新・内海新聞121号

【現代の帝王学②】

前回に引き続き現代の帝王学です。
著者の伊藤肇氏は
⑴原理原則を教えてくれる師を持つこと。
⑵直言してくれる側近を持つこと。
⑶良き幕賓を持つこと。
この三人の人物との出会いが重要と説いています。
この中でも、「原理原則を教えてくれる師を持つこと」に、全体の60%のページを割いています。
その中の面白い話をいくつかピックアップしてみます。
「出処進退の爽やかさ」という項があります。
住友軽金属の社長の小川義男が、社内改革を目的とした大人事異動をやろうとして、いろいろ思案している最中に、ふと思い立って朱子が編纂した「宋名臣言行録」を開いて読み進んで行くうちに、「う〜ん」と唸った。
こんな一節にぶつかったからです。
北宋の革新官僚、王安石がいわゆる「王安石の新法」を施行するにあたり、妙に才気走った小器用な奴ばかりを要職につけるので心配した司馬光が、その理由を問うと「最初は才力ある人物を使ったしゃにむに新法を推進させ、ある程度目鼻がついたところで老成の者に交代させ、これを守らしめる。
いわゆる智者はこれを行い、仁者はこれを守るなり。」と胸を張った。
ところがそれを聞いた司馬光は、途端に「ああ、安石、誤れり。」と叫び、痛切な忠告をする。
「賢者は、顕職につけようとしても遠慮して、なかなかこれを受けないものである。
だが、そのポストを辞めろと言われた時には、さっさと身を引き出処進退が実に綺麗だ。
これに比べて、いかに才智があっても、小人はその反対で、一度得た地位はとことん執着して離さない。もし、そいつを無理に辞めさせでもしたら、必ず恨みを含み仇をなす。だから今のような人事をやったら、他日お前はほぞを噛むことになるぞ。」
しかし、功にはやる王安石は、馬耳東風と聞き流した。
結果は、恨みを持った小人に讒言されて失脚。せっかくの新法も潰れてしまった。
みずから爽やかな出処進退をやってのけた興銀相談役の中山素平は、「責任者は、その出処進退に特に厳しさを要するというより、出処進退に、厳しさを存するほどの人が責任者になるべきである。」と規定している。特に「退」には、のっぴきならぬ二つの「人間くさい作業」をやらねばならぬから、そこのところを見極めてさえおれば、最も正確な人物評価ができるのである。
一つは、退いて後継者を選ぶ作業。
二つは、仕事に対する執着を断ち切る作業、である。
…と語られています。
出処進退の見事さというと二例あります。
お一人は松下幸之助氏です。
松下幸之助氏が、何かあるといつも籠もったという眞々庵(しんしんあん)。 見事な庭園とお茶室だけの場所です。京都南禅寺のすぐ近くにあります。
社員もここには入れないのですが、私はツテを辿って、一度見学に行ったことがあります。
眞々庵の庭の奥に根源社(こんげんしゃ)という社があります。伊勢神宮をイメージしてつくられました。
松下幸之助氏は、何か決断しなければならない時、必ずこの根源さんの前で瞑想し、決断したと言われています。
当時、庭師の川崎幸治郎がその眞々庵のお庭を管理していました。
その眞々庵の真ん中に一本の見事な松の木があります。
ある日、松下幸之助氏がやって来て、「なぁ、幸次郎。あの松の木を切ったらどうやろう?」 と尋ねました。
川崎幸次郎は「いえ、あの松はこの庭で唯一というくらい立派なものです。その木を切るなんてとんでもありません。」
「そうかぁ。」と言って帰られます。
しかしその後も、松下幸之助氏は「あの松を切ったらどうやろう」と、何度も何度も尋ねるので、川崎幸次郎は、「ええぃ、もうどうにでもなれ!」とその松を切り倒してしまいます。
そうしたら、どういうことでしょうか!目立たなかった他の松やもみじや杉の木が、大きく活き活きと見え始めたのです。
後に松下幸之助氏は、川崎幸治郎に語っています。
スタープレーヤーに頼るのではなく、平凡な人たちでも補い合って総合的に力を発揮することの方が重要なのだ。そういう人の集まりが何よりも強力なのだ・・・と。
会社の中に、成績は飛び抜けて良いが、会社のルールに従わないトップセールスマンと言われる人はいないでしょうか?誰よりも頼れる社員。そんな人はいらないと言っています。
その後、松下幸治郎氏は後進に譲り、松下電器の社長を辞めています。
あの松の木はご自身だったのです。
もう一人が本田宗一郎氏です。二輪メーカーから四輪に進出し、世界でも類を見ない自動車メーカーに育て上げます。
かつて、低公害エンジンのCVCCエンジンを世界で初めて開発し、この技術を惜しげもなく、他の自動車メーカーに公開しました。そして、世界が注目し始めます。
会社も順調。
「ホンダはアメリカのGM、フォード、クライスラーのようなビッグスリーと並ぶ自動車メーカーを目指す。」と宣言をした時、社員から厳しい指摘を受けます。
「自分たちは会社のためではなく、社会のために仕事をしている。ビッグスリーなんて興味はない。」と。
本田宗一郎氏は、その時ハッとします。
いつの間にか、自分の発想は企業本位のものになってしまった。
大いに反省します。
そして、本田宗一郎氏は社長を辞めました。
副社長であった藤沢武夫氏も一緒に辞任します。
「いい人生だったな、お互い。」
二人はニッコリ笑いました。
本田宗一郎65歳、藤沢武夫61歳。
まだまだ、現役の年齢です。
そして、新卒第1号社員の河島喜好氏に社長を譲りました。
原理原則を教えてくれる師を持つこと。
人生の中の大切な原理原則を教えてくれています。

新・内海新聞120号

【現代の帝王学】

「現代の帝王学」ダイヤモンド社
伊藤肇著
私が22歳の時に出会った本です。大学の先輩からこの本を読みなさいと貰ったことがきっかけです。帝王学というと、何か戦国時代の話のようで、しばらくは手をつけませんでした。
10年ほど経って、何かのきっかけで読み始めました。
それ以来、何度も何度も読み返す、長い長い付き合いとなりました。
帝王学といっても、人の管理や人の支配のことではなく、いわゆる人の出会いの大切さを書いた本です。歴史上の人物や市井の人々の人生の中の運命を決した1シーンを切り取り、それらを集めたエピソード集といえます。
ですので、この本は最初から順番に1ページずつ読まなくても、たまたま開いたページを読むスタイルで良いと思います。むしろ、最初から順番に読むと、あまりの重量感に押しつぶされて、最後のページまでたどり着かないかもしれません。
さて、この本は、三部構成となっています。人は三人の人物に出会わなければいけない…とあります。さまざまな人たちが、この三人の人物との出会い、あるいは、その出会いから学んだ教訓が書かれています。
まず、最初に出てくるのが、
「原理原則を教えてもらう師をもつこと」
二人目が、
「直言してくれる側近をもつこと」
そして三人目が、
「良き幕賓(ばくひん)をもつこと。」
この三人です。
この三人との出会いの理由と大切さを詳細に説明したのが「現代の帝王学」です。著者の伊藤肇氏は既に亡くなっていますが、著名な陽明学者です。伊藤肇氏の師が有名な陽明学者の安岡正篤氏です。伊藤氏にとっての「原理原則を教えてもらう師」が安岡氏なのかもしれません。この本が出版されて、既に40年近くになりますが、まだ増版されています。そういう意味では、これは人生のバイブルと言えます。本を開いて一番最初の巻頭に「驕慢」について書かれています。
人は権力を手に入れると、決して離すまいと執着する。
それは、塩水を飲むと飲めば飲むほど喉が渇くように、権力を得れば得るほど、安らぎが去り、不安と焦燥感に襲われる。そして、さらに権力を集め、その上にあぐらをかく。何か自分が偉くなったような錯覚に陥る。
かつて、政治家になって間もない河野洋平氏の話が語られる。代議士になると新幹線のグリーン席のフリーパスが与えられる。最初は、タダであることが申し訳なく、小さくなって乗っていたものが、だんだんと慣れてくると新幹線が満席でグリーン席が空いていないと腹が立ってしまう…そのことにハッと気づくことがある、と河野氏は話している。まさに驕慢の毒にやられた訳です。
また、不思議なのは、第1章の「原理原則を教えてもらう師を持つこと。」の一番最初に人相学の説明があります。一番最初に人相学?と思いましたが、読み進むうちに納得します。
中国において戦国時代、いかに敵の大将の性格を知ることが一番大切とされてきました。これは、現代でも同じです。敵を知り己を知れば百戦危うからず。兵法書には必ず書かれている言葉です。古代中国において、どういう方法で敵の大将の性格を知ったのでしょうか。名前を探り、その名前の画数を調べ、姓名判断で敵の大将の性格を分析しました。そうすると、敵は偽名を使い始めます。次に生年月日を知り、四柱推命という易学て敵の大将の分析をします。それに対抗するように、嘘の生年月日を流します。そして、最後に敵将がどんな顔をしているのか調べさせて分析をする人相学が発達します。
人相学というと、いろいろ難しそうですが、我々の日常生活の中でも知らず知らずの内に人相学を使っています。
初対面で相手を見て、感じが良いとか悪いとか、直感的に感じる印象がそもそも人相学です。相手が凶相であれば、近づきたくないという感情がでてきます。福相を持つ人は、第一印象からして、何か感じるものです。そして福相であれば、福相の人たちが周りに集まり、全体が好転して行く。
まず、人を見るとき冷静に福相か凶相かを見分けることはとても大切なことと言えます。自分の運を好転させるには、自分の周りに運を集めること以外にありません。

私にとっての原理原則を教えてもらった師とは、中学2年生の時に出会った少林寺拳法の、師範代でした。人生の師であったことは、それからずっと後になってから分かるのですが、その出会いは人生の方向を決める大きなものだったと、今思えば分かります。私は、ただ単純に喧嘩に強くなりたい一心で道場の門を叩いた訳ですが、そこにいた師範代は20歳そこそこの青年でした。それでも当時中学生だった私から見れば、はるかに大人でした。中卒で三菱電機工場の工員だったその師範は、あまりにも強く優しく厳しかった。
ある時から、一番に誰もいない道場に行って、師範と道場の床の雑巾がけで競争するようになりました。端から端までどちらが早く終われるかという競争です。最後は
二人とも息が上がって、床に大の字になって倒れて終了。
「先生がなんで雑巾がけなん?偉いねんから、もっとえばってたらええのに、なんで?」
私の質問に師範はこう答えたのです。
「これが俺の威張り方や。」そして、こう続けました。
「人十度 我百度という言葉があるから覚えておきなさい。人の十倍の努力をしなければ、人を指導することなどできない。だからいつも努力を続ける。それは、人に見てもらう為やない。自分の為や。人はな。師匠の背中を見て強くなるんや。だから誰よりも努力する。そうしたら、きっと、人はこっちを見てくれるようになる。」
この言葉は自分の指針となりました。まだまだ若輩の話で、自分にとっては原理原則になったと思います。

第1章の原理原則を教えてもらう師を持つこと…の中の中に「喜怒哀楽の原理原則」という項があります。
その中のエピソードとして、野村證券の元会長であった奥村綱雄氏の話が書かれています。奥村氏は語っています。「喜怒哀楽が端的に出るのは女性に対する姿勢だ」という。氏は続けます。「人物を評価する場合、正面から取り組むより、裏側の色から見たほうが、より正確に把握できる。というのは、色には人の人格が反映されるからです。男と女は放っておいても勝手にくっつくが、しかし、別れ際ほど、男の本性がはっきり表れる。冷酷な男は冷酷な別れ方をする。物質万能の男は、札束で頬っぺたをひっぱたく様な別れ方をする。情けのある男は涙を誘うような切々たるものを残す。
世間一般に、男と女が一緒になる時にはあれこれ騒ぐが、別れる時には案外さっぱりと聞き流してしまう。
しかし、人物を見る時にはその逆をいって、別れ際の男の態度をしっかり見極めなければいけない。」
さらにこうも付け加えた。
「大きな声では言えないけれど、四十を過ぎてなお、女房以外の女に惚れられない男は、我々同性から見ても魅力がない。」
「外へ出たなら惚れられしゃんせ。そして惚れずに帰らんせ。」という都々逸があるが、こんな思いを女性から託される男でなくてはならない。
そして、色道三則というのがある。
その一 色恋の道に連れは禁物。秘め事は集団でするな。
その二 男は自分の愛しんだ女のことを他人に喋るな。
その三 自分の下半身の始末に、他人の知恵を借りるのは恥である。
また、浮気五原則ということも語っている。
1.一回限りであること。
2.金銭のやりとり無しであること。
3.人目をしのぶ仲であること。
4.お互いに恋愛感情があること。
5.両方とも新品でないこと。

ということらしい。諸説はあるとは思いますが、ご本人からこのような指南を受けるのは楽しい。
これも原理原則を教えてもらう師ということになるのだそうです。(以下続く)

 

新・内海新聞119号

【ハレとケ】

以前、概要を書きましたが、今回はもう少し詳しく「ハレとケ」を書きます。
ハレとケは良く聞く言葉ですが、はっきりとはわからない。ハレとケは、日本人の生活の中に確りと定着した一つのリズムです。柳田國男が定義したと言う説もあります。
まずハレ。fareです。
ハレとはお祝い事の時に良く使われる言葉です。
ハレの日、ハレの門出など。滅多になく、きわめて晴れ晴れしいこと。つまり非日常の行事です。
この、滅多にない日のために、長い時間をかけて準備します。そして、そのハレを様々な人たちとともに祝う。実に集団的です。
次にケ。Qeです。
この言葉は殆ど普段では使われなくなりました。
ごく普通の繰り返される毎日のこと。
つまり日常の平凡な行事です。
普段の生活の大半は「ケ」であり、たまにやってくるとても楽しい誇らしい事が「ハレ」と言う事です。
農業国家である日本では、夜明けとともに鍬を持って野良仕事に出かけて、夕暮れとともにカラスと一緒に帰宅。雨の日も風の日も、その行動は変わらず毎日毎日同じ事の繰り返し。これが「ケ」。個人的行動の積み上げです。
ところが、秋の収穫が終わったところで、村祭りが準備され五穀豊穣を感謝する。山車が出て、ご馳走が作られ酒を振る舞う。これがハレ。または、婚礼が行われる時は、村を挙げて全体でお祝いをする。これも「ハレ」。
退屈な日常の中にたまに竹の節のようにハレの行事がやってくる。


以前、黒澤明監督が亡くなった後、黒澤組が製作した「雨あがる」と言う映画がありました。
歌謡曲(ルビーの指輪」が大ヒットした寺尾聡さんと宮崎美子さんが夫婦役で出演しています。ある大きな川が長雨で増水して渡る事ができず、手前の安い宿屋に偶然居合わせた旅人たちが何日も雨が止むのを待つと言う映画。何日も何日も、窮屈な宿の中で大勢の旅人たちが詰め込まれ、ストレスが溜まり、自分のものが盗まれたと喧嘩が始まる。それを見かねた寺尾聡扮する剣豪の浪人が幕府に禁じられている賭け試合で道場破りをしてお金をつくり、贅沢な食材や酒を買い、宿屋の商人や農民の泊まり客に振る舞い、大いにストレス発散をしてやる。飲めや歌えの大宴会が始まる。喧嘩していた人達も笑っている。その中にこんなシーンがある。
俳優の松村達雄さん扮する説教節の爺さんが、「あ~、こんな日が年に一度もありゃあ、どんな苦労でも耐えられるのに…。」と、ポツリと言う。これこそ「ハレとケ」です。辛いケの生活が続いても、たまにハレがあると、また頑張れる。ハレというのは、日本人にとってとても大切な節目なのです。
このハレの前には日本人は無抵抗。もう全面降伏なのです。さて今の日常生活の中でも「ハレとケ」が存在します。
特に「ハレ」は、時代が変わっても同じように大切な日日常の行事です。
この現代の「ハレ」を分析すると大きく分けて7つあります。
この7つの「ハレ」は、ほとんどの日本人が同じようなことを考え、同じような行動をとるのです。
ここで、話が少し横道に逸れますが、「けもの道マーケティング」というものがあります。
例えば猟師が鉄砲を担いで山奥に入っても、そう簡単に獲物は獲れません。けもの達の方が、土地勘があり、すばしっこく、そう簡単に姿はあらわしません。そんな時、猟師はけもの道を探します。
けもの道とは、その山に住む鹿や熊や猪が毎日毎日使う安心できる抜け道です。けもの達が安心して歩くけもの道。そのけもの道に罠を仕掛けるのです。
高確率で仕留める事ができるそうです。
この7つの「ハレ」は文房具屋さんのご祝儀袋のコーナーの区分けです。葬式は毛色が違うように思うかも知れませんが、これもご祝儀です。
話を戻すと、「ハレ」に関しても、無条件の絶対服従の行動だとすると、そこに何かの仕掛けを作ると、その反応は高いということになります。この7つの「ハレ」とは、日本人の人生の中で大切な節目です。
①誕生 ②進学③ 就職 ④結婚 ⑤住宅 ⑥定年 ⑦葬式の7つの「ハレ」です。
まず、①誕生ですが、誕生する本人ではなく、その両親ということになります。「どうか健康で生まれてほしい。」という思いが何よりも最優先です。
次に②進学。今では保育園や幼稚園から受験があるようですが、大学受験まで続きます。この時の受験生の志向は、「合格」です。
③就職。これは新卒就職です。
「内定」に向けて学生達が動き回ります。
④結婚。これは結婚生活ではなく、結婚披露宴です。「披露」です。


女性が中心に回りますが、この瞬間のために時間とお金が費やされます。
⑤住宅。これは、改めて「家族」を意識する時期となります。
家族の部屋だったり、家族が集まるリビングだったり部屋を通じて家族を意識する時期です。
⑥定年。「第二の人生」を意識する55歳あたりからこの時期になります。
⑦葬式。これは、人生の「記念」です。ここは、新しいことを創造することより、これまでの人生の振り返りとして死を意識し始めます。
これらの「ハレ」の時期は、大体の年齢は想像がつきます。
大体の時期が判り、且つ求めている志向ニーズが判る。
つまりここに人生のけもの道が存在する。
誕生には健康の為に投資をし、受験には合格の為に投資をし、就職には内定の為の投資や行動をし、結婚には披露に投資をし、住宅は家族に対する意識が上がり、定年には今までできなかった事への投資や第二の人生へのニーズの高まり。葬式は、死を意識する事で、残りの人生への健やかに過ごすという生活習慣への意識や、自分自身の人生への振り返り。
罠を仕掛けるというと言葉は悪いですが、求める人に求めるものを与える事は重要。
特に「ハレ」の時期は、金銭感覚が麻痺する。安売りや値切りという事がほとんどない。
これを「ハレの日マーケティング」と名付けました。
これまでの様々なビジネスモデルをこれら「ハレの日」のタイミングに合わせてゆくことで新たな市場が生まれる可能性があります。

新・内海新聞118号

~トラブル回避の秘策~

かなり、昔の体験談です。
その頃は、まだ就職支援のテレマーケティングが業務の中心でした。テレマーケティングは、トラブルが付き物です。音声だけで情報をやりとりする訳ですから、言い間違い、聞き間違い、勘違いが必ず起こります。
テレマーケティングの内容は、新卒予定の学生さんに、就職セミナーの案内を電話で行う業務です。
少し余談になりますか、あるエピソードをお話しします。
この事業をスタートさせた頃、人材採用の専門家に指摘されたことがあります。電話なんかで人材採用など不可能。
就職雑誌などで興味のある学生の資料請求ハガキを母集団として数多く集め、そこから厳選し上澄みだけを絞り込む。これが良い人材を採用する秘訣だ……と。
しかし、それができるのは社名の通った有名企業だけの話。一般企業は無理、そう感じていました。
採用側から発想するのではなく、学生の目線で企画を進めるのが大切と考えました。
就職活動を始めた学生さんは当初は何もわからず、勢い業種も関係なく手当たり次第に応募し、ことごとく落とされ絶望の淵に立たされます。
第一志望、第二志望、第三志望…第十志望あたりまで、順位がつけられています。
そのなかの、第五、第六志望あたりは、関心も低く、積極的な志望企業ではないのです。
テレマーケティングで第五、第六の位置をキープする。つまり記憶に残すという戦略のもと、頻繁に電話をします。
やがて、第一、第二、第三志望と、内定がもらえず、第五第六志望の順位が上がってくるのです。
そして、第五第六だったものが、その学生にとって第一第二志望まで上がります。その時の判断基準は、記憶に残っている企業なのです。そして、優しく手を差し伸べ見守ってくれた企業ということになります。経験上、もうこの時は、知名度や企業規模ではなく、上記のような基準が最優先されます。
結果、中小企業に向けての就職テレマーケティングは、有効であるという結論になりました。
さて、話を戻します。

テレマーケティングはトラブルが多い…という話の続きです。
どういうトラブルが多いのか?ということですが、言い間違い、聞き間違い、勘違いが多い。
企業名を間違える。
説明会の日付を間違える
説明会の会場の場所を間違える
電話する大学を間違える
などなど、ゆっくりと落ち着いて話せば大丈夫なのですが、ひとりで1日に100件200件も連続で電話を掛けるので頭が混乱してきます。しかも、電話を掛けるオペレーターは大学一年生や二年生、あるいはフリーターの皆さん。就職経験のない人たちです。繁忙期はなかなか十分な研修もできず、すぐ現場に投入することになり、こういうことが起こります。しかし、このようなトラブルが起こるもう一つの大きな要因があるのです。
むしろ、そのもう一つの要因が、多くのトラブルを誘発すると言っても過言ではありません。
それは、採用状況によってクライアントである人事部の方針が頻繁に変更になるのです。
思ったほど学生さんが集まらない、集まり過ぎた。この日のセミナーは突然社長が出席することになった。セミナー会場を変更したい。女子学生をもっと増やして欲しい。◯◯大学をもっと増やして欲しい。などなど。
これらの要望は付き物で折り込み済みなのですが、問題はその突然の依頼の方法です。
一番多いのが電話。
次が、営業を呼んで口頭で伝える。
FAXが届く。
です。
現場の作業は連日大混乱ですので、電話のメモを紛失したり、FAXを破棄してしまったり、営業が現場に伝えるのを失念したり…
また、ほかにもまだまだありました。
連日、空き時間に対策会議をしますが、必ず抜けが出るのです。
失念や紛失に関しては、連絡ノートを設置したり、FAX箱を設置したり、確認担当者をきめて、漏れがないように巡回させたりしました。
それでも、漏れは出てきます。
事故が起こってから、後から追いかけるということが多く、対症療法的なのです。トラブルが起こる前に予知する方法を考え出さねば、根絶はできない。結局、トラブル予知の方法を各自で考え発表することになりました。
しかし、それは無理でした。統計学を駆使して、傾向値を分析する…ということは机上では可能でしょうが、現場ではパターンが多過ぎて不可能です。
これまで起こったトラブルの報告書の束をいつも持ち歩き、何十回と読み返しました。
読めば読むほど頭が痛くなり、恐怖心が大きくなってきます。
これから、受注がさらに増えれば、同様にトラブルも桁が上がり、社員が疲弊して倒れてしまう。
打つ手なし状態でした。
文面を読んでいても、何もわからない。
しかし、その後このトラブルの裏にある背景を考えていなかっことに気づきました。
報告書の行間を読む必要があると思いました。
それからさらに一週間ほど読み続けていると、ある特徴を発見しました。
共通した背景を見つけたのです。
そして、そのトラブルが発生する傾向を抜き出しました。
①電話での依頼
②3ヶ月以上ブランクのあったクライアントからの再発注
③クライアントの担当者が変更
④当社の担当者が変更になった
⑤直前の変更
⑥口頭での依頼
⑦FAXだけの依頼
⑧新規顧客からの依頼
⑨当社に新人を投入した   などなど。
これらがあると、必ずトラブルが発生すると言うわけではありません。
しかし、トラブルには必ず上記のような背景があると言うことでした。
これらの項目を「ヒヤリハット項目」として、大きく紙に書き、事務所に張り出しました。
もしも、これらの現象がある場合、必ず3回確認をして上長に報告すること!と言うルールを作ったのです。
これで、トラブルが減るのか?不安でしたが、その結果、トラブル数は5分の1に大幅に減少したのです。
結果的に、トラブルを予知したと言うことになりました。
確認の作業は大幅に増えましたがトラブル発生による後ろ向きな作業ロスが、減ったことは利益拡大、信頼獲得に大きく貢献したことは確実です。
このことは、大きな教訓を与えています。
人がすることには、必ず傾向があるということです。
その人の行動には癖があり、ミスをする人は同じところで必ずミスをする。
そして、そのことに気づいていない。
それから、人は一種のリズムを持っていて、そのリズムの中で生きています。
何らかの理由で一旦リズムが狂うと、異常行動を取ってしまうことがある、ということです。
これは、様々なところでも応用が効く法則だと思います。

新・内海新聞114号

【心と身体について】

「言いたいこと」や「したいこと」と「身体」にズレが起こることがあります。
そういう時に、精神的に混乱したり、錯乱したり、情緒不安定になったりすることがあります。
心と身体は一体で、いつも同じ動きをしているということはありません。
これは今から25年ほど前の話です。
いささか時間が経っていますが、今の時代に当てはめても通じる話です。
当時、私は人材採用のアウトソーシングの仕事をしていました。時代はバブルの真っただ中。
どこに行っても人手不足で時給は急騰です。
私は、あちこちの企業人事部や商工会議所、中小企業同友会などでの人材採用の講演の依頼を請けて、全国を飛び回っていました。
東京の青年会議所からの依頼のセミナーに参加した時のことです。ある学習塾を関東地区で展開している会社の社長と出会いました。セミナーも終盤になってきたころに遅刻して来られたのでよく覚えています。
セミナーが終わってから、そのT社長は私のところに来られて「顧問になってもらえませんか?」といきなり言ってこられました。
話を聞くと、学習塾に来る子供たちは増える一方で、経営的には問題ないのだけれど、生徒が増えると先生が全く足りず、求人広告を出しても、適任者がなかなか集まらないということでした。
毎月1回T社長のオフィスを訪問し、先生の求人の現状と対策のディスカッションを2時間行うという契約で、その顧問業が始まりました。
私の知らない業界の色々な話を聞かせてもらいました。
学習塾を経営している社長は、元全共闘の学生活動家が多いのだそうです。高学歴で学生運動に参加していたので就職先が決まらず、結局自分で受験対策の学習塾を始める人が多いのだそうです。
このT社長も早稲田大学で、学生運動をしていたと言うことでした。
学習塾は都内にいくつもの教室を持ち、教材も自社開発し出版事業も展開し、積極経営をされて順調でした。
ある日、T社長は私にこんな話をしてくれました。
「時々、教室の中で癇癪を起して、大声で叫んだり、鉛筆を折ったり、ノートを破ったりする子供がいるのですよ。他の子供達も驚いてしまって、なぜそういうことが起こるのか不思議なのです。成績は結構優秀なのですよ。」
「何か気に入らないことでもあるのじゃないですか?」
「先生私もそう思うのですが皆目見当がつかないのです。今度、お母様に家庭でも同様の事があるのか聞いてみようと思います。
それから、そういう状態になる子供はその子だけじゃないのです。何人もいるのですよ。」
「困りましたね・・・」
それから半年位して、また同じような話になったのです。
「以前、教室で奇声を上げる子供がいるっていう話をしましたよね?実はなんとなく原因が判ってきたのですよ。」
T社長の話は以下の様なものでした。
ウチの学習塾に来る子供たちは、中学受験という目標を持ち、向上心が高い。
もともと地頭も良く、コツを覚えるとどんどん成績も上がってくるし、どんどん先に進んで、更に前向きになってきます。
それは、我々も臨んでいることだし、ご父兄からも感謝される事でもあります。
実は、この向上心が奇声の原因なのではないのかと思い始めたのです。
つまり、脳の思考のスピードと身体のスピードにズレが起こっているのじゃないかと・・・
具体的に言うと、たとえば漢字の書き取りをしているとします。脳は光の速度で思考が進み、どんどん先に行ってしまいます。
しかし、持っている鉛筆による筆記が遅く時間差が発生します。思考を途中でやめて、筆記が追いつくまで待つ必要が出てくるのです。
身体が脳に追いつかないのです。
自分の意識は既にずっと先に行っているのに、身体が動かず、自分の能力が劣っているのではないかと感じはじめ、そのギャップに感情が爆発してしまうのだと思います。
だから、子供達の成績をもっと上げるには、筆記用具がポイントだったのです。
筆記用具だけではなく、ノートや定規やコンパスとかの性能が重要だったのです。
凄い発見です!」
=理屈は解るのですが、具体的にいうとどういうことですか=
「はい、たとえば鉛筆やシャープペンシル。子供たちはそれぞれペンの持ち方に癖があります。お箸の様に正しく持てる生徒や、握る様に持つ子や摘む様に持つ子がいたりする。どのような持ち方でも字は書けますので問題は無いのですが、正しくない持ち方をすると、ペンを確りホールドできないので、指や手が痛くなったり、滑ってペンが傾いたりして、書きにくくなります。
また、芯が折れると言うのも同様です。リズムに乗って書いている途中で芯が折れると集中力が途切れます。
しかも、学習塾で勉強が進んでくると、問題の先を読めるようになってくるので、先の答えも予測できるようになってくる。
つまり、筆記したい事がどんどんと先走ってしまう。
しかし、その文章を書く指が動かない。手が痛い、指が痛い、芯が折れる・・・・
思い通りにいかないことで、フラストレーションが溜まり、やがて大爆発する・・・・。
こういう論理です。
だから道具は大事なのです。
弘法筆を選ばず・・・と言いますが、実は選ぶのです。」
=なるほど。しかし、どう解決するのですか?=
「たとえば、シャープペンシル。
それぞれの子供たちの指の形、骨の大きさや確度、持ち方等など全部違います。
その子供たちの手の形に合わせた握りの部分をオーダーメイドで作ってゆく必要がありますね。」
「たとえば、ペンの握りの部分を知りこんで包んで、握った時に自分の指の形に変形する。そうすれば、どんな形の手でも、どんな形の握り方でも、ペンを確りホールドし痛くならない。
しかし、まだそんなペンはありません。

 

 


あとは、定規。
線を引く時に、定規がずれて線が歪んでしまうことがあります。
これも同様です。
そんな時、定規が少しアーチ型になる様、カーブするようにします。
線を引く時、その定規を上から押すと、アーチがまっすぐになり下の紙をしっかり押し付けるので、線を引いて横からの力が加わっても、定規が動いて、線が曲がったりしない。」
=なるほど。もう他にはありませんか=
「ノートもそうかも知れません。先生が正面の横長の黒板に書いていくのに、ノートは縦長の形。これをどちらかに合わせてやれば板書のストレスは軽減されるはずです。つまり、黒板と同じように横長のノートにするのです。そうすると、黒板と同じレイアウトでノートに書き込めるのでストレスは無くなります。」
=この考え方は、他にも応用が利きそうですね=
「そう思います。社会人になってもあると思います。」
=私もそう感じました=
「たとえば料理とかも、同じじゃないかな。」
料理の腕を、道具に頼ることは当然ありますから。
良い道具を使えば、美味しくできるのは事実ですからね。」
つまり、この学習塾で「成績の上がる文房具」を製造販売すると言うことですね。

その後、この時のアイデアは、様々なメーカーから新商品として発売されていきました。

気持ちと身体のズレは色々なところにあって、非効率を起こしています。
この溝を埋める道具や商品は、また新しいマーケットを開いてゆくのかも知れません。