新・内海新聞114号

【心と身体について】

「言いたいこと」や「したいこと」と「身体」にズレが起こることがあります。
そういう時に、精神的に混乱したり、錯乱したり、情緒不安定になったりすることがあります。
心と身体は一体で、いつも同じ動きをしているということはありません。
これは今から25年ほど前の話です。
いささか時間が経っていますが、今の時代に当てはめても通じる話です。
当時、私は人材採用のアウトソーシングの仕事をしていました。時代はバブルの真っただ中。
どこに行っても人手不足で時給は急騰です。
私は、あちこちの企業人事部や商工会議所、中小企業同友会などでの人材採用の講演の依頼を請けて、全国を飛び回っていました。
東京の青年会議所からの依頼のセミナーに参加した時のことです。ある学習塾を関東地区で展開している会社の社長と出会いました。セミナーも終盤になってきたころに遅刻して来られたのでよく覚えています。
セミナーが終わってから、そのT社長は私のところに来られて「顧問になってもらえませんか?」といきなり言ってこられました。
話を聞くと、学習塾に来る子供たちは増える一方で、経営的には問題ないのだけれど、生徒が増えると先生が全く足りず、求人広告を出しても、適任者がなかなか集まらないということでした。
毎月1回T社長のオフィスを訪問し、先生の求人の現状と対策のディスカッションを2時間行うという契約で、その顧問業が始まりました。
私の知らない業界の色々な話を聞かせてもらいました。
学習塾を経営している社長は、元全共闘の学生活動家が多いのだそうです。高学歴で学生運動に参加していたので就職先が決まらず、結局自分で受験対策の学習塾を始める人が多いのだそうです。
このT社長も早稲田大学で、学生運動をしていたと言うことでした。
学習塾は都内にいくつもの教室を持ち、教材も自社開発し出版事業も展開し、積極経営をされて順調でした。
ある日、T社長は私にこんな話をしてくれました。
「時々、教室の中で癇癪を起して、大声で叫んだり、鉛筆を折ったり、ノートを破ったりする子供がいるのですよ。他の子供達も驚いてしまって、なぜそういうことが起こるのか不思議なのです。成績は結構優秀なのですよ。」
「何か気に入らないことでもあるのじゃないですか?」
「先生私もそう思うのですが皆目見当がつかないのです。今度、お母様に家庭でも同様の事があるのか聞いてみようと思います。
それから、そういう状態になる子供はその子だけじゃないのです。何人もいるのですよ。」
「困りましたね・・・」
それから半年位して、また同じような話になったのです。
「以前、教室で奇声を上げる子供がいるっていう話をしましたよね?実はなんとなく原因が判ってきたのですよ。」
T社長の話は以下の様なものでした。
ウチの学習塾に来る子供たちは、中学受験という目標を持ち、向上心が高い。
もともと地頭も良く、コツを覚えるとどんどん成績も上がってくるし、どんどん先に進んで、更に前向きになってきます。
それは、我々も臨んでいることだし、ご父兄からも感謝される事でもあります。
実は、この向上心が奇声の原因なのではないのかと思い始めたのです。
つまり、脳の思考のスピードと身体のスピードにズレが起こっているのじゃないかと・・・
具体的に言うと、たとえば漢字の書き取りをしているとします。脳は光の速度で思考が進み、どんどん先に行ってしまいます。
しかし、持っている鉛筆による筆記が遅く時間差が発生します。思考を途中でやめて、筆記が追いつくまで待つ必要が出てくるのです。
身体が脳に追いつかないのです。
自分の意識は既にずっと先に行っているのに、身体が動かず、自分の能力が劣っているのではないかと感じはじめ、そのギャップに感情が爆発してしまうのだと思います。
だから、子供達の成績をもっと上げるには、筆記用具がポイントだったのです。
筆記用具だけではなく、ノートや定規やコンパスとかの性能が重要だったのです。
凄い発見です!」
=理屈は解るのですが、具体的にいうとどういうことですか=
「はい、たとえば鉛筆やシャープペンシル。子供たちはそれぞれペンの持ち方に癖があります。お箸の様に正しく持てる生徒や、握る様に持つ子や摘む様に持つ子がいたりする。どのような持ち方でも字は書けますので問題は無いのですが、正しくない持ち方をすると、ペンを確りホールドできないので、指や手が痛くなったり、滑ってペンが傾いたりして、書きにくくなります。
また、芯が折れると言うのも同様です。リズムに乗って書いている途中で芯が折れると集中力が途切れます。
しかも、学習塾で勉強が進んでくると、問題の先を読めるようになってくるので、先の答えも予測できるようになってくる。
つまり、筆記したい事がどんどんと先走ってしまう。
しかし、その文章を書く指が動かない。手が痛い、指が痛い、芯が折れる・・・・
思い通りにいかないことで、フラストレーションが溜まり、やがて大爆発する・・・・。
こういう論理です。
だから道具は大事なのです。
弘法筆を選ばず・・・と言いますが、実は選ぶのです。」
=なるほど。しかし、どう解決するのですか?=
「たとえば、シャープペンシル。
それぞれの子供たちの指の形、骨の大きさや確度、持ち方等など全部違います。
その子供たちの手の形に合わせた握りの部分をオーダーメイドで作ってゆく必要がありますね。」
「たとえば、ペンの握りの部分を知りこんで包んで、握った時に自分の指の形に変形する。そうすれば、どんな形の手でも、どんな形の握り方でも、ペンを確りホールドし痛くならない。
しかし、まだそんなペンはありません。

 

 


あとは、定規。
線を引く時に、定規がずれて線が歪んでしまうことがあります。
これも同様です。
そんな時、定規が少しアーチ型になる様、カーブするようにします。
線を引く時、その定規を上から押すと、アーチがまっすぐになり下の紙をしっかり押し付けるので、線を引いて横からの力が加わっても、定規が動いて、線が曲がったりしない。」
=なるほど。もう他にはありませんか=
「ノートもそうかも知れません。先生が正面の横長の黒板に書いていくのに、ノートは縦長の形。これをどちらかに合わせてやれば板書のストレスは軽減されるはずです。つまり、黒板と同じように横長のノートにするのです。そうすると、黒板と同じレイアウトでノートに書き込めるのでストレスは無くなります。」
=この考え方は、他にも応用が利きそうですね=
「そう思います。社会人になってもあると思います。」
=私もそう感じました=
「たとえば料理とかも、同じじゃないかな。」
料理の腕を、道具に頼ることは当然ありますから。
良い道具を使えば、美味しくできるのは事実ですからね。」
つまり、この学習塾で「成績の上がる文房具」を製造販売すると言うことですね。

その後、この時のアイデアは、様々なメーカーから新商品として発売されていきました。

気持ちと身体のズレは色々なところにあって、非効率を起こしています。
この溝を埋める道具や商品は、また新しいマーケットを開いてゆくのかも知れません。