています。御鰭をいただくまでは、乾杯も、私語も厳禁、上着をきた正装のままで正座で待つのがしきたりです。乾杯や、来賓、主催者からの挨拶は、御鰭をいただいてからになります。あとは全て直箸でいただき、取り皿は二枚だけ。一枚は醤油をつけるもの用、もう一枚は、何もつけないで頂く時のものです。何も知らない私は、お行儀の悪い食べ方をして、女将さんに注意されてしまいました。(苦笑)

内海新聞 39号

会社を創業した時から、落ち込んだ時、自分自身の気力の補填をする場所があります。それが東京の西新宿の高層ビル街です。高層ビルを見ていると、なにかもりもり元気が出てきます。そんな新宿の高層ビルを一望できる良い場所があります。新宿ワシントンホテルの最上階にあるレストラン「ガスライト」という名前のお店です。

現在は「マンハッタンテーブル」という名前に変わっています。そのお店は全面ガラス張りになっていて、目の前に西新宿の都庁やNSビルや三井ビル、住友ビル、京王プラザホテルが広がります。何か幻想的になって、ビルとビルの間からゴジラやウルトラマンが登場してくるような錯覚を起こしてしまいます。最近はなかなか行けませんが、創業時には大変お世話になった場所でもあります。
マンハッタンテーブル: 03-3344ー6109

予見するということ

先日、知人とこんな話をしました。「倉庫にあるものは売れ残り」売れ残っているから倉庫にたまっているんだ・・・ということです。少々乱暴ですが、確かにそうかもしれません。

倉庫業って地味な仕事で、なんとなく暗いイメージがします。しかし、倉庫を制することが経営のコツということです。たとえば、ある倉庫に運動靴が沢山ストックされていたとします。しかし、運動靴は倉庫の奥に押し込まれて忘れ去られてしまいます。運動靴一足を倉庫に一日保管するといくらの費用がかかるか?計算すればすぐに数字がはじけます。この運動靴の原価がいくらかわかれば、後何日の保管で原価割れをするかがすぐわかります。何パーセントの利益を確保しなければならない・・・と決まっているのなら、何月何日にいくらで出荷しなければならないということも簡単な計算式でだせます。ここまで倉庫業者が数値をチェックしてコンサルティングをしてゆくと、情報によって荷主にリスクを予知予見してゆく情報産業として立派に進化させることができます。

私の古い友人で、現在インターネット関連の時刻表情報サービス株式会社という情報企業の社長をしている松本浩介さんという方がいます。私のとても大切な友人の一人です。彼は、列車の遅延情報をインターネットで配信する仕事をしています。そのサービスを「鉄道運行情報」といって、携帯電話などで提供されています。JRの列車が事故で遅延した場合、その情報を携帯電話のインターネットで教えてくれるものです。最初は、列車が遅れてなかなかホームに到着しなかったときに、携帯電話の「鉄道運行情報」を見ると、どの駅でどんな事故が起こって、到着予定時刻などが判るようになっています。しかし、遅延が起こってから判るのでは遅すぎるということになりました。そこで、自分がいつも使う路線を登録しておくと、その路線で遅延が発生した場合に、すぐにメールが届くように工夫しました。

私は、このサービスを利用していますが、最近は事故による列車遅延が大変多いので、とても役立っています。あらかじめ遅延が判れば、路線や列車を変更したりできますので、ストレスが大幅に軽減できました。さらに彼のサービスに対する「深堀り」は続きます。やっぱり、事故や遅延が起こってから知らせるのでは遅すぎる。事故が起こる前にお知らせできないものだろうか?その具体的なアイデアを聞いたときに、思わす私は嬉しくて膝をたたきました。まさに「予見」のサービスです。・・・とここまで書きましたが、これ以上はやめておきます。実際のサービスがまもなく登場することでしょう。さて、彼が考え付いた「事故が起こる前に遅延をお知らせするサービス」とは?そのアイデアとは何なのでしょうか?一度考えて見てください。24時間、ずっと遅延お知らせサービスのことを考え続ける彼だからこそ、思いついたのでしょう。今後の「鉄道運行情報」に注目です。

雑談:お笑い究極の本人確認法

とても、ばかばかしい話ですが・・・・。
インターネットだけでなく、商取引をするとき、もっとも大切なことは、その人が、本当にその人なのか?ということです。「なりすまし」というものを如何に防ぐか?

本人確認法とか本人認証とかいいます。暗証番号やパスワードを使うのが一般的ですが完璧ではありません。網膜や指紋照合、今は手の静脈の影を確認したりします。世界でその人しか保有しない究極のオリジナル情報で認証するわけです。これらは、測定する超精密機器が必要です。しかし、やっぱりこれらが高度になればなるほど、それを突破することに情熱を燃やす人が出現してくるので、まさにイタチごっこといえます。

先日友人たちとの飲み会で、酔った勢いで絶対突破できない本人認証の方法を考えようという事になりました。その中で「爆笑大賞」をとったものがあります。「人に言えない、私のとっても恥ずかしい話」を登録時の認証パスワードにするというのです。例えば、「私は小学校6年生の時の授業中にウンコを漏らしてしまいました。」とか「実は私は中学までオネショをしていました。」というような、死んでも人に言えない、自分しか知らない丸秘話をパスワードとして登録します。

きっとこの秘密パスワードは、誰も夢にも思わないだろうし、人に打ち明けたりしないから、絶対に突破されないだろうと大盛り上がりでした。でも、登録先には、一番はずかしい話がばれてしまいますが・・・楽屋話ですみません。

住所というのは大切なもの

昭和63年に、会社を起業するために東京に来ました。
何をする会社なのか?・・・さえも明確に決まっていないいい加減な船出でした。最初間借りのオフィスでしたが、やがて小さなマンションに事務所を移転しました。2DKのマンションです。

そこに事務机を持ち込み電話回線を敷き業務を開始しました。その頃には、テレマーケティングの会社に方向を決めがんばっている頃でした。営業責任者である私は、毎日飛び込み営業をしていました。その頃は、明確なお得意先というのがまだありませんでした。電話で訪問の約束を取ったりもしました。しかし、何十件電話をかけても、話も聞いてもらえません。でも、その中でもたまに訪問の約束が取れることもありました。

私は喜び勇んで訪問をするのですが、結局必要なしとお断りをされることがほとんどでした。こういことが何度も続くうちに、「あれ?」と思うことがありました。訪問して、応対いただいた担当の方の質問内容です。それがほとんど共通していたことでした。ーーー

「はじめまして。本日はお時間を頂戴いたしまして誠に有難うございます。弊社は、・・・・」
一方的に私はしゃべり続けます。担当者は一通り話しを聞いたあと、こう質問されました。

「御社のオフィスはどこにあるのですか?」
「ところで、今はどういうところが取引先ですか?」ーーーこの2点だったのです。

(1)どこにオフィスがあるのか?
(2)取引先はどこなのか?

こんな質問が多かったのを覚えています。当然、この質問から期待する答えは、一流かどうかでした。「そのような会社は聞いたことがありませんなぁ・・・」「また不便なところに事務所がありますね・・・」その時私は気づきました。この二つを一流にしなければ、東京ではやっていけない。

何もノウハウのない私は、真剣にそう考えてしまいました。それから直ちに、オフィスを探し、当時、都内でも高いと言われた東京都千代田区五番町の裏通りの片隅にある一番小さな事務所の一部だけを借りて、住所を一流にしました。次に、一部上場企業の取引先を増やすことでした。どんな仕事でも請負いました。ある一部上場の鉄鋼メーカーの郵便の切手貼りの仕事を受注しました。そして、その鉄鋼メーカーの社名を会社案内の取引先一覧に掲載し、一流の社名を少しずつ増やしていきました。。

なんとも姑息な方法でしたが、当時としては、生きてゆくためには何でもするという悲壮感に溢れていました。しかし、どうでしょう。この作戦は見事に当たったのです。創業から憧れていた電子メーカーからの受注も得ることが出来ました。「そうか・・・東京では形から入ことも大事なんだ。何をしているか?も大切ですが、どこに事務所があるのか?とか、どこと契約しているか?・・・ということも大切なのだ・・・そう確信しました。それは、それだけの家賃を払えているのかであったり、一流企業と取引するだけの信用力をもっているのか?ということを、何も情報のない初対面の企業レベルを判断する一つのモノサシだったのかもしれません。

銀座のホステスさんの内緒話

ここは銀座でも有名なお店です。
仲良くなったホステスさんが教えてくれました。

「仕事柄、複数のお客様を同時に、お相手しなければいけないことがあります。たとえば、お二人のお客様の真ん中に自分がいて、両方をお相手しなければいけない時、どうしてもどちらかの方としかお話が出来ません。まんべんなく両側の方とお話できればよいのですが、それはなかな難しいこと。もしも、片側の方とお話が盛り上がったとしたら、それはそれで楽しいのですが、もう片側の方はきっと面白くないでしょう。

私が気を使って、話を途中で終えて、もう一人のお客様と話し始めたら、最初に話していたお客様は興ざめでしょうし、もう片側のお客様も、戸惑ってしまうことでしょう。一所懸命話して盛り上がっているお話に水をさしたりしてはいけません。しっかり、盛り上がったお話には付き合ってあげないといけません。そんな時は、ちゃんとしたコツがあるのです。」

彼女は私のひざのうえに片手をそっとのせました。片方のお客様のお話を聞いてあげながら、こんな風に、私の手は反対側のお客様のひざの上に、そっと置いて差し上げるのです。」なるほどねぇ。確かに、ひざに手を置いてもらっていると、「忘れてないよ。」という感じで、ちょっと優越感もあります。これも、経験から学ばれたノウハウなんだろうと思いました。お客様をがっかりさせない方法・・・そして効率的に接客する方法。プロにはプロのノウハウがあるものです。

内海新聞 38号

神戸市にあるJR神戸駅から浜側に歩くと「神戸ハーバーランド」があります。その一番南側に「モザイク」というエリアがあります。そこに、私のお気に入りの日本一美味しいお好み焼き屋さんがあります。「やきものや・どんどん」(078-360-0125)です。昭和34年創業です。阪神大震災後、三宮からこのモザイクに移転しました。

マスターの伊勢護朗さんはアイデアマンでここでしか食べられないお料理がいっぱいです。もちろん味は最高です。チーズ入りの「どんどん焼き」、「みやこそば」という日本そばのそば焼きはレモンを絞って召し上がってください。蛸のマリネも美味。ドイツピーロート社の白ワインを片手に美味しいお好み焼きはいかがでしょう?

http://www.mainichi.co.jp/osaka/oiside/200204/04.html

緊張と緩和

私は落語が大好きです。もっと詳しく言うと落語というより落語家が好きなのかも知れません。大好きな落語家は桂枝雀さんと笑福亭鶴瓶さんです。最近は桂小枝さんもランクアップしてきました。ちなみに小枝さんは私の高校の1年後輩です。お笑い系俳優の生瀬勝久さんも高校の後輩です。(余談)桂枝雀さんは自殺してしまいましたが、彼の落語理論は大変共鳴するところがあります。彼は神戸大学の経済学部を出られた秀才です。生前こう言われました。

落語は「緊張と緩和」の繰り返しです。さわりでは、ボソボソと小さな声で話しています。観客は何を言ってるのだろう?緊張して耳を澄まして聞いています。そこに突然、奇声を発したり、オーバーな仕草をしたり、オチをつけたりして観客は大爆笑です。この大爆笑が「緩和」なんだそうです。緊張がないと緩和はありません。緊張ばかりでもだめだし、緩和ばかりでもだめ。すごく良い勉強になったのを覚えています。我々の仕事も同じかも知れません。また人使いのところも、この緊張と緩和の使い分けが奥義なのかも知れません。

もう一人好きな落語家が笑福亭鶴瓶さんです。関西では落語のできない落語家として有名です。(失礼)彼がまだ新人の時、あるネタを思いつきました。「小話その一」「小話その二」といって、いくつも小ネタを続けて話してゆく話法です。これで結構人気が出ました。

ところがある日、兄弟子の笑福亭鶴光さんも同じように、小ネタを自分のラジオ番組の「オールナイト日本」で披露し、大受けしました。当時は、圧倒的に鶴光さんの方が有名です。そうすると世間は、無名の鶴瓶が兄弟子の鶴光のネタを真似したと言いました。自分が考えた事なのに、人気がないだけで理解されないことに大変悔しい思いをしたそうです。しかし、ここからが彼の偉いところです。では、絶対に他人に盗まれないようなネタを作ろう!いろいろ考えて彼は「自分の体験した事だけを話そう。」そう決心しました。

自分の体験したことは、すべてオリジナル。これは誰も真似ができません。鶴瓶さんの番組を注意深く聞いてみて下さい。必ず「最近、こんなおもろいコト、ありましてん。」から話が始まります。「体験したことには力がある。」と感じた、私の大切な話です。

親切な大工さん

ある小さな建設会社の話です。この会社は注文建築の会社です。この会社はさりげないのですが依頼主やご近所の方々が大満足され、記憶に残る素晴らしい対応をしてくれます。

あるお宅の建設中に近所からクレームが出ました。その建築現場の周辺にかんな屑や、釘が落ちていて近所の子供がひろって怪我でもしたら大変。また、建築業者の車が付近に違法駐車をして大変迷惑・・などなど。

建築会社は当然緊急対応をしました。現場の整理整頓、職人へのマナー教育の徹底。ただ、この会社はこれだけではありませんでした。週に一回、いつもよりも職人が早く帰れる日を作ったのです。但し、早く仕事は上がれるのですが、一つだけしなければならないことがあります。大工さんが、建設現場の周辺のお宅を毎回一軒ずつまわってご挨拶をする事でした。「向かいの注文建築をしています大工です。ご迷惑をおかけします。そのお詫びで、お宅の包丁を今研がせていただきます。」そういって近所のご家庭の包丁をプロの腕で研いでいきました。それがご近所で評判になり、建築会社の評判が上がってゆきました。

さらにその後、依頼主が引っ越してきてご近所にご挨拶に行くと、その話がでて、逆に感謝されるようになり、依頼主も大満足。ほんの小さなことなのですが、コミュニティーの中に溶の中に溶け込む顧客サービスというものの重要性を強く感じた話です。

二十一世紀の読み方──二つの先例

地球の歴史で人口が減少しているのにもかかわらずGNPが上昇した国家があります。それが日本だ・・・と。しかもそれは江戸中期。興味深い論文を見つけましたので、以下に引用します。—-

—人口減少社会とはどんな社会になるのか。参考にすべき先例が二つある。一つは、享保から化政期に至る、わが国の江戸中期。当時の人口は室町期以来の急速な増加が1730年ころに終了し、その後は約百年間停滞・減少が続いた。農業生産の伸びもほぼ飽和化したうえ、経済的にも元禄バブルの後遺症でインフレと財政悪化が同時進行し、社会・経済構造も停滞に陥ったからだ。にもかからず、この時代には、歌舞伎、浮世絵などの大衆文化、寺子屋、貸し本屋などの情報文化、蕎麦、うどんなどの生活文化まで、数多くの日本型文化が育まれた。つまり、人口が停滞し社会が安定していたが故に、文化や生活が爛熟し、農業文明に見合う成熟化社会が実現された時代だった。

もう一つは、20年も前から人口停滞を経験している欧州の先進諸国。例えばスウェーデン、ノルウェー、ベルギーなどの北欧諸国では1970年代から、またイギリスや旧西ドイツなどでは80年代から、人口が停滞している。いずれも西欧文明の主導国であり、産業構造や社会保障の進んだ国々だ。とすれば、人口停滞は先進国家に共通する現象として、社会の成熟度を示しているともいえる。これらの国々でも、人口停滞に伴って少子化と高齢化が進行し、産業の国際競争力の低下、経済の破綻、財政の悪化などに陥った。

だが、生活環境や社会福祉の面では、途上国が比較できないほど、成熟した社会が出現した。生活面でも、やみくもに働き、がむしゃらに消費する生活を卒業し、物質的な制約が強まる中でも、ゆとりと生き甲斐を見出す生活様式が作り出されている。二つの先例が示唆するのは、人口減少社会では、物量的には制約の多くなるものの、それが故にむしろ生活文化や情報文化が成熟する可能性が強いということだ。

(『調査農林統計』農林統計協会,2000,2月号より)

ーーーー江戸時代の日本型文化といえば、こんなことを空想しました。今、日本ではおよそ一人が一台の携帯電話を持っています。でも、この携帯という漢字はよく考えてみると、なんとも時代錯誤な文字です。「帯に携える」という環境は現在ではほとんどありません。おそらく着物を着ていた時代の漢字だと思います。

あの小さな画面に、自分の気持ちを表すために文字を駆使する姿は、俳句や川柳、短歌の文化に通じているように思えてなりません。メールにも言葉を略したり、絵文字を使ったりと創意工夫が見られます。ここは日本人の天才的な言葉遊びのDNAが息づいているのかもしれません。携帯電話は、世界最先端のIT技術だと思っていたものが、実は、意外と日本人にとって伝統的な古典技術の集大成なのかも知れません。

街を歩いていて携帯電話で話をしている人を見かけるのは少なくなりました。皆、携帯電話を前に構えてメールを読んでいます。最近の若いもんは言葉が乱れている・・・という話をよく聞きますが、ずっと昔から言われつづけている台詞です。俳句の歳時記でも毎年毎年更新され続けていますし、略語だって昔から溢れています。最近の女子高校生が「超感激!」とか「キモイっ!」などと言うのを、眉間にしわを入れて聞いている方でも「超特急ひかり号」とか、サラリーマン川柳を「サラ川」とかいうのはどうでしょう。

しかも、これらの日本人のDNAに刷り込まれた文化が発展したのも、前述の人口が減少しGNPが上昇した時代に重なるかもしれません。日本人特有のオリジナリティーを発揮し、独創国家を目指すチャンスなのかも知れません。

行きと帰りがある

今から20年以上も昔の昭和53年のことです。ある会社の社長のお話です。その会社はある新商品を開発しました。その商品とは紙パックに入った自然水です。今でこそ水は買うものとしてその地位を確立していますが、当時は日本で初めての商品でした。私は当時その自然水の開発にかかわり、様々な経験をさせていただきました。

商品は出来上がったのですが、苦労していくつかのスーパーマーケットを開拓し、店頭においていただくこととなりました。しかし、大きな問題がありました。運搬です。実は運搬が一番大変でお金がかかるのです。自分で各お店に運んでいくわけには行かず、運送会社と契約するのですが、これがお金がかかり、利益がなくなってしまいます。社長は一生懸命考えました。スーパーの前に立って、なにか良いアイデアが無いかを一生懸命考えたのです。

ある日、一台のトラックがスーパーの荷捌場に入ってゆくのを見つけました。そのトラックは不思議なことに、荷物を一切積んでいません。「荷物も積まずにこのトラックは何をしにきたのだろう?」 運転手に聞きました。「ああ、うちは空ビン屋(くうびんや)ですよ。」空ビン屋???そのトラックはお店に回収された空き瓶を回収して持ち帰る会社のトラックだったのです。だからトラックは空(から)でやってきて、空ビンを満載にして帰っていきます。社長はピンときました。

「よし!ここと契約しよう。この空ビン屋さんの行きの空っぽのトラックに自分の水パックを積んでもらって運んでもらおう。もともと空で行くのだから安く運んでくれるにちがいない。」そのアイデアは当たり、格安で運送に成功します。物事には行きと帰りがあり、どちらかに偏りがあるもので、この偏りを補ってあげることで共存共栄できるものなんだ・・・良い勉強させていただきました。

内海新聞 37号

近所に「ヴァージンシネマズ」という英国のヴァージン航空が経営する映画館ができました。座席もすべてインターネットで予約ができます。当日上演の少し前に行って、自動切符券売機でチケットを取り出せばOK。座席も床が工夫されていて、前の列の人の頭が邪魔になることもありませんし、足元も余裕があって疲れません。

8つの映画館があり、なかでもプレミアシートはリクライニングシートで、バーカウンターやロッカールーム、座席には食事のできるテーブルがついています。いままで、外で並んで早い者勝ちで見に行っていた映画館は閑古鳥です。ゆったりと映画を見る工夫が満載です。最近は携帯電話のインターネットでも座席の予約ができるようになりました。一度行かれてみてはどうでしょう?

自転車置き場から教えられること

私の師匠の友近忠至さんは、サンリオ創業に尽力された方ですが、若い頃は地方銀行員、そしてその後は愛媛県松山市にある「明屋書店(はるやしょてん)」で店長をされていました。松山市の商店街に「銀天街」というアーケードがあります。その銀店街に「明屋書店」があります。さて、今から40数年前の松山にタイムスリップして、その現場を覗いてみましょう。

===この明屋書店は、いろいろなアイデアで繁盛していました。友近さんは、多忙な毎日を送られていました。もっかの友近さんの悩みの種は自転車です。それは、夕方になるとやって来る中高生達の自転車です。漫画の立ち読みにやって来るのです。立ち読みも大変問題なのですが、もっと大問題が彼らの自転車を停める時のマナーの悪さでした。自転車をお店の前にどんどん押し込んで停めて行きます。無理に押し込むと、自転車は将棋倒しになります。両隣のお店の店主はカンカンです。「店の前まで自転車が倒れてきて、邪魔になってしようがない!なんとかしろ!」仕方なく、友近さんは自転車の整理をしなくてはなりません。これが一日に何度もあります。これでは、仕事ができません。友近さんは、社長にお願いしました。「どなたか定年退職したような方を雇っていただけないか?その方に自転車の整理をお願いしないと、自分の仕事ができません。」でもその願いは聞き入れられませんでした。

「あんたは大学まで出ているんだから、私よりもずっと学歴もあり頭がいいんだから、こんなこと解決するなんて簡単な話だろう!」これがいつもの台詞です。友近さんは仕方なく考え続けました。そしてある閃きがありました。町内会長を訪問して、あるお願いをし、それが許可されました。月に一回「銀天街」の公休日があります。その公休日に白いペンキと木材を持って友近さんは出かけて行ったのです。そして、書店の前の歩道に白いペンキで一本一本斜めに線を引いていきました。その両側に立て看板があり、こう書かれています。「自転車は、この白線に沿って停めてください。もしもここが一杯になったら、裏にも同じ駐輪場がありますのでご利用下さい。」その翌日、友近さんはお店のドアの隅から中高生がやってくるのを待って見ていました。

やってきました。思った通り、彼らは道路に引かれた白線に沿って、きっちり停めています。そして、その自転車は割り込みされることもないので、横倒しにもなりませんでした。人の心理として、白線があると無意識にきっちり停めたくなるもの・・・。後日、友近さんは私に言われました。「人が何も考えなくても、何も教えなくても自然にできるようにする仕掛けをつくること・・・これがシステム化というものなんだと、この時に学んだ・・。」と。

景気が良いとか悪いとか判らないんです・・・

世の中、な~んとなく元気がないですが、それは元気だった頃の事を知っているからでしょうね。先日、大阪に行って、レディーバードという会社の柘植さんという社長と阿部さんという役員に会いました。

二人とも20歳台の若者です。
高校を卒業して大学進学しようにも、どこも合格する見込みがないので、専門学校に行きましたが、なんとなくぱっとしないので自分達で会社を創ってしまったのです。

そして、就職活動をしたこともないのに、人事部に採用コンサルティングをし、会社員経験や組織を経験したことも無いのに、一流企業の社員研修をする会社をして大繁盛。なんとも愉快です。そして好評なのです。最近は本まで出版してしまいました。

その柘植さんがポツリと言いました。
「内海さん。景気がいいって、いったいどんな状態の事を言うんですか?今は皆、不景気や不景気や言うけど、僕ら仕事始めてからずっとこんな中で暮らしてきたし、今が普通なんです。景気のいいというやつを経験したこと無いし、不景気というのもよう判らんからね。僕ら今が一番調子いいんですよ。」まさに「知らないと言うのは強い武器である!」という証明です。彼らは、今、絶好調です。二人ともとっても良い顔つきです。

さぁ、今日は一度素っ裸になって表に出て、タオルで全身を乾布摩擦してみよう!

小判鮫マーケティング

私が20代の頃、西宮にある地方卸売市場に早朝アルバイトに行っていました。それには理由がありました。私の中華料理店の利益が出なかったのです。その時に読んだある本に、原価を下げる事が大切・・とありました。要は仕入れです。

そうしてようやく思いついたのが、私が問屋で仕入れる事でした。どうせなら買い物だけではなく、その問屋で働けば一石二鳥ということを思いつきました。そうしてある作戦に出ました。荷物があまり動かない一番寒い2月に一番忙しいお店を探し、そこにアルバイトで潜り込むというものでした。

市場が暇なときに忙しいのは、夏や年末の本当に忙しい時には、もう絶対に人手が足りなくなると思いました。その予想はズバリ当たり採用されました。朝4時から9時までの契約です。買い物に来た街の八百屋さんのトラックに荷物を台車で運んであげるアルバイトです。ここから始めてノウハウを貯めれば、問屋のように安く仕入ができる・・・そう思いました。その青果の卸売店が山田青果でした。山田さんという50歳位のがっちりした社長がいらっしゃいました。仕事は大変過酷でした。体力だけの世界です。

結局私はこの店に7年間勤める事になります。私は、この社長が寝ているのを見たことがありません。私が朝4時前にいくともう働いていました。店は朝の9時までです。それから帳簿を付けて、産地にトラックで仕入に出かけます。夜の8時頃帰宅して、夕食をして、今度は10時に、農協からのトラックを待ち受けで荷を下ろします。これが終わるのが深夜12時頃です。そして3時にはもう店に出勤していました。いつ寝ているのでしょう、私の平均的睡眠時間は毎日4時間弱でしたが、もうはるかに上手です。

ここの山田社長の元で働いた経験から、睡眠時間を削って働くことで、売上は上がってゆく・・・・という経営学を学んでしまいました。まさに労働集約型です。毎日毎日、街の八百屋さんや流れてゆく荷をみていると色々なことが判ってきました。流行っている八百屋と流行らない八百屋があることでした。そして流行っている八百屋には、ある共通点を発見しました。その八百屋のお店の隣には、必ずモーレツに流行っている魚屋があったのです。

尼崎にあったある八尾鶴さんという八百屋さんもその隣には地元では有名な魚屋がありました。毎日朝からごった返していました。勿論、その八百屋も同じようにごった返し、みんな大声で話さないと聞き取れません。その山田社長も私に言われました。「内海さん。あんた解るか?もしあんたが八百屋を始めるんやったら絶対に流行ってる魚屋の隣に店をだすんやで!だから、街に配達に行ってもし流行ってる魚屋を見つけたら、ちゃんとチェックしときや!」肉屋ではなく魚屋さんです。そこが不思議ですね。また、後日、別の方に「オリジン弁当」という人気店はいつも、流行っているコンビニエンスストアのすぐ近くに出店を重ねているとも聞きました。そういえば、アメリカのバーガーキングはいつもマクドナルドの隣にあります。

女性と男性の年齢差を計算してみると・・・

今から20年前、八田玲子さんという女性起業家にお会いしました。その八田さんは「アトリエミセス」という会社を経営されていました。そこでは、様々な女性の視点で見た商品開発やマーケティング調査をしていました。この八田さんは有名な発明家で、様々なアイデア商品を開発されていたのです。事務所に展示されたアイデア商品に私は興味津々でした。

ある日、お茶を飲みながら八田さんと雑談をしていたとき、大変興味深い話をして下さいました。「内海さん、算数はお強いですか?ちょっと暗算してみて下さい。女性の平均寿命は78歳、男性が72歳です。その年齢差は6歳。結婚の年齢差の平均4歳を考慮して、この両方の年齢差を加えると約10年になります。つまり、世の中の女性は平均的に必ず10年以上は一人で生活しなければならない期間が存在するという事がもう宿命なんです。10年間の後家生活ですよ。」と言われました。。

私の母を見ていても判るのですが、70歳を超えても前向きで何かにチャレンジしています。歳が歳ですから、いろいろと体のあちこちに不具合は出てはいますが、そんなことにはお構いなしです。この様な高齢の女性達は元気に生活して、更なる生き甲斐を探し回っているようにも思います。考えてみると、このような女性の10年間に向けての商品やサービスを充実させてゆくことも大切です。

高齢化対策というと介護とか寝たきり対策とか言われますが、大半は元気でバリバリ生きている方々です。なにか社会参加できるような窓口や環境がこれから、大いに求められるようになってゆくと思います。