新・内海新聞122号

【現代の帝王学③最終回】

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今回で内海新聞は、最終回となります。突然のお知らせで申し訳ありませんが、
これまで長期に渡りご愛読いただき、誠にありがとうございました。
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現代の帝王学の伊藤肇が伝える二つ目と三つ目のルールは、
②直言してくれる部下を持つこと
③良き幕賓を持つこと
の二つです。
②の直言してくれる部下は、なかなか大変です。部下の立場で上司に意見するというのも、なかなかできないことです。
上司としても部下から意見されるというのも面白くない。
部下にとっては降格やクビを覚悟しなければならない。
しかし、少し考え直すと、そのような大切な場面で私心が入ってはダメなんだということなのでしょう。
面子であったり、世間体だったり、他人の目線であったり、本来の見るべきところから外れています。
問題点をしっかり見据えて発言することは勇気のいることですし、考え抜いた姿勢が必要です。
私心といえば稲盛和夫さんはモノの判断のルールに
①動機 善なりや?
②私心なかりしか?
の2点を挙げられています。
これは、上司にも部下にも同じ事が言えると思います。
従業員は最も近くにいる顧客…という考え方もあります。
こんな話があります。
あるスーパーのバックヤードで働いているパートの主婦の話です。
彼女たちは仕事が終わるとサッサと帰って行きます。勤めているそのスーパーで買い物をしないのです。
わざわざ違うスーパーに買い物に行っていました。消費期限の日付を変えたり、品質に問題があることを現場で見ていたからです。
その店のコンプライアンスに疑問を感じた従業員の抵抗です。
有り得る話ですが、仕事としては言われた通りするが、消費者としては買いたくない。
これは直言ではないですが、部下の訴えの一つでもあります。
私の曽祖父は、岐阜から大阪に出てきて町工場を経営していました。その後、旋盤加工の機械にドリルを取り付けるチャックという部分の固定装置を発明します。キングチャックと命名し特許を取得。それをきっかけに事業に成功しました。


祖父はその後を継ぎ、会社を軍需工場として発展させ、松下電工の常務としても松下幸之助さんと共に電気器具の普及に尽力しました。
しかし、敗戦後そのような軍需産業は衰無くなり、安い競合品も出て事業は衰退します。
自ら叩き上げで会社を大きくしてきた自負が人の意見聞かず、部下との間に亀裂が出来始めます。その後、戦後の大きな組合闘争の波に飲み込まれ、会社は倒産します。
ワンマン体質が部下を寄せ付けず、負の連鎖になってしまったのかもしれません。
母は、しっかりした社長の右腕がいれば、また違った道があったかもしれない…と言っていました。そういう意味でも直言する部下を持つことは重要なことと痛感します。
③良き幕賓を持つこと。
現代の帝王学に書かれた最後のルールです。
幕賓とは、客人です。
パーソナルアドバイザー。
その組織に属さず、しかしいざという時に力を貸してくれる人です。
時代劇の賭場で博徒が丁半とやっている後ろで、押っ取り刀で酒を飲んでいる用心棒がいます。
いわゆる彼が幕賓です。
日頃は、付かず離れず見守っているのですが、いざという時に頼りになる存在。
最初に出てきた原理原則を教えてくれる師とは、ちょっと違います。
あくまで、ビジネスライクと言えるかもしれません。
幕賓は何人いても構いません。
また、年齢も性別も問いません。
ひと回りも年下の可能性もあります。
まさに客観的に物事を見ていざという時に助けてくれる。
危機管理能力と言えます。
すなわち、
1.危機管理の原理原則に則った判断を仰ぎ、大所高所から忌憚無く、助言する。
2.危機の兆候を探知し、予防や被害局限を計り、「それはまずい」とか「ここは出直しましょう。」とか、聞きにくい、都合の悪い情報・意見を、タイムリーかつ率直に伝える役目。
知識・見識・胆識という三つの才がある。
知識は学問で得た才。つまり断片的なことを記憶している脳の働きに過ぎない。

見識は道徳的心理的な才。見識は人から借りたりはできないし、自分の見識は自分の中以外には存在しない。すべて自分自身の修練で身につくもの。
そして、胆識は、見識に裏付けられた現実処理納涼のこと。
つまり、見識に決断能力か備わったものを胆識といいます。
幕賓とは、この胆識を備え持った人のことです。
以上です。
①原理原則を教えてもらう師
②直言してくれる側近
③良き幕賓
これら三人の人たちを見つけること、これが重要ということになります。
逆に、この三人の人たちを持っているかどうかを見ることで、指導者としての器量を推し量ることができるとも言えます。